三千世界の籠の鳥

第7話

*捏造満載です。三郎の家族とか、三郎の素顔とか出てます、苦手な方はブラウザを閉じて下さいませ。*

「今宵は…忍びが動くには月が出過ぎよ」
謁見の間から、平素よりも大きく見える月を盃に映して、それを煽りながら経久が言う。
自分の部屋の二つ隣で、あの子供達はどうしているだろうかと想像しても一つくらいしか思い当たらない。
子供は単純で、それで居て複雑だと彼は思っている。
単純が幾つも絡み合って、複雑に成っている。
大人のように最初から複雑に物事を考えたりはしないから、出る行動など解りやすい。
だが、それ故に邪魔をするのは難しい。
「……お前はそんなにあの"鬼"の事が愛しいのか?」
後ろに感じた殺気に経久は一瞬の心地よささえ感じた。
戦場ではただその辺り一面に溢れている殺気が、今は射抜くように自分にだけ向けられる。
不快ではない、盃は手にそのまま片方の腕だけが刀を掴む。
「殺しに来るかもとは思っていたが、こんなに早くとはおもわなんだ。あまりあやつは良く無かったのか?」
態と怒りを煽るような言葉に、殺気が更に増したのが解った。
やんわりと目を開けて盃を降ろす。
「……儂には随分、良い相手だと思ったのだがなぁ」
なぁ、と後ろを振り返りながら経久は刀を手にした。
殺しに来ると解っていても、殺されるわけにはいかない。
そう、思って刀を抜きながら後ろを振り返る。
目の前には、紺色の忍び装束に苦無を構えた、黒髪の若い忍びが居た。
「やはり、お前か…」
楽しげに立ちあがり、太刀を手に対峙する。
言葉を相手が発しないのは、それほど本気だと言うことなのだろう。
返事がないのは詰まらないと、思いつつも経久は口元に笑みを浮かべた。
睨まれる視線から感じ取れるのは純粋な憎しみのような気さえする。
「…子供でも、これくらいの度胸はあるのだな」
小さく零せば、更にその目が細くなる。
それにこちらも、視線を細くすれば、たっと相手が自分に向かって走り出した。
距離は差ほど無い。
太刀を引き抜く所作を始めると同時に、相手の苦無と別の金属がぶつかる音が響いた。


床に寝ていたはずなのに、暖かい感じがするとゆっくりと目を開きながら三郎は体を起こした。
あぁ、そうか、と先ほどまでの事を思い出せば、隣を見やった。
居たはずの人物はおらず、自分は布団の上に寝かされていた。
「兵助?」
思わず、久々知の名前を零せば、その姿を部屋の中に探した。
彼が居たはずだという痕跡は覚えのない布団やら、着直したはずのない寝間着で直ぐに解った。
「…まさか」
と、視線が扉から天井裏へと繋がる。
空いていたはずの天井板が元のように戻されていた。
「彼奴っ…!」
小さく、焦ったように呟かれた言葉は枕元においてある忍び装束を目に留めて、そこまでに留まった。
紺色のそれは確かに自分の物だ。
探して、わざわざここに出していったと言うことは…。
帰ろう、という言葉が三郎の頭の中に響いた。
その忍び装束を手にして、ぎゅとそれを抱きしめる。
意味する所など解っている。
「馬鹿だな、彼奴も…」
自分も、と小さく唇だけで呟いて、三郎は鏡台の方を見やった。


金属のぶつかる音が響いて、経久は太刀を降ろした。
自分と久々知との間、そこに入っている男も苦無を持って、自分に向けられる刃を止めている。
「…殿、先ほどから聞いていますれば。お戯れが過ぎるかと」
苦言を呈した男は、ぎりぎりと向けられる刃に余り関心を払っていないようにも見えた。
「…鉢屋、お前、全部見ておったのか」
名前を呼ぶ言葉で自分を止めた相手が、三郎の父親であることが直ぐに解る。
また顔が違うのは、自分が居るからなのだろうか。
「アンタが…」
思わず零した言葉には、明かな軽蔑がこもっているようにも聞こえる。
かつん、と金属を弾く音と供に、久々知はその男からも距離を取った。
「あの様なことを申されれば、未熟であれば直ぐに煽られようもの…」
未熟と言われて、久々知は歯がみする。
確かに忍者の三禁と言われる色に溺れていることも、必要以上に殺気を出しているのも否定しきれない。
隠すつもりもないが、そこまではっきり言われてしまえば悔しいという気持ちも出てくる。
それに、目の前の男は今回の件の発端でもあるのだ。
「ご自分の身がどういうお立場か…自覚をお持ち頂かねば…」
「……解っておる。だが、今回、こやつがここに居る原因、それがそちにもあること、解っておろうな」
そう言われて、父親は小さく溜息を吐いた。
それでも、こちらに向けられる刃には隙がなかった。
流石、と久々知は眉を潜めた。
「息子の事について他人が干渉するのを私は好みませぬが」
「それが、この結果だろう。全く、人の言葉の半分も伝えずに話を進めおって」
盛大に吐かれた溜息に久々知も微かに眉を上げた。
言葉の半分も、という物から、何かこちらに伝わっていない、二人の間でだけ解っていることがあるのだろう。
まだ、動けるような隙が相手にできない以上、聞いているしかなかった。
「儂は…卒業してから。それも三郎自身に仕えてくれる気があるのならと言ったはずだというのに。お前は、それを話して無いどころか、勝手に返事をしたのだろう?全く…家を守のは当主の役目と言うが。儂はそこまでしろとは一言も言っておらぬのに」
経久は呆れたように自分を守る男を見つめた。
三郎の父親は一瞬、後ろにいる主に向けた視線を微かに下げた。
どういう事だ、と会話を聞きながら目の前の二人を見つめる。
自分の息子をあっさりと売った男も驚きだが、その後ろの人間から発せられた言葉の方が信じがたい。
だが、三郎の父親の様子からそれは本当の事だったのだろう。
反論できないと言うような様子なのだ。
「どういう……」
口を開こうとした瞬間だった、は、と三郎の父親が視線を闇へと向ける。
何だ、と久々知も其方へと視線を向ければそこからまた人影が現れた。
「…三郎?」
名前を呼んだ、相手の姿は自分の級友でもある雷蔵のそれだった。
着ている忍び装束も学園でよく見ている姿だ。
それでもはっきり彼だと解るのは、雷蔵はしない目を持っているからだ。
氷のような、芯まで冷えるような目がきっ、と自分の父親を射抜いた。
「父上…その話は、本当、ですか?」
ぽつりと零された言葉に、父親はまた息を吐く。
「本当なら、お前は何だと言うのだ…。私に刃向かうとでも?」
出来るわけがない、と言いたげなその声に三郎が微かに怯んだ。
幼い頃から、目の前の男はとかく高圧的だった。
一度だって優しい言葉など掛けて貰ったことなど無い。
手が伸ばされても、それは躾の為の暴力が殆どで褒められたこともなければ、労られたことさえない。
だが、今そんな父親は自分を好きだと言ってくれた人に刃を向けている。
喩え、主を守るためと言っても、仕掛けたのがその人であっても。
目の前の事実は変わらない。
「…父上が、兵助や…私の友人を傷つけるなら。私は、貴方に刃を向ける」
そう言って三郎が手にしていた刀を抜いた。
鞘は手にしたまま、きっと自分の父親を睨み付ける。
それには流石に父親も意外だったらしい、微かに目を見開いて、一度久々知へと視線を投げてきた。
「そんなにこやつが大事であると見える…」
「…貴方よりはずっと」
大事だと、続けそうな口に父親はふと鼻で笑うように息を零した。
ぴぃんとまた、張りつめるような空気が流れる。
身に刺さるような殺気を出しているのは、父親か三郎か解らないほど。
実の親子なのに、と信じられない気もした。
「…もう、良い。好い加減にしろ、鉢屋」
だが、その空気を破ったのは他ならぬ経久だった。
呆れたような、響きもある声に視線が向かってしまう。
刃をおろせ、と続けると最初にそれに従ったのは三郎の父親だった。
つい、とおろして袖の中にしまわれる苦無に合わせるように三郎も刃を下へと向ける。
「今回の事は無かったことにする…。三郎はそやつらと供に学園に帰るが良い。儂が許す。鉢屋、この話は元から無かった。それで良いな?」
「殿…」
「無理矢理従わされた者など傍におけるわけも無かろう。何時掌を返されるか解らぬからな」
そう言いながらも、経久はさっと踵を返して三郎の方へと向かう。
手にしていた太刀は、腰へと収まっていた。
真っ直ぐに目の前に来られれば、微かに三郎の視線が上がる。
それが絡んだのが解れば、腕を引かれて唇が奪われるのは一瞬だった。
「さぶろっ…!」
久々知が思わず声を上げるが、それは経久の視線で制された。
「だが、勘違いするな。儂はお前を諦めたわけではない。惚れたと言ったのは、偽りではないからな」
「経久…様…?」
「必ず、お前から仕えたくなるようにしてやろう」
そう言って、彼は喉の奥で笑う。
呆然とした様に見ている三郎ににたと意地悪な笑みを向ければ経久は腕を放してきびすを返した。
「…今すぐにでも発つが良かろう。今回の事は咎め立てせぬ。三郎、お前の身の振り方についても、儂がこやつと話を付けよう」
そう言って、経久は三郎の父親を見た。
小さく溜息を吐いて、彼は「話が無かったことなら、私がこやつに何かする必要もないかと」そう告げると経久も「そうか」と呟いた。
さっさと行け、とそう言うように三郎の父親が二人を見つめる。
「…有難う、御座います」
そう礼を言ったのはどちらだろう。
微かに聞こえた礼の言葉と供に、二人は天井裏へと姿を消した。
それを視界の端に入れながら経久は楽しげに笑った。
「やはり、自分の手で手に入れなければ、長くは留めておけぬか」
そう言って、彼はまた座椅子へと腰を下ろす。
盃の隣にある徳利を、父親が手にして酒を注いだ。
ゆれる酒の中に月が移っている…それをさっと仰いで彼は満足げに目を細めた。





言い訳…。
取りあえず、経久様の部分を書きたかったのが丸見えなのはおいといて。
一段落いたしましたー!!
いぇい、後はエピローグで完結です。
1週間でここまで更新したのは初めてかも知れません(笑)

後、短いのをちょっと残している感じなので、それまでお付き合いを宜しくお願いいたします。

 テンプレート製作者:オペラ 高橋