三千世界の籠の鳥

第4話

*捏造満載です。三郎の家族とか、三郎の素顔とか出てます、苦手な方はブラウザを閉じて下さいませ。*


瞼の向こうに暖かい温度を感じて、三郎は幾度か瞬きをしながら目を開けた。
障子を通した光りとは言え、瞼には十分痛い。
寝起きの、まだ酸素が廻りきっていない頭でここは何処だっただろう、と彼は考えた。
確か、数日前に実家に戻って、そして昨日は…と、そこまで思い出して一気に、頭が冴える感じがした。
あぁ、そうか、昨日の夜…と彼はくと唇を噛んだ。
薬で理性が飛んだせいとは言え、自分の口は別の男に向かって彼の名前を呼んだのだ。
泣くなど、自分にはその資格さえないと思うのに、目の前が潤むような気がした。
鼻の奥がつんとして、感情が溢れ出そうになる。
そして、背中にじんわりと温もりがあるのが解ったのは、隣で寝ていた男が起きたからだった。
腕が回されて、そこで漸く気が付く。
経久が隣で寝ていて、そして恐らくは起きていたのだろう。
はっとして寝返りを打とうとしてもそれはあっさりとその腕に遮られた。
微かにする衣擦れの音で、後処理まで全部してくれたのだと理解した。
御簾も全部無くなって、部屋は恐らくこの主が普段使っている時と同じなのだろう。
「……そのままで良い。顔は見られたく無かろう?」
「まさか、外して…」
そんな、と手を顔に伸ばせば「違う」と経久は否定した。
そうではない、と言うように体に腕を回して、自分の方に三郎の背中を引き寄せる。
首の後ろに有るのはきっと彼の腕なのだろう。
後ろから抱き込まれる形になれば、寝返りなど完全に打てなくなった。
「…お前は、儂の顔を見たいのか?」
「……そ、れは」
三郎は掠れた声で、戸惑いながら返事をした。
普段は吐ける嘘が付けないのは、昨日の事が有るからなのかも知れない。
嘘が付けない、むしろ背中にある彼ではない温もりに甘えてしまいたくなるくらいだ。
彼は本当に鬼のように厳しいだけなのか、解らなくなるくらい今、背中の温度は優しかった。
だから、今溢れそうな感情の波のたがが外れるのだ。
「…ぃ、すけっ……ごめ、ん、へぇ、す…けっ…」
ごめん、ごめん、ごめんなさい…ごめんなさい…。
掠れた声で、三郎が紡ぐのはそんな謝罪の言葉だ。
ぎゅと、子供の様に体を閉じれば唇から零れるのはそんな言葉ばかり。
自分はどうして、彼処で香に負けてしまったのかと。
目の前にいる別の男を彼と間違える等と。
目に当てた手に、つ、と透明な涙が伝う。
それはそのままゆっくりと白い敷き布団の中へと染みこんだ。
後ろで今、経久はどんな顔をしているのだろう。
今、こうやって彼以外の男の名前を呼びながら、それに謝っている自分を見て、どう思っているのだろう。
だが、彼は何も言わない。
ただ、三郎を抱き込んで、もう一度彼が寝つくまで、何も言わないままだった。


「何て言うか…流石鉢屋衆…」
と、久々知達三人は鏡を見ながら声を零した。
あの後、侍女は一度屋敷へと戻り、月山富田城へと入り込むのに必要な物を全て取ってきたのだが。
「どうせなら正面から参りましょう」
楽しげに言って、どうやら彼女と心を同じくするくのいち達を数人連れてきて、彼等に化粧を施したのだった。
三郎の様に全然解らないと言うわけではないが、年は随分上に見える。
鬘をしてしまえば、もう元服を当に越えた若武者の様な顔立ちになっていた。
「使用人とはいえ、これでも鉢屋衆の端くれ。皆様に化粧をするなど造作もありませぬ」
ほほ、と楽しげにいう最初に来た女は侍女の筆頭でもあったのだろう、貫禄が違う気がした。
ぺたぺたと楽しそうに顔に手を這わせていれば、其の様子を彼女達に笑われてしまった。
それに恥ずかしそうにしつつ彼等は、最初に来た女へと視線を向けた。
「荷の方は全て整っております。後は私に付いてきてくだされば。城の中に入ってからは私は目立つ動きは出来ませぬ故。そこからはどうか、皆様が…」
続いた言葉が何なのかは直ぐに理解した。
三人は解ったと言うように頷いた。
月山富田城は高い山の上にある。
幾重にもある郭を越えて、一番上の本丸に入るには確かにこの方法が一番手っ取り早かった。
三郎が忘れていったという荷物を届ける。
それが今回の名目だ。
と言っても、三人が持っている荷物の中には忍び装束や忍具が収まっているのだが。
良くやる物だと、自分達の前を歩く女を見つめながら経験の差と言う物を思い知らされる気持ちだった。
言葉巧みに門番達を言い含め、一番上の本丸にたどり着くと、女は「では私はこれにて…」と礼をして引き返していった。
それを見送れば、三人は奥へと通される。
鉢屋はこの間の一件から、召し抱えられるどころか重臣にまで昇格しているのかも知れない。
使者であれど、かなりの好待遇だった。
部屋に通され、お茶を出され、尼子の侍女に今お呼びしますと言われてしまえば、余りにあっさりと事が運んだことに驚きさえ覚える。
「何か…俺、上手く運びすぎて怖いんだけど」
竹谷が出された茶を飲みながらつぶやいた。
いっそばれているのでは、と思えるほどなのだ。
軽く茶に舌を着けて、毒など盛られてないことを確認してから半分ほど飲み、喉を潤した。
「そう、だよねぇ。ここまであっさり入れるなんて。二の丸くらいで待たされると思ってたけど…」
確かにと雷蔵も悩むように溜息を吐いた。
「……本当にばれてないか、ここまで入れたのも罠か、どっちかだろうけど」
自分達がここに来ていることは、三郎の父親には知られている。
それを経久に報告していないことも無いだろうと踏んでいたのだが。
あまりにもあっさりとここに入れたことが逆に、あの侍女の話から罠なのではないかと思わせられる。
「でもなぁ。用意して貰った物にも、変な物仕込んである訳じゃないみたいだし。わかんねぇ、ホント…」
どうなってんだ、と小さく溜息を吐いて竹谷は荷物の方を見つめた。
言った物は全て整っているし、一度点検も込みで見てみたが不審な点は見あたらない。
近づいてくる者は疑えと言うのを心に覚えておけば、それは当然の行動だったが。
「…皆様、三郎様と経久様、おこしで御座います」
「へ?」
思わずそんな間抜けな声を上げそうになった竹谷の脇を、肘で突いて雷蔵がその声を制した。
予想外、と言うのが三人の中では一番だ。
呼んでくると言われたのだから、来るのは三郎だけだと思っていたのに、まさか経久までやって来るとは思っていない。
さっと障子の開かれる気配に三人は慌てて頭を下げた。
一番前に雷蔵、その後ろに久々知と竹谷という配置だ。
視線の先に見えるのは、上等な足袋を履いた四本の足。
「忘れ物を届けに来たと聞いたが…ご苦労であったな。表を上げて良い」
そう言われて、三人は頭を上げた。
ゆっくりと視線を上げる、その先にいるのが三郎を自分から奪った者かと久々知は微かに視線を鋭くした。
鬘で自分達の目は隠れるとはいえ、視線に宿る気配は隠れない。
それを知っていても、どうしても引き離した原因だと思えば、鋭くなってしまう。
目の前に現れた男は、後ろに三郎を従えて見聞するように自分達を見ていた。
相変わらず雷蔵の格好をしているのかと、鬘を被っている三郎を見て、何処か安堵を覚えた。
下克上をしたと聞いていたが、それほど強面ではない。
だが、優男というわけでもない、強いて言えば、目が、やはり鋭い印象を受けた。
「随分険しい場所まで、ご苦労だったな。今宵はここに泊まる事を許す。荷は、…その時で良かろう。それまでゆるりと過ごすが良い」
「…有り難きお言葉、忝なく」
「良い。儂の愛妾の物を届けてくれたのだからのぅ」
そう言って、経久は後ろにいた三郎へと視線を向けた。
愛妾と言われて三郎は一瞬、その眉間を歪めた。
だが、結局は「…はい」と短く返事をして、それから自分達を見つめる。
それからはっとしたように経久へとまた視線を移した。
三郎、と本当は名前を呼んで駆け寄りたいのを久々知は必死に押さえた。
今ここでそれをやれば、作戦など終わってしまう。
しかも経久の目の前でなど、愚の骨頂だ。
だが、経久はそんな彼の心を知っているのか、口元に笑みを乗せて態と見せつけるように三郎の腰に手を掛けて、彼を自分の方に引き寄せた。
その様子にぐ、と久々知は歯を噛みしめた。
『兵助っ』
と、咎めるように竹谷の矢羽根が聞こえた。
堪えろと言うような調子に久々知も、『解ってる』と返す。
「何分、昨夜は無理をさせたのでな。儂等はこれで下がろう。城の中は、好きに動いて良い。儂が許す。では、行くぞ…」
そう言って、経久は三郎を引っ張っていく。
は、と返事をしてその様子を見送っても、久々知だけはなかなか顔を上げられなかった。


「殿、どうして…」
気づいているだろうという確信を持って、三郎は経久に言葉を向ける。
気付いていたはずだ、あの三人が自分を追って来た学友だというのも。
其の言葉に、経久は足を止めて、三郎を見やった。
必死に、むしろ怯えたような色を見せている彼をの顔を覗き込みながら小さく笑う。
「どれだ?」
「は…?」
自分の質問など、あっさり無視して問い返してきた経久の言葉に三郎はとう切り返した。
どういう意味だと聞き返す前に、経久はもう一度同じ言葉をつぶやいた。
「どれが、兵助だと聞いたのだ」
其の言葉に三郎は一瞬、目を見開いてそれからきっと視線を鋭くした。
「聞いて…どうされるのですか?」
「…いや、確かめたかっただけだ。だから、そう怖い顔をするでない」
そう言って、するりともう片方の手を三郎の頬に滑らせた。
「一人、儂を睨んでいるのがおったからのう。あれが、お前の好いた男かと思ってな」
「…そこまで、お解りなら。どうして、城の中で自由にしても良いなどと」
「その方が、お前もあやつ等も都合が良いのだろう?」
そう問い返されて、三郎は目を見開く。
何を、考えているのか解らない。
つつ、経久の手が頬を滑って、三郎の唇に触れる。
見た目よりも、随分薄い唇を親指で撫でて、それからそっと口づけようと彼は顔を近づけた。
同時に三郎の背中に壁が当たる。
「…っ、殿っ」
制するような言葉を発すれば、経久はふと顔を俯かせて楽しげに笑った。
「流石に、ここでするほど儂も命知らずではないな」
そう言って、彼はさっと体を離した。
その瞬間に安堵したように三郎の体から力が抜ける。
「今宵は部屋におれば良い。お前達が動くのは、今夜以外にないからなぁ」
くくっと楽しげに喉の奥で笑って、経久はその場を去っていく。
ずるずると三郎は壁づたいに体を床に着けた。
はーっ、と大きく息を吐くと、頭をうつむけて目を手で覆う。
「何で、ここまで来たんだ…」
そして、何を考えているんだ、と去っていった自分の主の事を想う。
全部知っている癖に、彼等が何をしようとしているのか。
その上で城を歩き回って良いと、まるで手助けでもするような事を言う。
「……わかんねぇよ、どいつもこいつも」
そう吐き捨てるようにつぶやいて、三郎はゆっくりとまだ気怠い体を起こした。




後書き…?
取りあえず4話出来ました。
経久様の掌の上で見事なまでに遊ばれている四人ってか、久々知と三郎です。
もう、この人が何処まで知ってるのか、私にも解らなくなってきた(何だと)
多分、全部解った上でやってんじゃないかな?この人…。
むしろ三郎がうっかり経久様に絆されないようにしないとダメかも知れない(何て事を)
そして、目標のくく鉢まであとちょっとです、頑張りますっ…!!


そういや、余談ですけど。
これ書いてる時、倉/橋/ヨ/エ/コさんの「盗/ら/れ/系」って曲がBGMだったんですけど。
ずーっと、「とーられちゃいましたーぁ、可愛いあの子はー」って耳元で歌われました。
ちょっ、幾ら何でもそれはやり過ぎだろ?!とあまりのタイミングの悪さに久々知に対する罪悪感ががっつん上がりました。
が、頑張って、幸せにするんだぃ!!


 テンプレート製作者:オペラ 高橋