第1話
「三郎が何処にもいない?」
物理的に?と思わず付け加えてしまったのは普段から、件の彼が変装ばかりしているせいだった。
久々知はうん、としっかりと頷きで答える雷蔵と竹谷の目を見て、それが冗談ではないことを悟った。
本当に、彼がこの学園から消えてしまったらしい。
「朝から、何処を探しても居ないんだ。荷物も、どうやら僕が寝ている間に運び出したみたいで」
「雷蔵、気付けよ……」
「そんな事言われたって。昨日はやけに眠りが深かったんだよ。もしかしたらだけど、三郎、僕に一服盛ったのかも知れないし」
可能性は無い訳じゃないし、と語尾が消えそうになりながら雷蔵が言葉を続けた。
「先生には?」
「聞いてみたけど…。学園長に言ってみるって。もしかしたら、何か事件にでも巻きこまれたのかも知れないし」
三郎のことだから、と心配そうにする雷蔵の顔はちょっと青くなりかけている。
四六時中、それこそ離れるときなど片方が学園長のお使いなどで居なくなるとき以外は片時も離れない二人だ。
雷蔵の心配の仕方は異常にも見えるが、この界隈では普通のことだった。
「書き置きは?」
「ない。三郎のことだもの、足取りを気取られる真似なんてするわけ無いよ」
「でも、雷蔵相手だしなぁ」
わかんねぇぞ、と竹谷が多少の希望も入りつつ口を開いた。
「もう一度部屋、探してみる。兵助ももし、心当たりとかあったらお願いしても良い?」
「あぁ、まぁ、時間があったら…」
お願いね、と雷蔵は念を押すようにしてきびすを返した。
竹谷も、じゃな、と短くではあるけれど、頼むというような視線を久々知に送ってきた。
ぱたぱたと遠ざかっていく足音を聞きながら久々知は小さく溜息を吐く。
いない、何処にも。
と、もう一度、彼は頭の中で先ほど友人達に言われた言葉を反芻した。
昨日まで、一緒に笑って、一緒にご飯を食べていた仲間の一人が居なくなった。
それも忽然と誰にも告げずに。
「三郎……」
名前を呟いて頭に浮かぶのは、雷蔵と同じ顔で、でも、違う顔で笑う思い人の事だ。
昨日だって、一緒にいたはずなのにと久々知は唇を噛む。
雷蔵と竹谷にはまだ言ってない関係だったから、先ほどは口噤んだけれど。
「何処、言ったんだよっ」
そう言って、掛けだした久々知はきゅと自分の唇を噛んだ。
結局三郎は見つからず、三人が集まったのは風呂に入って後、就寝前の雷蔵の部屋にだった。
久しぶりに入った雷蔵と三郎の部屋は、差ほど変わりがないように見える。
それを聞けば「あぁ、元々三郎の荷物は箪笥にしまってる方が多かったから」と苦笑混じりの返事が返ってきた。
変装を得意とする彼は実際の所、荷物が少ないと言うわけはない筈だ。
それを昨日の内に全部運び出すなんて、と流石に久々知と竹谷も眉根を寄せた。
「…担任の先生に聞いても首を傾げるばっかりだったから、学園長先生の所に行ってみたんだよ」
ね、ハチと雷蔵が隣に座る竹谷を見やれば、それにあぁと彼も頷きを返している。
何とも、言いにくそうな空気があるのは気のせいではないだろう。
「三郎が何処にもいないから、何とか探すようにしてくださいって言ったんだけど。学園長先生が…三郎はもう学園に在籍してないって。昨日付で辞めると実家から連絡があって、それで出て行ったと」
「なっ…?!」
思わず、立ちあがりそうになった久々知に雷蔵が「兵助…」と諫めるような言葉を向ける。
その目に、久々知も一気に勢いをそがれてしまった。
普段、あの温厚な雷蔵がこんな目をするなんて思わない。
確かに三郎絡みの雷蔵、雷蔵絡みの三郎は周りの予想を遙かに超えてくるけれど。
「それで、もう一回部屋を探してみたんだよ。何か残ってないかってさ」
「…何か出てきたのか?」
片膝を着いて、前に体を傾けたまま久々知が尋ねた。
「何も。流石って感じだった。本当に雷蔵の荷物だけ、三郎のは有り得ないくらい何も残って無くて」
いっそ嫌味だと竹谷が溜息を吐いた。
流石、と言われた其の言葉に久々知も同意せざるを得ない気分だ。
幾ら自分がい組で成績が良いと言っても、ここまでさっぱりと言うわけにはいかないだろう。
「だからさ、兵助。僕達、三郎の実家に行ってみようと思うンだ」
「彼奴の実家って…出雲か?」
「うん、出雲の月山富田城の近く。尼子のお膝元だよ」
三郎の実家−出雲の方に散ったという芸能集団鉢屋衆。
最近、それが月山富田城に舞い戻ったという守護、尼子経久に召し抱えられたという噂は、この辺りにも届いていた。
元々、そういう家系であるというのは本人の口からも聞いていた。
隠すことではないから聞けば返事をするという本当にその程度の事だったけれど。
「…どうする兵助?兵助はい組だし、巻きこむのもって思ったんだけど…」
来るのか来ないのか、それを問われてるのは直ぐに解った。
どうして急に、自分にさえも何も言わずに行ってしまったのか。
それが久々知の中でぐるぐると渦巻いていた。
三郎を捜している間も、何処かに居るかも知れないという希望を持っていたのと同時にもう何処にも居ない。
誰にも告げずに行ったという事も彼の頭の中に渦巻いていたのは事実だ。
「…行く。私も行くよ…」
そうはっきりと頷くと雷蔵と竹谷は「決まりだ」と言って笑った。
彼等が学園を出たのはその日の夕方だった。
学園の門を守っているサイドワンダーには取りあえず、外出届を「町に行く」という名目で出してきた。
何時までという事は言ってないし、彼なら多少は誤魔化せる自信があったのもある。
心の中で謝罪の言葉を呟きながら、3人は出雲の方へを足を進めた。
山陰の道−に詳しい訳ではないし、おまけに追いかけている相手はあの鉢屋だ。
三郎が一人で有れば、荷を持っているならば、もしかすれば追いつけるかも知れない。
だが荷物を全部運び出していることからすれば、複数である可能性が高いだろう。
そうなれば、かなり早く着いてしまう方が可能性として高いはずだ。
恐らく後者の可能性の方が高いことを考えると、途中で三郎に会ったらなどと考えるよりも真っ直ぐに出雲に向かう方が正解だろう。
何日かかるか、それを計算してやっぱりもっと正当な理由を考えるか、学園長に掛け合うべきだったかとぼんやり思った。
「…尼子の噂、やっぱりこの辺りだとかなり有名みたいだな」
月山富田城城下は、最近は件の経久が城を取り戻したという話で持ちきりだった様だ。
前の城主達は自害したという話で、またそれの奪回に鉢屋が絡んでいるという話も聞く。
それが三郎の実家であると言うことは、この3人の誰もが知っていた。
それにその事件が正月で丁度三郎もその時期は実家に帰っていたはずだ。
その時に、もしかしたら何かがあったのかも知れない。
元々、三郎は夏休みの時以外の春や冬の休みはあまり実家に帰る方ではない。
遠いと言うのが一番であるが、あまり実家を好んでいない様だった。
それが今回の冬休みは向こうの方から必ず帰るようにと言われてしまったらしい。
渋々と行った様子で帰ったのだが。
恐らくはこの月山富田城の一件のためだったのだろう。
鉢屋と尼子が何をしたのかは城下の殆どが知る程、凄惨を極めたらしい。
幾ら何でもと思ったが、誰に聞いてもその行いは褒められるような物ではなかった。
情報収集は竹谷と久々知の二人が行って、借りている宿場に戻ってきた。
三郎がもし、雷蔵の顔をしてこちらに戻っていたりすれば怪しまれる可能性もあると考慮してだった。
「女子供、構わずだったらしい。巷じゃあ、鬼って呼ばれたみたいだけど…」
「川に討ち取った奴はみぃんなさらし首だもんな、そりゃ言われるって」
はーぁ、と呆れたような息を吐いて竹谷が畳みの上に寝そべった。
そっか、とつぶやく雷蔵の目が揺らめく。
「まぁ、その時の働きが認められて鉢屋衆はめでたく尼子に召し抱えられたらしいんだけどさ。ついでにそっから一人、小姓になった奴がいるって聞いたんだよ」
「小姓?って…あの傍仕えの?」
そう、と久々知が頷く。
件の尼子の当主−経久がどうやら鉢屋の家の者を小姓に抱えたという噂も同時に聞こえていたらしい。
まさかと雷蔵も久々知も竹谷も視線を交わした。
「それって…」
「かもって話。屋敷も与えられて、そっちに今は移ったって話もあったしさ。一回、その辺も調べて見る価値はありそうなんだけど」
どうする?と久々知が続けた。
そんなの決まっていると、三人の中では答えは出ているがそれを音にして確かめたいのも同じだった。
「…勿論、調べなくちゃね」
そう言った雷蔵の言葉に残りの二人も頷いたのだった。
後書き(?)
不定期と言いますか、何か思いつくままここまで書いたのですけど、連載?っぽくなりそうです。
取りあえずここまで。
続きはまだ未定くらいでお願いします。
何か最後まで書けるのか、今までの経験で解らなくなりそうで(何)
つーか、こっからが本番、ですよね、はい…;;
テンプレート製作者:オペラ 高橋