苦味がない世界だなんて



涙が出るのはどうしてだろう、と三郎は月を見上げながら小さく呟いた。
任務の後でも、何かあった訳でもないけど、むしろ何もないときに彼は唐突に泣きたくなるのだそうだ。
それも、別に泣きわめくわけではない。
溢れ出る何かを留められないと言うように、静かに涙を流す。
それは部屋の片隅でだったり、一人で裏裏山に行ったときだったりとまちまちなのだけれど。
二人で月を見ながら、はらはらと涙を零してそう呟いた。
何でだろう、ともう一度彼は呟く。
月明かりに照らされて、涙を流している横顔は確かに僕と同じ物なのに別の人のように見えるから不思議だ。
僕がこんな泣き方をしないからなのかも知れない。
僕が泣くときは、本当に誰かの胸を借りて大きな声で泣くから。
「……癒す為って聞いたことあるよ」
そう言うと、「何をだろうね」と返事が返ってきた。
心とか体とか、そんな色んな物だと聞いたけど、今それを言う気にはなれなかった。
彼の涙はもっと別の意味がありそうだったから。
何が悲しいのかとか、何を癒しているのだとか、きっとそんなんじゃないのかも知れない。
まるで何かを溶かしていくみたいに泣くんだから。
「三郎」
そう、名前を呼ぶと彼はゆっくりとこちらを振り返った。
頬を伝う涙が、筋を作っている。
そっと顔を寄せて、唇をそれに寄せて、逃げられないと解っているからそれに舌を這わせる。
「何…?」
「苦い…なぁ、やっぱり」
そう言って、もう片方も同じようにすると「くすぐったい」と彼は肩を揺らした。
何だろう、彼はこうやって泣かないといけないとふと思った。
彼の中にある何かを溶かしていて、きっとそれが溶けないまま残ると、彼は僕の前からも姿を消してしまうんじゃないかって思った。
だから、この苦みがなくなるなんて…。
少しだけ、怖くて。
とても嫌だと、彼の手を握りながら思うのだ。

end

泣いてる三郎とそれを慰める(?)雷蔵です。
雷鉢?何か+にも見えますね(汗)

雷鉢における三郎は泣き方が静かだと良いと思います。
他の人だと爆発するみたいに泣きわめくイメージだったりします。