×××コンプレックス!
出会いの日、それは突然に。
「と言うわけで、よろしくね、三郎」
と言われた先に大きな黒い瞳を見つめる子供がいて、三郎は思い切り顔をひきつらせた。大学に行くために独り暮らしが始まると言うことで、彼は自室で荷造りをしていた。その最中にリビングに呼ばれて、にっこりと満面に笑みを浮かべた両親から紹介されたのはまだ今年から小学校に行くのだと言う子供だった。黒い癖毛を短く切って、彼はつり目がちの大き目で三郎をじっと見つめていた。
「この子ね、久々知兵助君って言うの」
「あー…うん、で?」
それがどうしたと言わんばかりに返事をすれば母親は笑顔を崩さないまま、それでね、と続けた。
「三郎、兵助君を育ててくれないかしら?」
「は?」
「だからね、兵助君を引き取ることになったんだけど。私達これから仕事で二人揃って海外なのよ。だから、」
ね、とお使いでも頼む様に三郎の母は小首を傾げた。隣で父親が顔をひきつらせて「ごめんな、三郎」とか言ってる。謝るくらいなら、最初からこの母親の奇行を止めろ、と言いたいくらいだった。
「…連れてけよ、海外に」
そう冷たく言えば、母は「えー」と眉根を寄せた。
「ねぇ、兵助君は私達と三郎とどっちと一緒に暮らしたい?」
と、何故か自分達の間にいる兵助に尋ねた。真ん中にいた彼は「んっと、」と言葉に困っている。そりゃそうだ、と三郎はそんな子供を見ながら目を細めた。わけが解らない、この状況。正直言って、いきなり紹介された知りもしない人間を選ぶ分けない、だが、この子は遠慮でもしているのか自分の両親だとは言えないようだった。
「私は、そこのお兄ちゃんと一緒が良い」
「ほら!」「何でだよ!!!」
と、三郎は思わず拳を握って兵助に向かって怒鳴った。兵助は一瞬、ぴっと肩をすくめてだが直ぐに三郎の母親の影に隠れてしまった。
「だってねぇ、兵助君、三郎に一目惚れしちゃったのよ〜」
と、能天気にのたまう母に三郎は眉根を寄せて「何だ、それ」と呟く。母は、自分の後ろに隠れてしまった兵助の頭を撫でながら「それがねぇ」と言葉を続けた。
「さっき、三郎が二階の窓から外を見てたでしょう?」
「…あー…空気入れ替えようと思って」
「その三郎を見て、兵助君ったら『きれいなひと』って頬を染めたのよ〜」
可愛いでしょう、と続けられて三郎は「はあああ?!」と絶叫した。わけが解らん、いい加減わけわからん、とめまいがする思いだった。
「と言うわけで、よろしくね、三郎」
そう言い放たれて三郎はがっくりとうなだれるのだった。
「三郎、朝だぞいい加減起きろ」
と、体を揺さぶられて三郎はゆっくりと目を開けた。懐かしい夢を見た、と思いつつ欠伸をして彼は体を起こした。
「おはよう、三郎、朝ご飯出来てる」
「ん…おはよう、兵助」
そう言って見上げた先には成長したあの時の子供がいた。
気がつけばもう10年近く一緒に居るのか、と三郎は高校の制服に身を包む兵助の後ろ姿を見つめた。背丈も伸び、声変りもしてあの時の頑固で幼い子供ではなくなった姿を、愛しいものを見るように目を細めた。
向かい合って朝食を取るのは何時もの事だ。兵助は和食好きで、何時も白米にみそ汁だ。食の細い三郎は何時も、お握りとそのみそ汁で済ませてしまう。
「今日から高校だったっけ…、」
「…入学式だよ、三郎来てくれるって言っただろう?」
そう言って兵助は「忘れてたのか?」と眉根を寄せた。そう言うわけではないが、半覚せい状態のせいか日付の感覚なんかが上手く機能しなかった。恐らくは先ほどの夢のせいだろう。10年も前の夢を見たせいか、目の前にいる兵助が高校生だと言うことにいまいち実感が持てないでいるのだ。そんな彼を見ながら、三郎はぽつりと「大きくなったな」と零した。その言葉に兵助も箸を止める。
「さっきさ、お前と最初に会った時の事夢に見てた」
「あぁ、最初めちゃくちゃ三郎に怒鳴られたし、私嫌われてたよね」
「それは、否定しないけどな」
そう言って三郎を薄く笑う。あぁでもそんな風に自分が嫌いだった子供は今じゃあこんなに愛しい存在になっているのだ。弟とも息子とも呼べる兵助が三郎は可愛くて仕方なかった、勿論素直ではない彼の性格上それを言葉にするなんてことは出来ないでいるのだが。
「…ホント、歳は取りたくないな」
そんなことを言う三郎に兵助は「何だよ、それ」と笑うのだ。
最悪な出会いから2週間後、三郎は兵助と共に2LDKのアパートの中に居た。両親が見つけなおしたこの部屋に二人で押し込められたのだ。リビングに立っていれば兵助は不安そうな眼で三郎を見上げていた。
「三郎、部屋、片付けないの?」
そう問われて、三郎は舌打ちをしながら部屋へと入っていく。2週間説得され続けたが未だに納得してないのだ。それを知ってか知らずか、兵助はずっと三郎にくっ付いている。正直言って鬱陶しかった。小学校の入学手続きも親が済ませてくれているし、兵助自身は大人しく手のかからない子供だ。放っておいても部屋で一人で本を読んでいる。だが、不本意なまま放りだされた三郎としてはたまったものではなかった。
部屋に入って、業者が運び込んだまま裸のベットに腰を下ろす。骨組みの部分がきしりと音を立てた。
「やってらんねーよ…」
そう言って三郎は部屋を見渡した。これからここであの子供と二人、生活していくのかと思うと憂鬱で仕方がない。リビングに放りだしている子供は今どうしているかとふと考えるが、三郎は直ぐに首を横に振って部屋の片づけを始めた。
部屋を粗方片付け終わって、三郎はふと時計を見る。既にその針は8時を回っていて、あぁどうりでと自分のみぞおち当たりを抑えた。腹が減っているわけだ、無心で片づけをしたせいか自分の部屋は大方終わっている。飯にでもするか、と彼は部屋から出た。リビングに行けばそこに兵助の姿はなく、向かいにある部屋の扉が開いていて、そこでせっせと片づけをする子供の背中が見えた。それに、ずきりと三郎は罪悪感を覚えた。
『ちゃんと面倒を見てあげるのよ』
と、母に言われた言葉が頭をよぎる。
(部屋の片づけくらい、自分の仕事だろ?)
自分に言い聞かせるようにそう強く念じて、三郎はキッチンに立った。引っ越しの際、立ち会った両親は何だかんだと食料品は置いて行ってくれたらしい。実際、リビングとキッチンとバスルームのセッティングは両親達がしてくれていた。それは半分以上兵助の為だったのかもしれない。2週間一緒に居て、全く歩み寄ろうとしない三郎と兵助の距離を考えてくれたのだろう。
「飯、炊けてるし…」
いつの間にか母はそれもやってくれていたようだった。その用意周到さにため息をついて、三郎は冷蔵庫から二人分の食料を取り出した。