09 / ごめんね。

最近、伊作の様子がおかしい。
私がそれに気がついたのは少し前だった。
件の編入生が来てから、伊作は何時になく浮かれているように見えた。
でも、次第にそれは暗いものになって、最近では何をしていても上の空のようだった。
初めは聞いた時の様に恋煩いだと思ったが、そうではないらしい。
二度目に会った時には、上手くいっていないのだと言っていた。
伊作は私には嘘をつかない。
というよりも、点けないと言うのが正解だ。
初等部の低学年時に同室で過ごしてからと言うもの、私はあいつの嘘を見抜けるようになっていた。
直ぐに顔に出ると言うのもあるのだけれど、嘘を吐くときあいつの会話のテンポは何時もより早くなるのだ。
とはいえ、今回ばかりは本当にまずいと思った。
伊作の顔からは覇気が消えて、まるで世界の終わりが来ているようだった。
エア・カーの停留所で見かけて声をかけようとしたが、あふれかえる人の中ではそれも適わなかった。
何かあったのか、と数回だけ顔を合わせた編入生の顔を思い浮かべた。

「なぁ、仙蔵は善法寺伊作って知ってる?」
昼休憩の時に小平太から尋ねられた。
こいつにしては珍しく目が真剣で、一緒にいた文次郎も怪訝な顔をする。
「伊作ってお前の幼馴染だろ、仙蔵」
と、文次郎が確認するように言うので、私も肯いた。
「あぁ、初等部の頃同室だった」
そう言うと小平太の顔が更に真剣味を増す。
何かあったのか、と片眉を上げれば彼は「そいつに会わせて」と言ってきた。
どうやら名前は知っているが、顔は知らないと言う。
何故そんな奴に用があるのかと聞けば話があるのだと答えた。
何の事だかさっぱりだったが、小平太の勢いに押されて私は肯いてしまった。
とりあえず、人目が無い方がいいと言う事で、伊作を連れて空き教室へと向かう。
そこで小平太は待っていると言った。
何となく嫌な予感しかしなかった。
あんな真剣な小平太は見た事が無かったし、伊作は伊作で今にも死にそうな顔をしている。
碌な事にならない気がして、正直逃げ出したかったが、伊作は幼馴染だし、小平太だとてここで出来た大切な友人には変わりなかった。
放っておくわけにもいかないかと、私は伊作について教室に入ることにした。
「小平太、連れてきたぞ」
そう言って中に入ると、彼は入口のところに仁王立ちで立っていた。
怒っていると私でも解るくらいに、小平太の周りの空気はピリピリしている。
「お前が、伊作?」
唐突に、小平太は私など眼中にないとばかりに伊作を睨んでいた。
刺々しい声で聞かれた事に伊作は「そうだよ」と小さく答えた。
「お前が、留ちゃんと同じ部屋の奴なの?」
そう小平太が聞くと伊作の肩がぴくりと跳ねた。
二人の間でしか解らない事なのかもしれない、何となく聞いてはいけないのかもと思いつつも、私はそこを離れられなかった。
好奇心と言ってしまえばそれまでだが、伊作がこんな風になっている原因は、最近の事から察してそいつにあるのだろう。
「そう…だけど、それが何?君に何の関係があるの?」
伊作は力ない声で返事をする。
拗ねている様な声音に、小平太はカチンと来たのかぐっと一度唇を噛んで、それからいきなり伊作の胸倉をつかみ上げた。
「小平太?!」
「お前!お前のせいで、留ちゃん泣いてたんだぞ!?自分がどれだけ留ちゃんに酷い事言ったか解ってるのか!!」
「……っ」
捲し立てるように言われても、伊作は黙ったままだ。
泣きそうに顔をゆがめて、ぶつけられる言葉を受け止めている。
何とか手を離させようと、小平太の腕をつかむが、私とこいつでは身体能力が違いすぎてびくともしない。
「泣きながら部屋飛び出して、…伊作に嫌われたら生きていけないって、死んだ方が良いとかそんなこと」
「君に何が解るんだよ!」
弾かれるように伊作が叫んで、小平太の腕の力が緩む。
私も彼もじっと伊作を見つめた。
さっきまでの暗い表情に、それに涙が加わっていた。
ぼろぼろと、その茶色の目から涙をこぼして伊作は泣いていた。
「僕は…僕だって、食満君に嫌われたら生きてけない。死んだ方がマシだって、思う…。でも、どうしたらいいのか解んないんだ…。僕だって、君みたいに食満君を下の名前で呼びたい、笑ってほしい…逃げられたりしないで、一緒に…一緒にいたい、のに…」
なのに、と言って伊作はしゃくり上げた。
次第に小平太の腕の力も緩んで、その手が伊作の胸倉から離れて、私も小平太から手を離した。
「でも、こ、わいんだ…、食満君は僕と一緒にいても、つらそうで、無理、ばっかりしてて…。本当は、僕と一緒に居たくないんじゃないかって…、でも、嫌われたくなくて…、だけど、どうしていいのか解んなくて…。僕だって、…仲直りしたい、酷い事言ってごめん、って言いたい…だけど、また…喧嘩、したら、僕は…」
そう言ってへたり込んでしまった伊作に私はかける言葉を持っていなかった。
何か言ってやりたいけれど、多分それは全部慰めにもならないと解ってしまった。
「何だ、一緒じゃん」
そう言って小平太は伊作の前にしゃがみこんだ。
伊作の眼が驚いたように見開かれて、小平太を映す。
「一緒…?」
「留ちゃんも同じ事言ってた。二人とも一緒なのに。……どうしていいのか解らないなら、私が教えてあげるよ」
「君、が?」
「迎えに行けばいいんだ。今、留ちゃん、私の部屋に居るよ。一緒に帰ろうって言いに行けばいいんだ」
ほら、と言って小平太は伊作の手を引いて立ちあがらせる。
それに合わせて私も姿勢をただした。
「行って、良いのかな?」
そう不安そうに言う伊作に小平太はにかっと何時もの無邪気な笑みを向ける。
「お前が行かないと留ちゃんはずっと帰れないよ」
だからほら、と小平太は無理矢理伊作を廊下へと追い出す。
さっさと行けって、と背中をたたけば伊作は少しだけ笑って「解った」と肯き寄宿舎の方へと走っていく。
それを二人で見送って、私は小平太の方へと視線を向けた。
「お前、案外良いやつだな」
「留ちゃんは友達だからな。何とかしてやりたかったんだ」
友達思いだろう?と笑いながら言う小平太は、教室の方へと歩き出す。
その隣に並んで、私は小さく肯いてやった。
「で、昨日何があったんだ?」
「んー……言っていいのかな?留ちゃんに怒られそうな気がするんだけど」
「あそこまで見せられて、何を今さら」
そう言って肩をすくめると、小平太はそうだなと言って笑った。
とりあえず、話を聞いて、伊作が元気になったらそれでからかってやろうと心に決めた。