08 / 君を泣かせてばかりで

頭の中で言葉がぐるぐる渦巻いていた。
嫌い嫌い、みんな嫌いだ、どうして何時も、どうしてどうして、そんな事言うんだ。
俺は伊作が一番好きで、一番大事で、だからどうしていいのか解らなくて、嫌われたくなくて…。
あれならばいっそ、はっきりと嫌いだと言われた方が良かった。
あんな遠まわしに言わなくても良いじゃないかと、俺はまた涙があふれてきた。
胸の奥が切り刻まれた様に痛くて、涙が何度も溢れてくる。
一度止まったはずの涙は、また頬を伝って溢れていた。
廊下を一人で歩いて、何処に行こうかと思案する。
何処が良いんだろう。
三郎達がいる施設に行ってしまおうかとも思ったけれど、それではみんなに心配をかけてしまう。
じゃあ、娯楽棟かと思ったけれど、あの海を今見る気分にはなれなかった。
どうしよう、と俺は途方に暮れて足を止めてしまった。
動きを止めれば、どんどん涙は目から溢れて床に染みを作る。
もう、コモンズに言って俺を処分してもらえれば…そんな風にまで考えてしまった。
「あれ?留ちゃん?」
後ろから声がして、俺は振り返った。
声の主は一人しかいない。
「こ、へいた?」
隠す事さえ出来なかった泣き顔で、俺はそいつの名前を呼ぶ。
知っている人間に会えた事で安心したのか、俺はまた堰を切ったように泣き出してしまった。
「留ちゃん?どうしたの?何で、泣いて…」
「小平太、俺…伊作に、嫌われた。伊作に…嫌い、って、」
言われた、と最後まで言いきらないうちに手を掴まれていた。
こっち、と短く言われて俺は小平太に連れられて行く。
冷たい廊下で捕まれた腕は暖かくて、俺はまた声を上げて泣いた。

連れてこられたのは小平太の部屋だった。
そこのソファに座らされて、それでも泣きじゃくっていた俺に彼はタオルを貸してくれて、泣きやむまで床に座って待っててくれた。
それでも手は離される事はなかったけれど。
けほ、と咽ながらも何とか泣きやんで、俺は漸く小平太に礼と詫びを言う事が出来た。
「良かった、留ちゃん泣いたままだったらどうしようって思ったんだ。私、こういうのに慣れていないから」
そう言って小平太は何時もの顔で笑う。
それが嬉しくて、俺もつられて笑ってしまった。
「でも、留ちゃん、これからどうするの?部屋を出てきて…」
そう言って首をかしげる小平太に俺は言葉を詰まらせてしまう。
勢いで出てきたとは言え、部屋には帰りたくなった。
あの部屋にはきっと伊作がいる。
伊作は今どんな顔をしているんだろう。
視線を落とせば、小平太は考えるような顔をして、それからそうだ、と言った。
「暫く私の部屋にいればいいよ。もし一人になりたいなら、私は長次の部屋に行く」
「でも…」
迷惑じゃないのかと言いかければ、小平太はにっこりと笑った。
「大丈夫。私、月の半分は長次の部屋にいるし、それに私と留ちゃんは友達だろう?だったら頼ってほしい。辛い時は甘えて良いんだよ」
「友達…」
「うん、友達だ」
だから良いんだよ、と小平太は言ってくれる。
今まで頭の中は伊作の事でいっぱいで、でもそれは悲しい事ばかりだったのに。
小平太は何時も俺に元気をくれる。
明るくしてくれる。
「小平太、いっつもありがとう」
「どういたしまして」
そんな言葉を交わして、俺は漸く本当に笑えた気がした。