06 / 君はいない
私には世界で一番大事な人がいる。
その人は私が初等部の時に出会った。
月に移住が始まったのは丁度その頃で、私は何時も通り同じ施設の子供だちと一緒にロケットに乗せられた。
遠くなっていく青い星を見ながら、胸が締め付けられるような想いがしたけれど、じゃあそこに何があるのかと言われれば首をかしげてしまう。
ただただ、生まれた場所から離れて行くということへの不安だったのかもしれない。
その人と―長次と出会ったのは初等部に入ったその日だった。
初等部では集団生活を主に学ぶから、個人で部屋を持つなんて言うのは高学年にならないと出来ない。
低学年の時は二人ないしは三人一部屋の共同生活を行うのだ。
そこで協調性やら規則を守る事なんかを学ぶと言う。
長次とはそこで同室になったのが最初だった。
私のロケットは第26便、長次のロケットはそれよりも早い第19便だったから長次の方が先に部屋に入っていた。
どんな奴なんだろう、仲良くなれるのかと違う施設の子供にドキドキしながら私は扉を開いた。
照明に照らされた部屋で長次は一人で本を読んでいた。
表情が良くは解らなかったけれど、彼はすと顔を上げて、私と視線を合わせてきた。
「今日から、よろしく」
と、そんな短い挨拶を交わして私と長次の二人の生活は始まった。
それから私は何かと長次と一緒にいた気がする。
幸いクラスも同じで、クラス替えは6年間ないという、よほどの問題がない限りだけれど。
その間に私は気がつけば、長次が世界で一番大切な人になっていた。
何時も一緒にいて、何時も傍にいてくれる優しい長次。
私の我儘を聞いてくれて、でも時々は諫めてくれて。
そんな彼が私は誰よりも好きだった。
だから、私はそれを長次に伝えることにした。
「私は長次が世界で一番好きだ!ずっと一緒にいたい。長次は?私の事をどう思う?」
そう尋ねると、長次はその切れ長の目を見開いて、そして顔をうつむかせてしまった。
何か悪い事を言ってしまったのだろうかと、私は心配になって顔を覗き込んだ。
「ちょーじ?」
そう問いかけると、長次はそっと私と目を合わせてきた。
普段はあんまり開かない口が、はっきりと形を作る。
「俺も、小平太が好きだ」
長次の声は小さい。
元から大きな声を出すのが苦手だと言っていたけれど、それでも私の耳にははっきり届いて、それがとても嬉しかった。
嬉しかったから、私はそのままぎゅうと長次を抱きしめた。
中等部に上がって暫くして、私には新しい友達が出来た。
夜の海で、一人でバレーをしている時に出会った隣のクラスの子。
多分、最初に会った時留ちゃんは泣いてた。
あの夜から私と留ちゃんは殆ど毎日の様に娯楽棟の海で遊んでいる。
その間にどうしてここに来るのかを聞いてみた。
何かあるのかと不思議に思っていたし、友達なんだから何か困ってる事があるなら何とかしてあげたかった。
最初、留ちゃんははぐらかしていたけれど、結局根負けしたのか話してくれた。
留ちゃんには世界で一番大事な人がいて、今その人と同じ部屋になっている。
でも、その人にとって留ちゃんは一番じゃない、それが辛くて何時もここに来るんだと言っていた。
聞いた時、私はきょとんとしてしまったけれど、それを自分と長次に置き換えたら直ぐに納得してしまった。
確かに、それは嫌だ。
私の一番は長次なんだから、長次の一番も私が良い。
そうじゃないなんて言われたら、私は死んでしまうかもしれない。
伝えてみればいいのに、と言った事がある。
そう言うと、留ちゃんは泣きそうな顔になって、出来ないと言った。
「どうして出来ないの?」
「怖いんだ。伊作に、変に思われるのが怖い…。それで嫌われたりしたら、俺、生きていけないかもしれない…」
そう言って、留ちゃんはその綺麗な顔をゆがめていた。
もう言えないくらいに留ちゃんはその伊作という人の事が好きなのだ。
だから怖いと、留ちゃんは泣き出しそうな声で言った。
「二人でいると幸せだけど、でも嫌なんだ。俺、自分で何か余計な事を言うんじゃないかって。俺は幸せだけど、伊作はそうじゃないんじゃないかって…本当は同室なんて嫌なんじゃないかって、想うんだ…」
最後の声はもう潤んでいて、殆ど聞こえないくらい小さくなってしまった。
それくらい留ちゃんはその伊作って人の事が好きなのだ。
多分、私が長次を好きなくらい、きっと同じくらい好きなんだ。
だから、私は留ちゃんをこれくらい泣かせる伊作という奴がどんななのか興味が沸いた。