05 / 世界でたった一人
また逃げてしまった、と俺は一人娯楽棟の海に来ていた。
俺は伊作と気まずくなると必ずここに来る事にしていた。
人工で作られた海と砂、そして波。
波の音を聞いていると、やけに安心した。
膝を抱えて、ぼんやりと人工の星空を見上げる。
キラキラと輝くそれを見ては、また泣きたくなった。
タカ丸も三郎も、兵助も何時でも帰ってきていいと言ってくれはしたが、俺はどうしてもそこに足を向けたくなかった。
甘えてしまいそうになる自分が嫌だったからだ。
ここに来れば心も落ち着くし、まだ頑張れる気がした。
本当はあの施設に帰りたくてたまらない。
まだ、希望ばかりを夢見ていたあそこに帰りたかった。
でも、それは出来ないのだ。
あそこには三郎がいる。
彼は後一年したらここに来るのだ。
経った1人、彼が決めたパートナーに思い出してもらうために。
それがどういうことなのか、説明されたのはもう随分前になる。
マザーにはパートナーが必要だ。
それは俺たちにも言えるけれど、彼には必要不可欠なのだと。
もう時間がないと言っていた。
三郎は未だに、兵助をパートナーにすることを拒んでいる。
どうしても雷蔵じゃなければ嫌なんだと言う。
それがどういうことなのか、俺は既に理解していた。
だから余計に帰れない。
そんな風に一人を想い続ける三郎のそばに、既にパートナーを見つけて、そして傍にいる事が出来る俺が帰るなんて、出来ないと思った。
三郎は雷蔵の事を話すとき、とても幸せそうな顔をする。
でも、時々それが凄く切ないものに変わる。
泣き出しそうな眼をしながらも、でもやっぱり顔は笑っている。
それを今見るなんて俺には到底できそうになかった。
「いさく……」
思わず名前を呼べば、また視界がゆらゆらとゆがんだ。
どうして言えないんだろう、どうして聞けないんだろう、どうして伝えられないんだろう。
答えなんて簡単だ。
未だに俺は怖いんだ。
ぼろぼろと涙がこぼれて、俺はどうしようもなく惨めになった。
どうせならこのまま消えてしまえばいいのに。
たった一人のパートナーにすら、見つけてもらえない俺なんか、このまま居なくなればいい。
そんな思考に流れていた時だった、ころころとボールが一つ転がって、俺の腰にぶつかってそれは止まった。
何だろう、と手の甲で涙をぬぐって、そのボールが転がってきた方を見つめる。
「あ!ボール!」
そんな明るい声がして、俺は今ここに誰かいるんだと、漸く理解した。
泣いているのを見られると、思って俺は必死に目を擦って泣いた痕を消そうとした。
「良かった、なくしたかと思った」
そう言ってボールの持ち主らしい少年が近付いてきて、俺は慌ててボールを拾い上げた。
渡してあげた方が良いんだろう。
俺がボールを拾い上げたのを見たのか、彼は軽く首をかしげつつも、小走りに近づいてきた。
「これ…」
そう言って差し出すと、彼は嬉しそうに笑みを浮かべてそれを受け取った。
「拾ってくれたのか、ありがとう」
「別に、近くに転がってきたからだ。…でも、こんな時間に何してたんだ?」
そう言えば、と既に夜になっている天井を見上げて訊ねた。
こんな時間にボール遊びなんて、結滞だと思う。
「んん、私はバレーをしていたんだ。部屋でやると危ないと、長次に叱られたからな!」
「そりゃ…ボール遊びなんて広いところでやらないと…」
「ボール遊びじゃない、バレーだ!バレーは面白いんだぞ!お前もやるか?」
そうキラキラした顔で迫られて、俺はちょっと引いてしまう。
最近伊作の事ばかりを気にして、同年代の知り合いなんていないも同然だったと言うのもあったのかもしれない。
にっこりと笑う彼には申し訳ないが、そんな気分じゃない。
遠慮しとく、と言うと彼は「そうか…」と残念そうに肩を落とした。
「最近、みんな付き合ってくれないんだ。長次は元から本ばっかりだから期待なんかしてないし。文次郎も仙蔵と約束があるからって…」
つまらない、と彼は眉を下げる。
それがちょっとかわいそうで俺は、暫く考えてしまった。
「あの…今日じゃないなら、良いぞ。今日は、ちょっと疲れているから、出来ないけど。…明日とかなら」
そう言うとぱっと彼は顔を上げて、さっきと同じ満面の笑みを浮かべていた。
キラキラと、本当にこの言葉が似合うくらいの笑顔で彼は「本当か?!」と聞き返してきた。
それに「うん」と肯くと、彼はぽーんとボールを宙へと放り投げる。
それを視線で追えば、そのまままた彼の腕の中におさまっていた。
「あ、私は七松小平太と言うんだ」
「…俺は、食満留三郎って言う……」
「あ、お前か!例の転校生!」
へぇへぇと言いながら小平太は俺をじっと見つめてくる。
そんなに珍しいのか、と俺は首をかしげるが、彼はお構いなしだった。
「なんか取っ付きにくいって噂だったけど、全然違うな。私、お前の事好きだぞ」
「へ?」
「そうだ、留三郎って呼びにくいから、留ちゃんって呼ぶ。留ちゃんも、私の事好きに呼んでくれていいからな!」
そう言って小平太はにぃっと悪戯っぽい笑いを浮かべていた。
なんだか、毒気を抜かれてしまって俺も思わず笑ってしまう。
「別に良いけどな」
そう言って、くつくつと笑いをこぼす。
こんな風に笑うのなんて、何時振りなんだろう。
本当に変な奴と思ってしまった。