02 / ただただ真っ暗で
俺が生まれた理由―それは幼いころから毎日聞かされていた事だった。
マザーの子供―チャイルドと呼ばれる存在である俺はあの青い星に適合するべく生まれたのだと何度も教えられた。
マザーとは同じ施設で共に過ごした。
素直じゃない、人の顔を借りている子供で、その顔の本当の持ち主が彼が決めたパートナーなのだという。
それを鏡で見ながら、話すとき、俺はこの人に幸せになってほしいと思った。
自分より一つ年下だけれど、彼はきっとその人の事を何よりも大事に思っているのだと解ったからだ。
好きなのかと聞けば、三郎は嬉しそうに笑って肯いた。
「世界で一番大事な人だよ」
と、答えるのが何時もだった。
俺にも何時かはパートナーが現れる。
それが不安だと同時に、彼の様に思えるのか心配だとこぼせば三郎は俺の頭を撫でながら言った。
「大丈夫だよ、留。留もタカ丸も私の子供だもの。この人だって思ったら、その人は世界で一番大事な存在になるんだ。理屈じゃないんだよ、感じる事なんだもの」
そう言って笑った。
それは私達だから解る事なんだよ、と彼は言った。
それが嬉しくて、俺は「ありがとう」と何度も言ったのを覚えている。
見つけた!とあいつを見た時に瞬間的に思った。
あいつは―善法寺伊作は俺が中等部に上がる時に相部屋と決まった相手だった。
それはコモンズの意図だったのか、それともただの偶然なのか解らないけれど。
教室に入って、目があった瞬間に理解したのだ。
俺はこいつのために生まれてきたんだと。
だから隣の席に座って、少しでも近くにいようと決めた。
部屋が同じだけなんて、それだけなんて正直嫌だった。
俺はとにかく伊作の傍にいたかった。
「ここが僕達の部屋、だよ」
伊作は見た目の通り、取っ付きやすいやつで正直助かった。
俺は今まで初等部―と言っても殆ど小さい頃から顔を知っている兄弟みたいな人間としか過ごした事がなかったせいか、人見知りと言うのがあるらしい。
それは三郎も同じで、あいつは中等部に上がるのを嫌がっていたはずだ。
そのせいで、俺は入学が遅れたのだ。
「一緒に居る、タカ丸も留も一緒じゃなければ私は嫌だ!」と駄々をこねるマザーを必死に宥めて俺は中等部に上がってきた。
母と子の絆は強いと言うが、それにしてもうちの母親はやけに過保護だと思う。
本来なら一緒に入学するはずだったタカ丸の体調が、不安定になったのは良かったのか悪かったのか。
彼は実験の後何時も体調を崩す。
植えつけられたマザーの細胞がなかなか安定期に入らないのだ。
本来なら植えつけられてから数年も経てば安定期に入るはずなのに、タカ丸のそれは常に不安定で揺れている。
熱を出して倒れるなんて良くある事だった。
そんな中でタカ丸は三郎に「留を中等部に行かせてあげて」と頼んでくれたらしい。
一緒になって兵助も三郎を説き伏せて、俺は漸くここにやってきた。
正直なところを言えば、あんな風に不安定なタカ丸と寂しがり屋な母親を残してくるのには抵抗があったけれど。
それでも俺は後悔など出来なかった。
今、部屋に要る少年は俺のパートナーなのだ。
一瞬で理解したその事実に、俺はそんな事など忘れてしまいそうだ。
伊作は「散らかってるけど」と言いながら、奥の寝室へと案内してくれた。
確かにこれはとちょっとだけ呆れそうになった。
床には服が散乱しているし、食べた後のゴミもテーブルに置きっぱなしになっている。
最初にやる事は掃除になりそうだなぁと考えていれば、目の前を歩いていた茶色の頭が勢いよく姿を消した。
そして同時に大きな音。
「い、伊作?」
「い、ったぁ…また、こけた…」
そう言いながら、伊作は涙目になって体を起こしている。
良く見れば散らかっていた服に足を引っ掛けたらしい。
思わず手を伸ばして助け起こしながら、俺は小さく息を吐いた。
「お前なぁ、ちゃんと片づけないからだぞ。足場に何もなければこける回数も減るんじゃないのか?」
「……何で、何回もこけるって…」
「お前がまたって言ったからだ」
そう言って完全に引き上げてやれば、伊作はへらりと笑って「ありがとう」と言った。
「でも、掃除なんてもったいなくて出来ないんだ。時間が、さ。一日でも早く僕は行きたいところがあるんだ」
「行きたいところ?」
「行きたいって言うか、帰りたい、かなぁ」
そう言って伊作は外を見つめた。
他の建物の間、そこから微かに漏れるのはあの碧い星だ。
あの懐かしい星、俺たちが帰るところだ。
「…僕はね、食満君、あそこに帰りたいんだ。始めてみた時に決心した。絶対絶対あそこに帰るんだって」
「だから、勉強頑張るって?」
そう言う事、と言って伊作はベッドに座って部屋のモニターの電源を入れる。
設定は壁全体になっているらしく、真っ暗な画面に浮かぶのはあの碧い星だった。
「僕のね、一番大事なものなんだ。世界で一番大事な事」
そう言ってあいつは笑った。
俺はそれに泣きだしそうになった。
俺はこんなに、たった一瞬で伊作を一番大事だと思ったのに、こいつはそうじゃないんだって言われた気がした。
俺は初めて、目の前の青い星が憎くて憎くて仕方が無くなってしまった。