16 / それでも僕は。
留さんには僕の次に大事な人がいると、昨日の夜解った。
その人は、留さんの家族みたいな存在なのだと聞いた。
だけど、コモンズの手前、学校では他人のふりをしていると言う。
後は、色々と詮索されるのが面倒だとか言っていた。
だからそのマザーが学校では他人のふりをしようと提案してきたらしい。
「寂しくないの?」
そう尋ねると、留さんは少し考えてから、「ちょっとな」と笑った。
大切な人が目の前に居るのに、その人と仲良く出来ないっていうのは辛い。
それは去年僕と留さんがじかに経験したことでもあるから、僕はちょっとだけ二人が気の毒になる。
でも同時に僕はその人に会ってみたくなった。
だから、留さんにその人の事を聞いてみた。
最初、渋っていたけれど結局留さんは話してくれて、僕は今1年生の教室のあるフロアにいる。
学習棟のエレベーターを使って、一つ階を下に降りれば懐かしいけれど、何処かぎこちない感じがした。
去年までここを使っていたはずなのに、不思議だと思う。
とはいえ、そんな違和感になど僕は構っていられなかった。
僕の目標はこの先、第2クラスにいるのだから。
がやがやと騒がしいのは昼休みに移動するからなのだろう。
扉から、ひょいと顔を覗かせれば、上級生などまだ珍しいのか一年生の彼らは少しだけ声を落とした。
「あの、鉢屋三郎君って居る?」
と、そう尋ねると一人の生徒が、あぁと呟いて窓際に居たらしいその子を呼んでくれた。
茶色の髪が柔らかく揺れて、彼は不機嫌そうな顔で此方にやってきた。
「誰?」
簡潔に尋ねられた言葉に、僕は苦笑する。
人見知りが凄いよとは言われていたけれど、まさかここまで刺刺しとは予想外だった。
「僕は2年生の善法寺伊作って言うんだ。ちょっと、良いかな?」
僕の名前を聞いた瞬間、彼の眼が微かに釣り上った。
きゅと目を細めて、彼は小さくうなずいた。
「娯楽棟で良いですか?…授業、サボる気なんで、良いでしょ?」
と言われれば僕は肯くしかなかった。
さざ波の音が大きく聞こえる、熱い風が吹いて鉢屋君は上に来ていたワイシャツを脱いで肩にかけるようにして持っていた。
「…アンタが、留のパートナーなんでしょ?何で私に用があるんですか?」
不意に前から、顔も振り向かずにかけられた言葉に僕は、顔を上げる。
不機嫌というよりは拗ねているような声に、あぁもしかしてと思う。
彼は僕に嫉妬しているんじゃないかと。
人見知りというよりは、明らかな敵意に似ている感情を向けられているのだけは解っていた。
その正体は、きっと―嫉妬だ。
「…うん、ちょっとね。話がしたくて…、どうってわけじゃないんだけど。君がどういう人か知りたくて…」
ぴたりと、鉢屋君の足が止まって、彼がゆっくりと振り返る。
茶色の髪がふわりと、海風に揺れた。
「何で?」
「留さんの大事な人だから」
「……何それ」
意味わかんない、と言いながら鉢屋君は砂浜に腰を下ろした。
僕もその隣に座って、天井を見上げる。
青い空を模したそれは、模しているだけで決して同じではない。
雲らしきものは、浮かんでいるけれど、あれはグラフィックなのだと説明を受けた。
「僕ね、聞いたよ。実験の事とか、後、留さんがどうやって生きてきたのかとか。…あと、クロスにどういう意味があるのかってことも」
「…話し、たんだ、留…、」
と、何処か暗い声で鉢屋君は呟いた。
心配、なんだろうなとその表情だけで十分に読み取れる。
何となく、留さんがこの人を大切に思う気持ちが解る気がする。
留さんにとっては放っておけないって気になるんだろうな。
「鉢屋君がどうして此処に居て、何をしてるのかも知ってる」
君は雷蔵君を探してるんだよね、と続ければ彼は思い切り顔をしかめて舌打ちしていた。
きっと要らない事まで喋ったとか思ってるんだろうな。
悔しそうなその顔を見ると、僕は思わず笑ってしまう。
なんか、面白いんだもの。
「で、なんだよ。留とクロスするのに、私が何か関係でもあるの?」
「…あるよ」
そう言うと、彼はふぅんと目を細めて、何処か馬鹿にするように笑っている。
「話を聞いて、腰が引けたとか?」
「それもあるけど、ホントはね。…嫉妬したんだ」
嫉妬、と聞いて鉢屋君の眼が見開かれる。
何それ、と呟きながら彼の切れ長の目は僕の姿を映していた。
「僕ね、君に嫉妬した。…だって、留さんの大事な人は僕だけだと思ってたから。僕はね、大事なのは留さんだけなんだ。…自分でも怖いなって思うけど、留さん以外の人の事なんでどうでもいいって最近思う。…だから、君が居るって聞いて嫉妬した」
「じゃあ何、今日は私に宣言しに来たんですか?アンタが留の一番だってさ」
「違うよ、確かめに来たんだ」
「何を?」
「自分の気持ち」
そう返事をすると、鉢屋君は不思議そうに瞬きをする。
それがおかしくて、僕は結局吹き出してしまった。
「本当を言うとね、…嫉妬したのと同時に思ったんだ。なら、もういっその事、寿命まで何もしないで二人で消えればいいんじゃないかって。…そうしたら、留さんを一人占め出来るんじゃないかって思った」
「何それ、最低」
は、と鉢屋君が馬鹿にしたようなでも何処か、引きつったような笑いをこぼした。
解るよ、最低だって。
僕だってそう思う。
「うん、だから、君に会ってみたかった。もしもね、君が留さんの事どうでもいいとか思ってたら、二人で消えちゃおうって思った。でも、違うって解ったから。…やっぱり、僕の気持は一つだよ」
「する、の?クロス、留と…」
そう問われて、僕はこくりと肯いた。
そう、僕の答えは一つだもの。
「僕は留さんと一緒に生きていきたんだ」
そう言うと、鉢屋君は「なら、良い」と小さく返事をくれた。