15 / 喩え君が、
目の前で僕と見つめ合う留さんは凄く真剣な目をしていた。
久しぶり―というよりも、ここまで真剣なのは初めて見るかもしれない。
何かを心に決めたみたいな、その視線にさっきまで僕の体を駆け廻っていた恥ずかしさみたいなものはナリを潜めるくらいに。
ちゃんと聞かなければいけない事なのだと、彼の全部で解る。
確りと握られた拳に僕は手を伸ばしたくなるけれど、それすらも出来ないくらいに留さんは緊張していた。
聞いてくれと言われて、僕は肯く。
君が大事な話だと言うなら僕はちゃんと聞かなきゃいけない。
真っ直ぐに目を見て、僕は聞くよと返事をした。
僕の耳に入ってくる内容は何処か夢の世界の様なものだった気がする。
留さんの口から出てくる話は、空想の世界みたいなものだったけれど、確かに本当なのだと言った。
だって、こんな風に悲しそうに話をする留さんは初めてだったから。
どう言っていいのか解らないのか、それとも怖いのか、時々留さんの声がひきつっていた。
「じゃあ、クロスはしなくちゃいけないもの、なの?僕と留さんにとっては…」
「…そう、言われた。俺も、最初はそんなわけないって思ってたんだけど、マザーがそう言った。しなきゃいけないって、そうじゃなきゃ俺は消えてしまう。そういう風になっちまったんだ」
そう言って、留さんは自分の胸のあたりをぎゅうと握りしめた。
彼の綺麗な手に、くっきりと骨の筋が浮かぶ。
僕は、ほんの少し―ううん、きっと心からその”マザー”に嫉妬した。
その人は留さんの心の中に深く根付いていて、僕以外にいる大切な人なのだ。
それが留さんの他の大切な人―友達だったり、彼がいう兄弟達とはまた違う存在だって言うのがはっきりわかったから。
彼はきっとその人の言葉は全部呑みこんでしまうんだと思った。
それが凄く悔しくて、僕は唇を噛んだ。
聞かなきゃよかったのかもしれない。
その話なんて後からでいいから、留さんとクロスでも何でもしてしまえばよかったのかもしれない。
無理矢理押し倒して、知識でしか知らないそれを実践すればよかったのかも。
「本当は、さ。話さなくてもいいって言われたんだ、ただ生きるためなら。…でも、やっぱり伊作に知っててほしいんだ。クロスにどう意味があるのかって。俺は…、お前が一番だから。お前しかいないから…、だから…」
どうなるのか、知っててほしいんだ、と彼は消え入りそうな声でつづけた。
それに僕は言葉を失ってしまう。
だって、それは本当の事だ。
きっと留さんは悩んだんだ。
言わずに何もしないまま、二人で消えることだって。
僕に話さずに、ただクロスをして生き残ることだって。
留さんは選べたんだ。
だけど、留さんはちゃんと話して、どうなるのかも、留さんがどういう存在なのかも教えてくれた。
なら、僕だってちゃんと答えなくちゃいけない、ちゃんと考えなくちゃいけない。
「留さん、僕に時間、くれる?」
「伊作?」
「あのね、僕も留さんが一番だよ。一番大事だ。だから、さっきの話、ちゃんと考えたいんだ。…留さんが、悩んでくれた分僕もちゃんと考えて、ちゃんと答えたいから」
良い?、とそう尋ねると留さんは小さくうなずいてくれた。
ありがとう、と聞こえるのか解らないくらいの声でお礼を言って、僕は「今日はもう寝よう」とベッドに入る。
ごめんね、とも言いたかった。
留さんは一瞬、泣きそうな顔をしたから。
でも、僕は相変わらず臆病で、どうしても今返事をする事は出来なかった。
でも、ね、留さん、僕の答えはちゃんと決まってるんだ。
今言わないのは、それでもその意味を考えたいからなんだ。
寝がえりを打つと、留さんの背中が見えた。
それに触れたい、でも僕の手ではそこまでは届かない。
僕は何時までだって、君の隣に居たいんだ。