14 / 喩え世界が終っても
伊作の様子がおかしくなるのは今に始まった事じゃないけれど、今回は異常だった。
普段から感情の起伏は激しくて、俺はそれを宥める事は多々あったけれど。
最近は本当におかしい。
俺の顔を見ると、あいつの顔は真っ赤になるし、それで視線をそらされる。
嫌われているわけじゃないのは、それでも一緒に居たがるからだから心配なんかはしていないのだけれど。
もしかしたら、と少しばかり勘繰ってしまう。
伊作も、クロス云々の話にでも巻き込まれたのかもしれない。
俺と伊作が恋仲だと言うのは、どうやら友人連中にはばれているらしかった。
というか、知らないわけがないのだ。
最初の頃のゴタゴタを目の前で見ていた小平太と仙蔵、小平太の保護者的な存在の長次、ついでに仙蔵に懐かれている文次郎とくればばれないわけがない。
どうせ、誰かに俺とのそう言う事を聞かれたのだろう。
実際、あんまりにもおかしいので仙蔵をつついたら、直ぐに「あぁ、私が聞いた」とあっさり白状しやがった。
あんまりにも悪びれない態度だったために、逆に毒気を抜かれてしまい、俺はそれ以上仙蔵を責める事は出来なかった。
正直冗談じゃないと思う。
此方にだって色々と事情があるのだ。
もし、仮にだ、仙蔵のせいで伊作がその気になったとしよう。
だけど、俺はどうすればいい?
俺はまだ、伊作に話していない事がある。
それは話さなければいけない事だけど、だけど同時に伊作を傷つけてしまうんじゃないかと思う。
俺が、そしてアイツが生きるために、この行為をしなければいいけないと説明しなければいけないわけだ。
言いたくないわけではない。
何時かは話さなくてはいけない。
三郎にもタカ丸にもせっつかれている、消えないでと言われた。
生きてほしいと言われた。
難儀な体になってしまった、と俺は自分の手を見つめる。
この体の細胞には三郎のそれが埋め込まれている。
それが俺に語りかけてくる。
生きたいのなら、もっと一緒に居たいのなら、伊作とクロスをするべきだと。
それはきっと、凄く幸せな事だと思う。
そして同時に怖いとも思う。
それをしてしまえば、俺はもう戻れないんじゃないかと思うんだ。
どこに戻れないのかなんて、口では言い表せないけれど。
ただ遠くに行ってしまう気がした。
このままで居たい、このまま幸せな時間を過ごせればいいのに。
でも、時間が無いのも事実なのだ。
「留さん、あのね、僕、留さんに話が、あ、あるんだ」
夜、もう寝ようかと灯りを落とした頃に、伊作はそう切りだしてきた。
あぁ、とうとうかと頭の片隅で決めていた覚悟が頭をもたげた。
何だよ、と知らぬふりを決め込んで俺は伊作の正面に腰を下ろした。
二つ並んだベッドの間には、サイドテーブルがおかれているから、膝を突き合わせて腰かける事が出来る。
じっと赤い顔の伊作を見つめると、彼はどうしようと言う様に視線を彷徨わせている。
何が言いたいかなんて解ってるよ。
「あ、の…僕…さ…」
「クロス、したいのか?」
率直に、自分でもはっきり聞いてしまったと思った。
一瞬、俺とアイツの間に沈黙が降りて、元から赤かった伊作の顔が一気にゆでダコみたいになった。
真っ赤になって、「え、ちょっ、留さんなんで、それ」と慌てふためく伊作を見て、俺は心の中で何かが決まるのが解った。
もう、話してしまおう。
隠していたって、してしまえば解るのだ。
一度すれば、次を、そしてまた次をとなる。
一度だけで終わらないんだ、と自分の体について一番知っているマザーが言っていたのだ。
それは体験ではなくて、本能的に解っている事なんだろう。
「…なぁ、伊作。俺は、お前とだったらクロス、してもいい」
「留、さん?」
何時になく真剣な声に伊作は戸惑ったような声で聞き返してきた。
不思議そうに見つめてくる伊作に向かって、俺は一度だけ息をのむ。
言わなければいけない、どうしても、これだけは。
「でも、俺はお前に話さなきゃいけない事があるんだ」
「……」
「それを聞いても、お前がしたいって言うなら、俺は拒んだりしない。でも…、大事な事だから、絶対に聞いてほしいんだ」
「大事な事…、留さんにとって?」
「俺にも、だけど。お前にも。…俺とお前にとって大事な話、なんだ」
そうはっきり言うと伊作は考えるように視線を床へと落とした。
やっぱり怖気づくよな。
クロスは所謂娯楽みたいな扱いを受けているふしさえあるし、それをこんな風に大事みたいに言うんだから。
実際、俺たちにとっては死活問題なのだけれど。
「聞くよ。…留さんが大事だって言うなら、僕はちゃんと聞く」
そう言って伊作は俺にしっかりと視線を合わせてきた。
さっきまでの浮ついた様子は何処にもなくて、俺は解ったと言って肯いた。
お願いだから、聞いたからって嫌いにならないで、と心の中で弱い部分が叫んでいるようだった。