13 / ねぇ、大好きだよ。
留さん、と彼の事を呼べるようになってからもうずいぶん経つ。
「呼んでいい?」
と尋ねると、留さんは少しだけ顔を赤くして「勝手にしろ」と言った。
これは彼にとって良いよって事だから、僕は直ぐに彼の事を留さんと呼ぶことにした。
ついでに、他の人に呼ばせないでねとも言っておいた。
この呼び方だけは僕だけのものだ。
最近は留さんも僕の繋がりのお陰で友達も増えたみたいで、今日は文次郎と勝負だとか言って娯楽棟のスポーツセンターに言っている。
どうやら、授業の時にやったテニスだったか卓球だったか、勝負事で熱くなったらしい。
授業中に勝負がつかなくて、二人して行ってしまった。
そのせいか、僕と仙蔵は取り残されて、久しぶりに二人で食堂に来ている。
拙い物を食べたいわけじゃないから、まだマシというか、そこまで不味くはならない筈のシェイク系のドリンクを注文して、二人で壁際の席に座った。
ここで待っているからと、エア・カーの停留所で言ったのは二人には聞こえていたんだろうか。
最近の二人は喧嘩友達として付き合ってるみたいで、そんな二人を見るのは僕としては正直面白くなかった。
それは仙蔵も同じだったみたいで、時々表情の読めない顔で二人を見ている。
「…面白くなさそうだな、伊作」
目の前で珈琲シェイクを飲んでいる仙蔵に言われて、僕はまぁねと短く返した。
面白くない、そう本当に面白くない。
僕と留さんはきっと、所謂恋人ってやつだ。
LIKEではなくLOVE。
昔は当然の様にいたらしい女性と男性の間に生まれる関係だとか聞いた。
男同士なんて言うのは最早このご時世じゃあ関係ないんだけど。
「だって、留さんを文次郎に盗られたみたいだ。君だって、同じようなもんじゃないか、仙蔵」
「…否定はしないな」
そう言って涼しい顔でシェイクをのんではいるが、内心では腸が煮えくりかえるような憎悪を抱えているはずだ。
僕だって同じだ、今は嫉妬で心がいっぱいだもの。
「伊作は、留三郎ともう、したのか?」
「は、い?」
したのか、何を?と聞き返そうとしたけれど、僕はそれがどういう意味かを瞬時に理解してしまった。
あれか、と小さく続けると仙蔵はふ、と鼻で笑ってくる。
それが悔しくて口をつけていたストローを噛みながら、彼をにらんだ。
「そういう君は、どうなのさ。文次郎と進展はあったの?」
「ないな」
言いきられた、と僕は逆にぽかんとしてしまった。
仙蔵の事だ、もう既にクロスだってやってると思っていたのに。
「意外と言う顔をしているな、伊作」
「あぁ、まぁ…。そりゃね、仙蔵は手が早そうなイメージだったのに」
「心外な…」
そう言って彼は少しだけばつが悪そうに眉根を寄せる。
あ、これは本気でそう思っている顔だと、幼馴染だから解る表情の変化にちょっと笑ってしまう。
「クロスなんてまだ当分無理だな。文次郎は鈍いから、私の気持ちにすら気づいていないさ」
「…伝えてないの?」
「此方はそのつもりなんだがな」
そう言って肩をすくめる仙蔵を見て、少しだけ不憫な気がした。
仙蔵は多分、文次郎を一番大事に思っている。
それを伝えているのに、彼は気付きやしない。
留さんと同じで鈍いのだ。
「苦労するねぇ、君も」
「……そう言うお前は…、留三郎としたとか思わないのか」
クロス、と短く続けられた単語に僕はどう返事をしたものかと視線を逸らした。
したくないと言えば嘘になる。
でも、正直今のままでも十分幸せなのは解っていた。
留さんが傍にいて、僕に笑ってくれる。
四六時中その笑顔が隣にあるってだけで、僕は幸せだった。
「またあれか。拒否されるのが怖いって奴?」
「いや、そう言うわけじゃないんだけどさ。なんか、このままでも別に良いかと思っちゃって」
「…進展しなくていいって?」
「そう言う事。…正直さ、留さんが傍にいてくれるだけで良いって思う自分が居るんだ。…それ以上に望むと罰が当たりそうでさ。…あれだ、幸せすぎて怖い的な」
「気持悪い」
「煩いな」
君が聞いてきたんだろう、と返せば仙蔵は知らないとばかりに、わざとらしく視線を外に向けて見せる。
こういうところが憎たらしいんだけど。
「だが、お前がそう思っているだけで、留三郎は違うかも知れないぞ?案外そう言うのを我慢していたりしてな?」
「留さんが?」
まさか、と言いそうになって僕は考えてしまう。
留さんは確かに我慢強い。
辛い事があっても表情には出さないし、基本的には自分で片づけてしまう、抱え込む。
もし、本当にそうだとしても、いやでも、あの留さんがと僕は首をかしげてしまった。
「まぁ、私はどちらでも面白いから良いのだけれどな。…精々、悶々と悩めばいい。…男の生理現象にお前が耐えられればだけどな」
「あのねぇ、人を堪え性のない節操なしみたいな言い方しないでくれる?」
そんな事実ありもしないと言うのに。
不満そうに彼を見れば、仙蔵はあ、と声を上げた。
「噂をすればなんとやらだな、帰ってきたぞ」
そう言って彼は持っていたシェイクのパックを握りつぶす。
僕は彼の声に誘われて、こっちにやってくる留さんを見つめた。
勝負にはどうやら彼が勝ったらしくて、隣では悔しそうな文次郎が仙蔵にからかわれていた。
僕を見つけて、留さんはその嬉しそうな顔のまま手を振ってくれた。
その笑顔を見て、僕はさっきまでの仙蔵との会話を思い出してしまった。
留さんだって我慢して…。
そう思うと、顔が一気に赤くなって僕はテーブルに顔を伏せてしまった。
「伊作?どーした?」
と、不思議そうな留さんの声に僕はそのまま首を横に振るしか出来なかった。
どうしよう、なんだかすっごく恥ずかしい。
今日、留さんの顔をちゃんと見れるか、僕は不安になってしまった。