10 / でも約束するよ。
気がつけば僕は息を切らして走っていた。
本当は七松君の言葉を完全に信じたわけじゃなかった。
本当は怖くて怖くして仕方がなかった。
もしかしたら彼は嘘をついているだけかもって、彼の思い込みであんなことを言ってくれたんじゃないかって思ってるくらいだ。
でも、僕はここで逃げちゃいけないと思った。
エア・カーに乗って第5寄宿舎に戻るその時間さえも、もどかしくて、着いた途端に僕は廊下を走りぬける。
一秒でも早く僕は食満君のところに行きたかった。
七松君の部屋を何とか探し当てて、僕は扉の前に立つ。
この向こうに食満君が居るのだと思うと、心臓がどきどきした。
さっき泣いたせいで目は腫れているんだろう、ちょっと瞼が熱い。
それでも僕は今、彼に会わなければいけなかった。
深呼吸をしてから僕はインターフォンを押す。
『もしもし?』
中からは、昨日喧嘩した食満君の声がした。
「食満君、僕…伊作、だよ」
そう返事をすると、インターフォンの向こうで食満君が息をのむのが聞こえた。
僕が来るのは予想外だったのかもしれない。
確かに今は授業中だし、勉強がどうのと何時も言ってた僕がサボるなんて思ってなかったのかもしれない。
暫くの沈黙の後、彼が息を吸い込むのが聞こえた。
『何しに来たんだよ…荷物でも、届けに来たのか?』
拗ねたような声で言われる言葉に、僕は必死で首を横に振る。
きっとモニターからは僕の姿が見えているはずだ。
インターフォンに出ると自動的に中のモニターに姿が映るようになっているから。
「違う、僕は、君を迎えに来たんだ」
『俺を?』
ちょっと驚いたような声に、僕は必死に首を縦に振った。
「そうだよ、君を迎えに来たんだ。一緒に帰ろう。…昨日の事も、僕、謝りたくて…」
『謝るって、なんだよ。…訂正しにきたの?俺じゃなくて、お前が俺の事嫌いですって』
「ちが、そうじゃなくて…」
『改めて言われる事じゃねーよ。コモンズに言って部屋、替えてもらうし…。それで満足だろ?』
違うよ、そうじゃないんだ、僕が謝りたいのは君を傷つけた事なんだ。
僕は君が好きだって、伝えに来たんだ。
『帰れよ…。今、お前の顔なんか見たくない…、俺の事嫌いなんだろ?帰れ、よ。何時まで、そこに居るんだよ!』
「帰らない!」
帰れと言われて、僕は咄嗟にそう叫んでいた。
「帰らない!僕は留三郎と一緒じゃなきゃ帰んない!あそこは僕と君の部屋だ、一人でなんて絶対に帰らない!」
だん、と目の前に扉に手を打ち付ける。
この扉が凄く邪魔だった。
僕の力でこじ開けられるなら、こじ開けて中にいる留三郎を引きずりだせるのに。
でも、それじゃあ意味がないんだって解っていた。
「…僕は君に言いたい事があるんだ。だから、ここを開けてよ…。帰るのは、その後でも良いから。お願いだから…僕に話をさせてよ…」
だから、と小さく続けると電子音がして目の前の扉が開く。
驚いて目を見開くと、目の前には今にも泣き出しそうな留三郎が立っていた。
微かに震える彼の拳を見て、泣くのを我慢してるんだって解った。
「…なんだよ、話って」
「昨日の事…ごめんって言いたくて。本当は、あんな事言いたかったんじゃないんだ」
「……」
沈黙が怖かった。
留三郎は黙って僕の話を聞いている。
視線が下がりそうになるのを必死に我慢して、僕は目の前の彼を見つめる。
「僕は…、君の事嫌いだなんて思った事一度もない。…本当は、ずっと一緒に居てほしいって思ってて、それで…。でも、ね。留三郎は何時も部屋から居なくなっちゃうし、笑ってても無理をしてるみたいだから…僕の事、嫌いなのかなって。…でも、嫌われたくなくて、それなら一緒に居ないまま、これ以上嫌われないほうがマシだって、思ったんだ」
だから、あんな事を考えて、口に出してしまった。
あんな風に傷つけてしまった。
それがどれだけ酷い事かなんて、冷静になって漸く分った。
「…留三郎は、僕の事、どう思ってるのかって…不安で、怖くて、どうしていいのか解らなくて…」
「お、れは…」
絞り出すような声に、僕はうんと肯いた。
どう思ってるの、僕に教えてほしいんだ。
「俺は、…お前が一番好き、で…、でも、お前は、母星が一番だって、言った。俺は…お前に会った時に、見つけたって思ったんだ。……だから、嬉しくて浮かれて、なのに、一番は俺じゃないって言われた気がして、それが辛くて…」
「うん…」
「でも、お前はそんなの、知るわけないって、解ってたのに…。一緒にいると、それが辛くて、逃げてた…」
ぎゅ、と更に握りしめられる拳を見て僕はそれに手を伸ばした。
一瞬それが逃げようと、後ろに流れたけれど僕はお構いなしにその手を包み込む。
「…ホントは、ずっと一緒にいたかったんだ…。伊作にも俺が一番って、思ってほしくて…、我儘って解ってても、でも…」
消えてしまいそうだと思った。
僕はここで手を離しちゃだめだって、捕まえないと駄目だってそう思った。
「留三郎、僕ね、最初に君に会った時、思ったんだ。見つけたって」
「い、さく?」
「僕は、この人のために生まれてきたんだって思った。…ねぇ、留三郎は?そう、思ってくれたって、思っていいのかな?」
僕の心臓はどきどきと早鐘を打っている。
肯いて、ねぇ、お願いだからって、本当はそれくらい叫びたかった。
目の前の彼は一度目を見開いて、それからぼろぼろと涙を流した。
「思った、…俺も、そう思った。お前のために、生まれたんだって、そう思った…」
「じゃあ、一緒だね」
そう言ってぎゅと手を握れば、それが握り返される。
あぁ、漸く僕達はお互いを本当に見つけたんだって、そう思えた。