百万本のバラ

ゆらりと、蝋燭が揺れて4人の男の顔が広いリビングに浮かび上がる。
本日は第○回『三郎の夫会議』である。
この会議が三郎には内密に行われ、主に彼が仕事で泊りだったり何処ぞに泊りに行っている日に行われる。
何処ぞと言うのは、大方彼の貞操の安全が保障されている綾部家か善法寺家だけなのだが。
今日、三郎は仕事の関係で一泊二日の出張だった。
嫌そうな顔をして朝家を出て行ったのを兵助が確認している。
そんな絶対に本人に聞かれる心配はない会議であるが、雰囲気を重視するために、リビングの灯を落とし何故か蝋燭をつけて行われるのだった。
最初は形からとは一体誰が言ったのだろう。
「そろそろ、三郎の誕生日だ」
今日の議長は輪番制で、八左ヱ門である。
やけに神妙な声を出した彼に、残りの三人も肯いた。
「……問題は、」
「あぁ、問題はプレゼントだ」
毎年、三郎の誕生日は4人(去年までは3人)で金を出し合って、高級志向で行こうと決めていた。
去年はホテルのスウィートルームを借りて、夜景でディナー(三郎はどん引き)。
一昨年は、日帰り旅行だった(これは結構喜んでいた)。
そして問題は今年だった。
車やら三郎の趣味であるパソコン一式等々出たのは良いが、それらは三郎自身の拘りがあるせいで、下手な物は買って来れない。
洋服という案もあるが、約一名が目を輝かせてマニアックな事を語るために、話が出る前に却下となった。
「やっぱり今年はどっかで食べ放題とかで良いんじゃないかな?ほら、三郎、中華料理の美味しい店行きたいとか行ってたじゃない?」
「アイツ、少食だから量食えないだろ?俺と雷蔵と勘ちゃんが食いまくって終わるよ」
「あぁ、…前焼き肉行った時は悲惨だったね…」
そう言って勘右衛門の視線がそれる。
「食べ物系は私が当日作るから問題ないよ…、問題はどう演出するかだ」
あれ?プレゼントは?という言葉は、やたらと真剣な兵助の様子を見る限り全員の喉の奥に消えた。
心なしか、兵助の目が据わっていた。
「みんな、去年の失敗を覚えてるか?」
そう問われて、完全に敗北した去年を思い出す。 ホテルの最上階を借りて、百万ドルの夜景を見ながらのディナー。
三郎はこれで喜んでくれると信じていた。
いや、確かに喜んではくれたのだ。
だが、完全に灯りを落として、その向こうにある夜景、そして無駄に着飾った自分達。
まるでお姫様でも相手にするかの様な対応に三郎は一言言った。
「いや、ねぇよ…」と。
この演出を考えたのは、誰であろう兵助だった。
小説家として、ロマンチックに誕生日を演出したつもりだったが、思い切り「ネオロマンスやハーレクインの読み過ぎだ」と言われてしまったのだ。
良いじゃないかネオロマ、良いじゃないかハーレクイン、あれは世の女性達に夢を与えているんだ。
はっきり言って、私は結構好きだ、と兵助は主張したかったが、あの呆れかえった顔は忘れられない。
そんなリアリストな妻の事を、今回ばかりは冷静に分析する。
彼はリアリストだが、ゆっくりと雰囲気に浸らせてやれば、ああいうのも楽しむ傾向にあるんじゃないだろうかと。
最早、プロの意地をかけた演出をしてやろうじゃないかと兵助は意気込んでいたのだ。
「…今年はもっと雰囲気重視でいこうと思うんだ」
「兵助…」
その余りに真剣な様子に3人も息をのむ。
正直、何をそんなに真剣なのか、ちょっとおかしいと思うが、実は今時計は夜中の3時を指していた。
正直寝てもおかしくない時間である。
そう、彼らの頭は眠気でねじが飛びかけていたのだ。
「去年の敗因はここにあると思うんだ!雰囲気作りに失敗したんだよ!!」
「な、なんだって?!」
そう、どこぞの漫画の様な科白を吐いて、勘右衛門がのけぞる。
もう、そこはわけの解らないテンションが支配していた。
「やっぱり雰囲気って言うのは何より重要なんだ。どんなプレゼントでも渡す雰囲気一つで大きく変わる!だから私は今年はこれを提案する!…題して『愛しの三郎に送る百万本の薔薇』!!」
まんまじゃねーか!!と言う突っ込みは誰の頭にも浮かばなかった。
その迫力に息を飲み、先を促す。
「まず、誕生日の日は遅くに帰ってきてもらう。そして、家の灯りを全部落としておくんだ。…何で誰もいないんだ、と不安に感じつつも三郎は玄関に行くだろう。そこに薔薇を一本落としておくんだ」
「で?」
「そして階段、そして部屋の前、まるで道しるべの様に…」
ふむふむと3人は大きくうなずく。
「…そして部屋!ここで部屋中に薔薇を飾るんだ!そして最後に、庭を見てとばかりにライトアップ!!」
「解った!そこに残りの薔薇を敷き詰めるんだね!」
そう言うことでしょう?と雷蔵の眼が輝く。
「そう!そこで三郎に言うんだ!誕生日おめでとうって!」
おおーと残りの三人が感嘆の声を上げる。
確かにそれはいい、良い作戦だと。
「じゃあ、今年は『愛しの三郎に送る百万本の薔薇』だね!」
そんな結論を出して、この会議は幕を閉じたのだった。


そして次の日の朝、リビングに残った議事録を見て正気に戻った4人は思った。
止めよう、と。
結局三郎の誕生日は5人で中華を食べるだけに終わったのだった。

end

何時も思うのですが、この4人はちゃんと寝てから話し合いをするべきだと思われ(おい)眠気は人を殺すと思います。