伏せた写真立て
それはほんの少しの仕返し。
久しぶりに三郎の部屋を訪れればそこには誰もいなかった。
珍しい、と雷蔵はしんと静まり返ったマンションの一室を見渡した。
両親が離婚して雷蔵は母親に、三郎は父親に引き取られた。
元より、父親は留守がちで家に帰っても年に2,3度という頻度だったせいか、この家には三郎の生活臭しかしない。
不自然に整い過ぎた居住まいは弟の神経質なまでの几帳面さを表しているようだった。
こういうところはちゃんとしている癖にと、生活習慣はそれに伴わない弟を想って雷蔵はため息をついた。
リビングのソファに腰掛けて、持ってきた酒瓶をテーブルに置く。
ことりという音が、彼一人の部屋に大きく響いて、少しだけさびしさが増した。
落ち着いた色合いで整えられたリビングには灰皿が置いてあった。
そう言えば、弟は煙草をたしなんでいたなとふと思い出す。
反対に雷蔵は酒はやっても、煙草は一切手をつけたことがなかった。
成人したとはいえ、弟は高校生の頃から煙草を吸っているのだ(いや、もしかすれば中学からかもしれない)。
とん、とそれを指ではじいて雷蔵は立ち上がった。
家にいないのは解り切っているし、部屋に行っても何処に行ったかなんてわからないのも百も承知だ。
だが、何となくあの部屋に入りたくなった。
弟が殆どの時間を過ごすだろう自室へと、彼は足を向けた。
「別に、雷蔵なら好きに入っていいよ」
と、確かに彼はそう言っていた。
それが見つかっても決して怒らないだろう解っていても、彼は今までそれを躊躇っていた。
幾ら兄弟だからと言っても、人の部屋に勝手に入るなど雷蔵の倫理観は許さない。
それでも、何故か、衝動のようなものが上ってきたのだ。
ここに来て、ここに泊まるときには幼いときのように二人でその部屋で眠るから入ったことがないとは言わない。
だが、雷蔵一人の時に入ったことはなかった。
部屋の前までやってきて、雷蔵はほんの少しだけ動きを止める。
良いの?と自分の声がする。
しかし、それを振り払うように雷蔵はドアのノブを回した。
夜も訪れ始めた8時頃、三郎の部屋は暗く人の気配もなかった。
真っ暗なそこの壁を探って、灯りをつける。
オレンジ色の優しい色の証明は、部屋を明るく照らし出した。
整理整頓された部屋は自宅の雷蔵の部屋とは大違いだ。
片づけが上手く出来ない彼の部屋は、何時も何かしら物が散乱している。
そんな己とは正反対と言うべき部屋をぐるりと見渡した。
パソコンに衣装ケース、大きめのベッド、その頭の部分に置いてある目覚まし時計にライト、そして―写真立て。
足を踏み出せば、雷蔵はその写真立てを手に取った。
何時頃、撮ったのかすぐわかるのは三郎の不貞腐れたような顔のせいだ。
学校の違う自分とその友人たちと、そして三郎。
人見知りが激しくて、兄に対する独占欲の強かった彼は自分の友人たちに露骨な嫌悪を示した。
全身で拒絶して、心から雷蔵を盗らないで!と言っていたころの写真だ。
竹谷と兵助と自分に腕を掴まれて、いったい誰に取ってもらったのか、いやそうに顔をゆがめている三郎がそこにはいた。
この頃の三郎は、間違いなく雷蔵にしか心を開こうとしていなかった。
ピアスでキラキラと光る耳、だらしなく着た他校の制服。
がんじがらめにされつつも、視線は怯えたように雷蔵の方を見ているのだ。
それが今じゃあ、と雷蔵はため息をこぼしてしまった。
三郎の右腕をからめ取っている男、自分の友人の一人―久々知兵助と今では想い合っているのだから、やるせない。
もしかしたら、今は二人で何処かに遊びに行っているのかもしれない。
手をつないで?それとも触れ合わなくても自分よりも近い距離を二人で歩いて?それとも…。
そんな事を考えれば、雷蔵は大きく深いため息をついた。
嫉妬なんて、今更だと思う。
付き合い始めた頃、雷蔵は三郎と盛大に喧嘩をした。
どうして、どうして兵助なんだ!どうして、と。
だが、自分でも可笑しいと思うのは、その後に続くはずの言葉が「どうして僕じゃないんだ!」というものだったことだ。
実の兄弟で?しかも双子で?どうしてその言葉が出てくるのか、自分でも不思議だったし、それに気がついて、そこまでは音に出来なかった。
しかし、今でもそれは吐き出したい想いとして彼の心の奥底に眠っている。
じっと見つめていた写真立てを雷蔵は伏せて、ベッドヘッドへと置いた。
ほんの少しだけ、悪戯のつもりで。
返ってきて、これを見て三郎はどう思うのだろう。
もしかしたら、兵助も一緒かもしれない。
でも、これは自分からの些細な嫌がらせだ。
そして、自分の思いにけりをつける行為だと、雷蔵は灯りを消して部屋を出た。
持ってきた酒を手にして、マンションの扉にも鍵をかける。
外に出て、空を見れば日はとっくに落ちて、真黒な空が広がっていた、それにぽっかりと見える月。
雷蔵は携帯を取り出して、もう一人の友人―竹谷の番号を選び出す。
そうだ、今日は一晩彼に酒に付き合ってもらおう。
とことん、この鬱屈してしまった気分を晴らさせてもらおうと、そんな事を心に決めて弟の家を後にしたのだった。
end
雷蔵にとって三郎は誰よりも大事で、盗られたくない存在だったんですけど、兵助に持ってかれちゃって。しかも、まだ自分の物だったころの写真とか見ちゃって、なんとも言えない気分になったっていう…。説明が必要な小説って…orz
現パロ=久々鉢なんですが、時々普通の雷鉢とか竹鉢とかも書いちゃってるから、この設定なくしてもいいかもとこっそり思ってしまいました(何)
久しぶりに三郎の部屋を訪れればそこには誰もいなかった。
珍しい、と雷蔵はしんと静まり返ったマンションの一室を見渡した。
両親が離婚して雷蔵は母親に、三郎は父親に引き取られた。
元より、父親は留守がちで家に帰っても年に2,3度という頻度だったせいか、この家には三郎の生活臭しかしない。
不自然に整い過ぎた居住まいは弟の神経質なまでの几帳面さを表しているようだった。
こういうところはちゃんとしている癖にと、生活習慣はそれに伴わない弟を想って雷蔵はため息をついた。
リビングのソファに腰掛けて、持ってきた酒瓶をテーブルに置く。
ことりという音が、彼一人の部屋に大きく響いて、少しだけさびしさが増した。
落ち着いた色合いで整えられたリビングには灰皿が置いてあった。
そう言えば、弟は煙草をたしなんでいたなとふと思い出す。
反対に雷蔵は酒はやっても、煙草は一切手をつけたことがなかった。
成人したとはいえ、弟は高校生の頃から煙草を吸っているのだ(いや、もしかすれば中学からかもしれない)。
とん、とそれを指ではじいて雷蔵は立ち上がった。
家にいないのは解り切っているし、部屋に行っても何処に行ったかなんてわからないのも百も承知だ。
だが、何となくあの部屋に入りたくなった。
弟が殆どの時間を過ごすだろう自室へと、彼は足を向けた。
「別に、雷蔵なら好きに入っていいよ」
と、確かに彼はそう言っていた。
それが見つかっても決して怒らないだろう解っていても、彼は今までそれを躊躇っていた。
幾ら兄弟だからと言っても、人の部屋に勝手に入るなど雷蔵の倫理観は許さない。
それでも、何故か、衝動のようなものが上ってきたのだ。
ここに来て、ここに泊まるときには幼いときのように二人でその部屋で眠るから入ったことがないとは言わない。
だが、雷蔵一人の時に入ったことはなかった。
部屋の前までやってきて、雷蔵はほんの少しだけ動きを止める。
良いの?と自分の声がする。
しかし、それを振り払うように雷蔵はドアのノブを回した。
夜も訪れ始めた8時頃、三郎の部屋は暗く人の気配もなかった。
真っ暗なそこの壁を探って、灯りをつける。
オレンジ色の優しい色の証明は、部屋を明るく照らし出した。
整理整頓された部屋は自宅の雷蔵の部屋とは大違いだ。
片づけが上手く出来ない彼の部屋は、何時も何かしら物が散乱している。
そんな己とは正反対と言うべき部屋をぐるりと見渡した。
パソコンに衣装ケース、大きめのベッド、その頭の部分に置いてある目覚まし時計にライト、そして―写真立て。
足を踏み出せば、雷蔵はその写真立てを手に取った。
何時頃、撮ったのかすぐわかるのは三郎の不貞腐れたような顔のせいだ。
学校の違う自分とその友人たちと、そして三郎。
人見知りが激しくて、兄に対する独占欲の強かった彼は自分の友人たちに露骨な嫌悪を示した。
全身で拒絶して、心から雷蔵を盗らないで!と言っていたころの写真だ。
竹谷と兵助と自分に腕を掴まれて、いったい誰に取ってもらったのか、いやそうに顔をゆがめている三郎がそこにはいた。
この頃の三郎は、間違いなく雷蔵にしか心を開こうとしていなかった。
ピアスでキラキラと光る耳、だらしなく着た他校の制服。
がんじがらめにされつつも、視線は怯えたように雷蔵の方を見ているのだ。
それが今じゃあ、と雷蔵はため息をこぼしてしまった。
三郎の右腕をからめ取っている男、自分の友人の一人―久々知兵助と今では想い合っているのだから、やるせない。
もしかしたら、今は二人で何処かに遊びに行っているのかもしれない。
手をつないで?それとも触れ合わなくても自分よりも近い距離を二人で歩いて?それとも…。
そんな事を考えれば、雷蔵は大きく深いため息をついた。
嫉妬なんて、今更だと思う。
付き合い始めた頃、雷蔵は三郎と盛大に喧嘩をした。
どうして、どうして兵助なんだ!どうして、と。
だが、自分でも可笑しいと思うのは、その後に続くはずの言葉が「どうして僕じゃないんだ!」というものだったことだ。
実の兄弟で?しかも双子で?どうしてその言葉が出てくるのか、自分でも不思議だったし、それに気がついて、そこまでは音に出来なかった。
しかし、今でもそれは吐き出したい想いとして彼の心の奥底に眠っている。
じっと見つめていた写真立てを雷蔵は伏せて、ベッドヘッドへと置いた。
ほんの少しだけ、悪戯のつもりで。
返ってきて、これを見て三郎はどう思うのだろう。
もしかしたら、兵助も一緒かもしれない。
でも、これは自分からの些細な嫌がらせだ。
そして、自分の思いにけりをつける行為だと、雷蔵は灯りを消して部屋を出た。
持ってきた酒を手にして、マンションの扉にも鍵をかける。
外に出て、空を見れば日はとっくに落ちて、真黒な空が広がっていた、それにぽっかりと見える月。
雷蔵は携帯を取り出して、もう一人の友人―竹谷の番号を選び出す。
そうだ、今日は一晩彼に酒に付き合ってもらおう。
とことん、この鬱屈してしまった気分を晴らさせてもらおうと、そんな事を心に決めて弟の家を後にしたのだった。
end
後書き
雷蔵お兄ちゃんの苦悩、がテーマでした…確か。雷蔵にとって三郎は誰よりも大事で、盗られたくない存在だったんですけど、兵助に持ってかれちゃって。しかも、まだ自分の物だったころの写真とか見ちゃって、なんとも言えない気分になったっていう…。説明が必要な小説って…orz
現パロ=久々鉢なんですが、時々普通の雷鉢とか竹鉢とかも書いちゃってるから、この設定なくしてもいいかもとこっそり思ってしまいました(何)