お兄ちゃんと一緒
尼子家に召抱えられるのが決まったのは、彼らが6年生になった年の11月だった。
この頃、尼子は出雲の平定に乗り出しており、人手が必要だと経久本人から手紙が来たのだった。
どうせなら三郎の級友たちもと書かれており、三郎自身少々戸惑うくらいの高待遇だったのだ。
とりあえず、と兵助、雷蔵、竹谷の三人に話をすれば、案の定ぽかんとされてしまった。
忍びとしては破格の給与、手当、その他もろもろ。
もとより、銀山を持っている尼子が裕福なのは知っていたが、本当にいいのかというくらいだったのだ。
城の中に部屋まで用意するといわれては、断ることなどできない。
おまけに経久自身とも親交があれば、人柄もよく知っているし、仕える足る人物だと、思っていた。
それなら、と結局4人はその年の11月に就職先を決めたのだった。
が、問題は三郎である。
実家が城の中にあるにも関わらず、そこに戻らないというのもおかしいと父親がいい顔をしなかったのだ。
経久がたしなめても眉間の皺が消えることなく、城に入ってすぐに4人で挨拶に行く運びとなったのだった。
月山富田城を奪回した折、鉢屋衆がした働きは屋敷一つを城内に頂けるほどだった。
昔、来たときは仮屋敷だったが、今はずいぶんでかい屋敷になっている。
二の郭に作られたそれに、3人はため息をつくほどだった。
「さすが、つ…じゃない、御館様。でかいの作ったよねぇ」
門をくぐって母屋へ向かう中、感心したように雷蔵が言葉をこぼす。
それの隣で当の三郎はだるそうに肩を落としていた。
「そんなに嫌なの?お父さんに会うの」
「いやだよ。雷蔵だって一回会っただろう?あんな堅物、顔を見るのも嫌だよ」
素顔じゃないだろうけどさ、とまた盛大に溜息をついた。
「でも、俺らには上司になるわけだしさぁ。ほら、あんまりぐだっとすんなよ」
な、と竹谷に背中をたたかれて、三郎はきろっと彼を睨む。
人の気も知らないで、と言いたげなそれに彼はははと苦笑をこぼしたのだった。
「三郎も、大変だよねぇ。ねぇ、兵助……」
と、先ほどからやけに静かな兵助の方へと雷蔵が視線を向けた。
ここに来るのに一番騒ぎそうだったはずの彼が、やけに静かで実は屋敷に入ったあたりからおかしいなと思っていた。
しかし、そこにいる彼のしぐさを見て雷蔵の笑みが凍りつく。
当の兵助はと言えば、じっと自分の掌を見つめて、そこに人という字を必死で書いては呑み込んでいたのだ。
そしてぶつぶつと「えっと、息子さんを私に…いやいや、そうじゃなくて。これからよろしくお願いします、お父さんとか?いや、いきなりお父さんは殴られるか。でも、おじさんっていうのも白々しいし…いや、でも…」と、呟き続けていたのだ。
緊張しすぎて瞬きまで忘れそうになっているその様子から、雷蔵は笑みをはりつかせたまま顔をそむけた。
というか、見ないようにした。
(別に結婚の許しをもらうわけじゃないのに……)
出てきた言葉は優しかったけれど、対応は冷たいのだった。
4人で奥の方まで進み、通されたのは客室だった。
今、当主は執務の方が…と告げて侍女が部屋を離れて、彼を呼びに行ったらしい。
三郎はそれを横目に見ながら、また肩を落とした。
それとほぼ入れ替わりに、かすかに気配が近づいてくるのがわかる。
この家で足音がしないのはもはや普通のことらしいが、気配を消すわけではないらしい。
それは少々急いだ様子で、部屋の前で止まり、そして障子に手をかけたのだった。
「三郎!帰ったと聞いたぞ」
やけに明るい声が、障子が開くのと同時に響いて、さっと4人の顔がそちらを向いた。
「あ、兄上!」
兄上?と竹谷と雷蔵が聞き返したときだった。
あ、と小さく声が聞こえて、自分たちの隣でざっと頭を下げた男がいた。
「あ、えっと、おと、お兄さん!三郎を私に下さい!」
しぃんと、部屋の空気が凍る感じがした。
兵助はとりあえず緊張して、頭の中が混乱していた。
ここに来ると言われたとき、そうか、家族に会えるのかと楽観的になれたのだが、当日はそういうわけにはいかなかったのだ。
何を言えばいいのだろうと、もはや上司に挨拶を言うよりは花嫁の父への挨拶めいた言葉しか出てこなかったのだ。
その混乱を何とか直そうといろいろ考えてみても、結局無理でそのままこの部屋に通されてしまった。
緊張したまま、いよいよとなったその時、彼の頭の中では父親に頭を下げる自分だけが頭にあったらしい。
障子が開いて、そこにいた人物に頭を下げてその言葉を発したのはもはや反射としか言いようがなかった。
「ちょっと兵助!いきなり何言ってんの!!」
「ば、馬鹿お前!今日はそういうんじゃないだろ?!」
頭大丈夫か!と隣にいた雷蔵と竹谷に突っ込まれて、ようやく自分が何をやらかしたのかを認識した。
(し、しまったああああ!)
と、思ってももはや頭を上げるだけの度胸はなかった。
入ってきた人物―三郎の次兄も、三郎自身もぽかーんとして兵助を見つめるばかりだ。
それに気がついたのか、雷蔵は三郎の肩を掴んで「三郎!三郎、しっかりして!」と叫び、竹谷は次兄に向けて「すんません、こいつ緊張してて、妙なこと叫んですんません!」と言い続けていた。
「あ、あの…」
と、雷蔵が次兄に向かって声をかければ、はっと肩で息をして彼も正気をとり戻らしたらしかった。
黒髪の癖のない感じの鬘に、大きな目の好青年の顔をしている。
「あ、あぁ、申し訳ない。驚いてしまって…」
びっくりした、と自分たちとさほど変わりのない年齢らしい彼は漸く落着きを取り戻したらしかった。
驚くのも当然だというように、竹谷と雷蔵は小さく笑いをこぼした。
が、問題は三郎で、ぽかーんと口を開けたまま兵助を見つめていた。
「にしても、いきなり弟をくれとは。随分、肝の据わったやつだな、おまえは」
はー、といっそ感心したような声を上げながら、次兄は兵助を見下ろしていた。
その様子に耐えかねて、ようやく兵助もそろそろと顔を上げた。
目の前にいる男の顔は三郎の素顔とはまた違う、あぁ、やっぱり変装をしているのかと元に戻り始めた頭で考えた。
が、にやぁと次兄の顔がゆがむ。
それは、悪戯を思いついた時の三郎とよく似ていた。
「でも、そうか…。お前、三郎のことを好いているのか?」
「え、えっと…あの、はい…」
もはや言い逃れできないと思えば、出てくる返事は正直なものだ。
雷蔵の隣で、正気に戻った三郎の顔が真っ赤になって、ぱくぱくと数度何か言おうとして口が動いている。
「兵助!それに兄上も!何を言って…」
「その様子なら、三郎もお前のことを憎からず思ってるのか、そうかそうか」
「兄上!勝手に納得しないでください!」
「お前は照れるとすぐに態度に出るからな。直した方がいいぞ。それで、お前、名はなんという?」
と、楽しそうな笑みを浮かべたまま次兄は兵助に尋ねた。
え、と首をかしげつつ「久々知兵助です…けど…」と返事をすれば「そうかそうか」と次兄はうなずいた。
「では、久々知兵助、弟をかけて私と勝負だ!」
「「「はああああっ?!!」」」
三郎、雷蔵、竹谷の三人の声が部屋中に響き渡る。
「幾ら三郎が腹違いと言えどかわいい弟には変わりない!私ともう一人、兄上を越えてからだ」
「え、え?!」
何をっ?と言おうとして、口を開いた兵助の言葉はつかまれた腕で遮られてしまった。
「あ、兄上!勝手なことを言わないでください、それに一の兄上に許可もなしに」
「一の兄上なら、二つ返事で承諾してくださる。父上はまだ来ないな、さぁ、武道場へ来るがいい!」
「え、そんな、武道場ってお兄さん、待ってくださいって!さ、三郎!」
「へ、兵助、兄上!」
「さぁ、男なら四の五の言わずに勝負するものだ。三郎、おまえはここで待っているがいい。お前にふさわしい男かこの兄が、確かめてきてやろう」
ははははは、という高笑いが廊下に響き渡った。
もはや、自分たちの先輩の元体育委員長を彷彿とさせる勢いで、三郎の次兄は兵助を引きずっていく。
うわああ、という兵助の叫び声だけが響いていた。
嵐があった後のような三人は互いに顔を見合わせた。
「なんていうか、御気の毒様、だよなぁ…」
「今日一日変だとは思ってたけど…」
はぁ、と雷蔵がため息をつけば、三郎が肩を落として、それからそっと手を合わせた。
「兵助…もう、どうでもいいし、聞こえないだろうけど。兄上は体術、私より強いから、気をつけろよ」
その言葉に、竹谷も雷蔵もそっと手を合わせるのだった。
そんな風に、全員で憐みの感情を兵助に向けているところだった。
静かにその気配が近づいてきて、そっと障子に手をかけるのが視界の端に移って、三郎が、あとまた声を上げた。
目の前には、先ほどの兄とはまた違う、色の白い線の細い、女性と言っても差支えないくらいに美しい青年が立っていた。
「兄上…」
また聞こえた兄という言葉に、竹谷と雷蔵も姿勢をただした。
三郎のもう一人の兄ということは、この家の長男、ともすれば上司になるかもしれあい相手だった。
その様子を横目にその長兄はすいと会釈をこちらに向けてきた。
丁寧なそのしぐさは、貴族さえ思い起こさせそうなものだ。
「三郎、久しいな…」
「兄上の方こそ、息災のようで」
そう言って、目礼を返す三郎を見ながら長兄はふぅん、と小さくつぶやいて竹谷と雷蔵の方へと視線を向けた。
検分するようなそれに、内心で冷や汗をかきつつ、とりあえずはその動向を待つしかない。
「…茶を」
「はい?」
「茶を出してないのだな…。父上の執務はちと、時間がかかる故、私が出向いたのだが」
「そ、そうですか」
戸惑ったような返事をすれば、長兄はぱんぱんと二度ほど手を叩いて人を呼んだ。
それにさっと天井から人が降りてくるのを、忍者屋敷みたいだとぼんやり考えながら見てしまった。
「…隣に茶の湯の用意を。菓子は…いつもの通り練り切りを。あぁ、ついでにこんふぇいともつけておいてくれ」
流れるように告げられれば、出てきた使用人はこくんと一度うなずいて又姿を消した。
それに満足そうに目を細めれば長兄は三人へと向き直る。
「話は聞いていたであろう?…行くぞ」
そう言って彼の着物の裾が翻るのだった。
隣の部屋に行けば本当に全部用意してあった。
春先とは言え寒さを気にしたのか、茶釜も出ている。
それに言われるままに全員横に並んで、長兄の茶の湯の点前をじっと見るという、なんとも気まずい空気の中で菓子が運ばれてきた。
「…食べないのか?」
言われた言葉に「え、良いんですか?」と思わず返事をすれば長兄は「食べるなとは言ってない」という返事をする。
言われるままにその可愛らしい造形のねりきりを口へと運べば柔らかい甘さが口に広がった。
しゃかしゃかと抹茶をたてる音が響いて、それがすと前に出される。
点前自体、三郎は心得ているらしく作法通りそれを受け取れば後ろの戸が開いて雷蔵と竹谷の分も運ばれてきたのだった。
「そういえば、一人少ないようだが…。来なかったのか?」
自分の友人たちへと視線を向けられて問われれば、あぁ、と三郎が茶碗をおいて長兄へと視線を向ける。
「…その、二の兄上に連れて行かれてしまって」
「あ奴に?また何故?」
「それが…ちょっと、奴を試すとか何とか言って…」
試すという言葉を聞けば、あぁ、と長兄も理解したらしい。
溜息を吐きながら、自分も一口抹茶を飲んだ。
「全く…。自分が退屈していたからと、人を巻き込むとは」
「武道場に行くと言っていましたが」
「…最近は目立った戦がない上に、手合わせできるような奴も少なくてな。あ奴は退屈していたのだ。…本当に、後で小言の一つでも言ってやろう」
「はぁ…」
そしてまた沈黙。
(な、なんかマイペースな人、だなぁ)
(う、うん…)
小さな声でそんな話をしながら、目の前の兄弟の団欒(らしきもの)を見つめるしかない。
「…もしかして、あの、さっき大きな声をあげていたやつではあるまいな?」
「え?」
「三郎を私に下さいと叫んでいたやつだ。連れて行かれたのは…」
聞こえていたのか!と三郎は赤面してしまった。
はは、と小さく苦笑をこぼしていれば、長兄の目がすいと細められる。
「そうか、ならば、私も行ったほうが良いな」
「な、何でそうなるんですか!」
「あ奴が言ったのだろう?私とあ奴を超えなければ、おまえはやらぬと」
「いー…って、たような気もしますが。兄上まで行かれる必要は」
「…いや、この鉢屋の、妾腹とはいえ三男を迎えようというのだ。それ相応のてだれでなければ」
「兄上!単に暇だからって、二の兄上の酔狂に乗っからないでください!」
「よくわかったな」
と、言いながらも長兄は流れるような動きで、立ち上がる。
着物の袖から見えるのは銀色に光る長い針のような武器だ。
「兄上!兄上の手合わせはシャレにならないじゃないですか!」
「大丈夫だ、急所には当てぬよ」
「そういう問題じゃありません!」
ぎゃあぎゃあと交わされる会話を聞きながらもしかして、と雷蔵はその手元をもう一度見つめる。
(もしかして、暗器使いとか、そんなんじゃ…)
だとすれば、さすがに兵助の身が心配になってしまった。
もとより、兵助が得意なのはこんな風に戦闘や暗殺向きでなことではない。
兵法が最も得意で、駒を動かしたり、潜入の時の作戦を立てるのが彼の専門だ。
だが、そんな周りの心配などこの兄達には全く関係ないらしい。
流石と言いたくなるほど、思考回路が三郎と似通っていると攻防を聞きながら思ってしまう。
暇になったら誰かで遊ぶというのは、いつも三郎がやってることだ。
「兄上、本当にやめてください」
「…いやだと言っておろう」
全く人の話を聞かぬ、とどの口が言うのだと言いたくなることを言いながら、長兄は部屋を出ようとしている。
それを止めようとして、三郎もその後ろに続いていた。
はっ、と息をするように肩を揺らして、雷蔵と竹谷もそれに続いた。
足音もなく廊下を早足に歩く兄とそれを追う三郎、そして雷蔵、竹谷という順番で屋敷の中を移動すれば、ついたのは武道場だった。
板張りのそこには長い棒を一本構えている次兄と、それを涙目でよけ続ける兵助だった。
武器は、好きなものを使っていいとでも言われたのだろう、周りに殺傷力を下げているらしい先端を丸くした苦無やら、手裏剣やらが落ちている。
今、兵助はと言えば、忍者刀を模したらしい木刀を構えている。
肩で息をしながらも、何とか打ち込もうと隙を狙っているらしいが遠目から見ても次兄がそれを崩すような気配は見つからない。
「流して、よけてばかりでは私には勝てぬぞ、久々知兵助。三郎との関係を認めてほしいなら、もっと攻めてくるがいい!」
ぶん、とその長い棒を振りかざして次兄は兵助に向けて振りかざす。
それを何とか木刀で流して、また距離をとった。
「だ、だったら、ちょっと手加減してくださいよ。私、体術は苦手なんですっってえええ!」
隣に落ちる棒の先端に視線をやりながら、兵助の顔が真っ青になっている。
それを見ながら、ふむ、と長兄が小さくつぶやいた。
「なかなかではないか。あ奴の棒を何だかんだとよけている」
そりゃぁ、必死だろうしね、という言葉を三人は呑み込んだ。
言葉を交わしてはいるが、入り込む隙はほとんど見られない。
兵助に加勢しようとしてもおそらくは叩き伏せられるのが落ちだろう。 入ってきた4人に気が付いているのかいないのか、次兄と兵助は徐々にこちらに近づいてきている。
それをのんきな様子で見ている長兄と、はらはらしながら見ている友人たちと、何故か囚われの姫のようなポジションの三郎という構図になってしまっていた。
「取ったぁ!!」
一瞬、兵助が足を取られて体勢を崩した。
それに合わせて、次兄が棒を振りかざす。
だが、それは見事に長兄と三郎の間にある壁に突き刺さったのだ。
兵助はというと、すんでのところで体をさらに滑らせて、その下に入り込んでいた。
どがっという盛大な音が響いて、木片が飛ぶ。
はっ、と正気に戻ったように息をこぼしたのは次兄だった。
飛んだ木片は、ぱらぱらと音をたてて床に散った。
「あ、兄上…お出ましでおられたんですか…?」
ひきつったような笑みに4人が不思議そうに二人を見つめた。
ぱらぱらとまだ落ちている木片の音を聞きながらにっこりと、それはそれは綺麗な笑みを長兄が浮かべていた。
「貴様、こちらには気が付いていなかったのか?」
しまった、という顔をしながら次兄は兵助の方へと視線を向けた。
何のことだがさっぱりわからないという視線を彼に向ければ、壁に刺さったままの棒にそっと長兄が手を添えた。
それをたどるようにして、彼は次兄の方へと足を進める。
「この…未熟者がっ!」
ぱぁんという盛大な平手の音が響いたのはその声とほぼ同時だった。
結局、その日のうちに三郎の父の執務は終わらなかった。
あの平手の後、繰り広げられた長兄から次兄へのしごきは何とも云えなかった。
もともと暗器を得意とする長兄は、間合いに入られても大丈夫な様に柔術の様なものも習得していたらしい。
その手合わせは侍女が「ご当主が、また今度こちらから出向く。ここまで来てご苦労だった」という旨を伝えるまで続けられたのだった。
ぎたぎたに伸された次兄は「どうだ、これがうちの嫡男だ」と、負け惜しみのように言って目の前で気絶した。
それに満足そうに、ほぼ無傷の長男が「…誰か、試してみるか?」とそれは楽しそうに言うので、侍女の言葉をこれ幸いと逃げるようにして出てきたのだった。
「なんつーか、濃い御兄弟で…」
帰り道、三郎に言われたのはそんな哀れみさえこもった竹谷の言葉だった。
痣やらやら打ち身やらを大量に作った兵助はぐったりとしたまま本丸までの道を歩いている。
「…でも、すごいよね。あの三郎がたじたじになるくらいのお兄さん達だったし。…あぁ、でも、ちょっと三郎と似てる所あるけどね」
「似てないよ、やめてくれ雷蔵」
はぁ、とため息をつきながら三郎は恨めしそうに兵助を見やった。
それもこれもこいつがあんなことを口走ったからだ、と思わずにはいられない。
そんな三郎の視線を受けつつも兵助は全く別のことを考えていた。
(次は、勝つ!)
こっそり握られた拳には誰も突っ込むことはできなかった。
拍手でいただいたあのネタがつぼすぎて書いてしまいました。某様には本当に感謝です!
そして兄ちゃん達ですが、長兄が暗器、次兄は体術が得意な人です。体術って言っても、棒術なんですが。そして、長兄のイメージがまんま仙様なんですが…。きっと気質的に長兄は女王様です。(え)
この頃、尼子は出雲の平定に乗り出しており、人手が必要だと経久本人から手紙が来たのだった。
どうせなら三郎の級友たちもと書かれており、三郎自身少々戸惑うくらいの高待遇だったのだ。
とりあえず、と兵助、雷蔵、竹谷の三人に話をすれば、案の定ぽかんとされてしまった。
忍びとしては破格の給与、手当、その他もろもろ。
もとより、銀山を持っている尼子が裕福なのは知っていたが、本当にいいのかというくらいだったのだ。
城の中に部屋まで用意するといわれては、断ることなどできない。
おまけに経久自身とも親交があれば、人柄もよく知っているし、仕える足る人物だと、思っていた。
それなら、と結局4人はその年の11月に就職先を決めたのだった。
が、問題は三郎である。
実家が城の中にあるにも関わらず、そこに戻らないというのもおかしいと父親がいい顔をしなかったのだ。
経久がたしなめても眉間の皺が消えることなく、城に入ってすぐに4人で挨拶に行く運びとなったのだった。
月山富田城を奪回した折、鉢屋衆がした働きは屋敷一つを城内に頂けるほどだった。
昔、来たときは仮屋敷だったが、今はずいぶんでかい屋敷になっている。
二の郭に作られたそれに、3人はため息をつくほどだった。
「さすが、つ…じゃない、御館様。でかいの作ったよねぇ」
門をくぐって母屋へ向かう中、感心したように雷蔵が言葉をこぼす。
それの隣で当の三郎はだるそうに肩を落としていた。
「そんなに嫌なの?お父さんに会うの」
「いやだよ。雷蔵だって一回会っただろう?あんな堅物、顔を見るのも嫌だよ」
素顔じゃないだろうけどさ、とまた盛大に溜息をついた。
「でも、俺らには上司になるわけだしさぁ。ほら、あんまりぐだっとすんなよ」
な、と竹谷に背中をたたかれて、三郎はきろっと彼を睨む。
人の気も知らないで、と言いたげなそれに彼はははと苦笑をこぼしたのだった。
「三郎も、大変だよねぇ。ねぇ、兵助……」
と、先ほどからやけに静かな兵助の方へと雷蔵が視線を向けた。
ここに来るのに一番騒ぎそうだったはずの彼が、やけに静かで実は屋敷に入ったあたりからおかしいなと思っていた。
しかし、そこにいる彼のしぐさを見て雷蔵の笑みが凍りつく。
当の兵助はと言えば、じっと自分の掌を見つめて、そこに人という字を必死で書いては呑み込んでいたのだ。
そしてぶつぶつと「えっと、息子さんを私に…いやいや、そうじゃなくて。これからよろしくお願いします、お父さんとか?いや、いきなりお父さんは殴られるか。でも、おじさんっていうのも白々しいし…いや、でも…」と、呟き続けていたのだ。
緊張しすぎて瞬きまで忘れそうになっているその様子から、雷蔵は笑みをはりつかせたまま顔をそむけた。
というか、見ないようにした。
(別に結婚の許しをもらうわけじゃないのに……)
出てきた言葉は優しかったけれど、対応は冷たいのだった。
4人で奥の方まで進み、通されたのは客室だった。
今、当主は執務の方が…と告げて侍女が部屋を離れて、彼を呼びに行ったらしい。
三郎はそれを横目に見ながら、また肩を落とした。
それとほぼ入れ替わりに、かすかに気配が近づいてくるのがわかる。
この家で足音がしないのはもはや普通のことらしいが、気配を消すわけではないらしい。
それは少々急いだ様子で、部屋の前で止まり、そして障子に手をかけたのだった。
「三郎!帰ったと聞いたぞ」
やけに明るい声が、障子が開くのと同時に響いて、さっと4人の顔がそちらを向いた。
「あ、兄上!」
兄上?と竹谷と雷蔵が聞き返したときだった。
あ、と小さく声が聞こえて、自分たちの隣でざっと頭を下げた男がいた。
「あ、えっと、おと、お兄さん!三郎を私に下さい!」
しぃんと、部屋の空気が凍る感じがした。
兵助はとりあえず緊張して、頭の中が混乱していた。
ここに来ると言われたとき、そうか、家族に会えるのかと楽観的になれたのだが、当日はそういうわけにはいかなかったのだ。
何を言えばいいのだろうと、もはや上司に挨拶を言うよりは花嫁の父への挨拶めいた言葉しか出てこなかったのだ。
その混乱を何とか直そうといろいろ考えてみても、結局無理でそのままこの部屋に通されてしまった。
緊張したまま、いよいよとなったその時、彼の頭の中では父親に頭を下げる自分だけが頭にあったらしい。
障子が開いて、そこにいた人物に頭を下げてその言葉を発したのはもはや反射としか言いようがなかった。
「ちょっと兵助!いきなり何言ってんの!!」
「ば、馬鹿お前!今日はそういうんじゃないだろ?!」
頭大丈夫か!と隣にいた雷蔵と竹谷に突っ込まれて、ようやく自分が何をやらかしたのかを認識した。
(し、しまったああああ!)
と、思ってももはや頭を上げるだけの度胸はなかった。
入ってきた人物―三郎の次兄も、三郎自身もぽかーんとして兵助を見つめるばかりだ。
それに気がついたのか、雷蔵は三郎の肩を掴んで「三郎!三郎、しっかりして!」と叫び、竹谷は次兄に向けて「すんません、こいつ緊張してて、妙なこと叫んですんません!」と言い続けていた。
「あ、あの…」
と、雷蔵が次兄に向かって声をかければ、はっと肩で息をして彼も正気をとり戻らしたらしかった。
黒髪の癖のない感じの鬘に、大きな目の好青年の顔をしている。
「あ、あぁ、申し訳ない。驚いてしまって…」
びっくりした、と自分たちとさほど変わりのない年齢らしい彼は漸く落着きを取り戻したらしかった。
驚くのも当然だというように、竹谷と雷蔵は小さく笑いをこぼした。
が、問題は三郎で、ぽかーんと口を開けたまま兵助を見つめていた。
「にしても、いきなり弟をくれとは。随分、肝の据わったやつだな、おまえは」
はー、といっそ感心したような声を上げながら、次兄は兵助を見下ろしていた。
その様子に耐えかねて、ようやく兵助もそろそろと顔を上げた。
目の前にいる男の顔は三郎の素顔とはまた違う、あぁ、やっぱり変装をしているのかと元に戻り始めた頭で考えた。
が、にやぁと次兄の顔がゆがむ。
それは、悪戯を思いついた時の三郎とよく似ていた。
「でも、そうか…。お前、三郎のことを好いているのか?」
「え、えっと…あの、はい…」
もはや言い逃れできないと思えば、出てくる返事は正直なものだ。
雷蔵の隣で、正気に戻った三郎の顔が真っ赤になって、ぱくぱくと数度何か言おうとして口が動いている。
「兵助!それに兄上も!何を言って…」
「その様子なら、三郎もお前のことを憎からず思ってるのか、そうかそうか」
「兄上!勝手に納得しないでください!」
「お前は照れるとすぐに態度に出るからな。直した方がいいぞ。それで、お前、名はなんという?」
と、楽しそうな笑みを浮かべたまま次兄は兵助に尋ねた。
え、と首をかしげつつ「久々知兵助です…けど…」と返事をすれば「そうかそうか」と次兄はうなずいた。
「では、久々知兵助、弟をかけて私と勝負だ!」
「「「はああああっ?!!」」」
三郎、雷蔵、竹谷の三人の声が部屋中に響き渡る。
「幾ら三郎が腹違いと言えどかわいい弟には変わりない!私ともう一人、兄上を越えてからだ」
「え、え?!」
何をっ?と言おうとして、口を開いた兵助の言葉はつかまれた腕で遮られてしまった。
「あ、兄上!勝手なことを言わないでください、それに一の兄上に許可もなしに」
「一の兄上なら、二つ返事で承諾してくださる。父上はまだ来ないな、さぁ、武道場へ来るがいい!」
「え、そんな、武道場ってお兄さん、待ってくださいって!さ、三郎!」
「へ、兵助、兄上!」
「さぁ、男なら四の五の言わずに勝負するものだ。三郎、おまえはここで待っているがいい。お前にふさわしい男かこの兄が、確かめてきてやろう」
ははははは、という高笑いが廊下に響き渡った。
もはや、自分たちの先輩の元体育委員長を彷彿とさせる勢いで、三郎の次兄は兵助を引きずっていく。
うわああ、という兵助の叫び声だけが響いていた。
嵐があった後のような三人は互いに顔を見合わせた。
「なんていうか、御気の毒様、だよなぁ…」
「今日一日変だとは思ってたけど…」
はぁ、と雷蔵がため息をつけば、三郎が肩を落として、それからそっと手を合わせた。
「兵助…もう、どうでもいいし、聞こえないだろうけど。兄上は体術、私より強いから、気をつけろよ」
その言葉に、竹谷も雷蔵もそっと手を合わせるのだった。
そんな風に、全員で憐みの感情を兵助に向けているところだった。
静かにその気配が近づいてきて、そっと障子に手をかけるのが視界の端に移って、三郎が、あとまた声を上げた。
目の前には、先ほどの兄とはまた違う、色の白い線の細い、女性と言っても差支えないくらいに美しい青年が立っていた。
「兄上…」
また聞こえた兄という言葉に、竹谷と雷蔵も姿勢をただした。
三郎のもう一人の兄ということは、この家の長男、ともすれば上司になるかもしれあい相手だった。
その様子を横目にその長兄はすいと会釈をこちらに向けてきた。
丁寧なそのしぐさは、貴族さえ思い起こさせそうなものだ。
「三郎、久しいな…」
「兄上の方こそ、息災のようで」
そう言って、目礼を返す三郎を見ながら長兄はふぅん、と小さくつぶやいて竹谷と雷蔵の方へと視線を向けた。
検分するようなそれに、内心で冷や汗をかきつつ、とりあえずはその動向を待つしかない。
「…茶を」
「はい?」
「茶を出してないのだな…。父上の執務はちと、時間がかかる故、私が出向いたのだが」
「そ、そうですか」
戸惑ったような返事をすれば、長兄はぱんぱんと二度ほど手を叩いて人を呼んだ。
それにさっと天井から人が降りてくるのを、忍者屋敷みたいだとぼんやり考えながら見てしまった。
「…隣に茶の湯の用意を。菓子は…いつもの通り練り切りを。あぁ、ついでにこんふぇいともつけておいてくれ」
流れるように告げられれば、出てきた使用人はこくんと一度うなずいて又姿を消した。
それに満足そうに目を細めれば長兄は三人へと向き直る。
「話は聞いていたであろう?…行くぞ」
そう言って彼の着物の裾が翻るのだった。
隣の部屋に行けば本当に全部用意してあった。
春先とは言え寒さを気にしたのか、茶釜も出ている。
それに言われるままに全員横に並んで、長兄の茶の湯の点前をじっと見るという、なんとも気まずい空気の中で菓子が運ばれてきた。
「…食べないのか?」
言われた言葉に「え、良いんですか?」と思わず返事をすれば長兄は「食べるなとは言ってない」という返事をする。
言われるままにその可愛らしい造形のねりきりを口へと運べば柔らかい甘さが口に広がった。
しゃかしゃかと抹茶をたてる音が響いて、それがすと前に出される。
点前自体、三郎は心得ているらしく作法通りそれを受け取れば後ろの戸が開いて雷蔵と竹谷の分も運ばれてきたのだった。
「そういえば、一人少ないようだが…。来なかったのか?」
自分の友人たちへと視線を向けられて問われれば、あぁ、と三郎が茶碗をおいて長兄へと視線を向ける。
「…その、二の兄上に連れて行かれてしまって」
「あ奴に?また何故?」
「それが…ちょっと、奴を試すとか何とか言って…」
試すという言葉を聞けば、あぁ、と長兄も理解したらしい。
溜息を吐きながら、自分も一口抹茶を飲んだ。
「全く…。自分が退屈していたからと、人を巻き込むとは」
「武道場に行くと言っていましたが」
「…最近は目立った戦がない上に、手合わせできるような奴も少なくてな。あ奴は退屈していたのだ。…本当に、後で小言の一つでも言ってやろう」
「はぁ…」
そしてまた沈黙。
(な、なんかマイペースな人、だなぁ)
(う、うん…)
小さな声でそんな話をしながら、目の前の兄弟の団欒(らしきもの)を見つめるしかない。
「…もしかして、あの、さっき大きな声をあげていたやつではあるまいな?」
「え?」
「三郎を私に下さいと叫んでいたやつだ。連れて行かれたのは…」
聞こえていたのか!と三郎は赤面してしまった。
はは、と小さく苦笑をこぼしていれば、長兄の目がすいと細められる。
「そうか、ならば、私も行ったほうが良いな」
「な、何でそうなるんですか!」
「あ奴が言ったのだろう?私とあ奴を超えなければ、おまえはやらぬと」
「いー…って、たような気もしますが。兄上まで行かれる必要は」
「…いや、この鉢屋の、妾腹とはいえ三男を迎えようというのだ。それ相応のてだれでなければ」
「兄上!単に暇だからって、二の兄上の酔狂に乗っからないでください!」
「よくわかったな」
と、言いながらも長兄は流れるような動きで、立ち上がる。
着物の袖から見えるのは銀色に光る長い針のような武器だ。
「兄上!兄上の手合わせはシャレにならないじゃないですか!」
「大丈夫だ、急所には当てぬよ」
「そういう問題じゃありません!」
ぎゃあぎゃあと交わされる会話を聞きながらもしかして、と雷蔵はその手元をもう一度見つめる。
(もしかして、暗器使いとか、そんなんじゃ…)
だとすれば、さすがに兵助の身が心配になってしまった。
もとより、兵助が得意なのはこんな風に戦闘や暗殺向きでなことではない。
兵法が最も得意で、駒を動かしたり、潜入の時の作戦を立てるのが彼の専門だ。
だが、そんな周りの心配などこの兄達には全く関係ないらしい。
流石と言いたくなるほど、思考回路が三郎と似通っていると攻防を聞きながら思ってしまう。
暇になったら誰かで遊ぶというのは、いつも三郎がやってることだ。
「兄上、本当にやめてください」
「…いやだと言っておろう」
全く人の話を聞かぬ、とどの口が言うのだと言いたくなることを言いながら、長兄は部屋を出ようとしている。
それを止めようとして、三郎もその後ろに続いていた。
はっ、と息をするように肩を揺らして、雷蔵と竹谷もそれに続いた。
足音もなく廊下を早足に歩く兄とそれを追う三郎、そして雷蔵、竹谷という順番で屋敷の中を移動すれば、ついたのは武道場だった。
板張りのそこには長い棒を一本構えている次兄と、それを涙目でよけ続ける兵助だった。
武器は、好きなものを使っていいとでも言われたのだろう、周りに殺傷力を下げているらしい先端を丸くした苦無やら、手裏剣やらが落ちている。
今、兵助はと言えば、忍者刀を模したらしい木刀を構えている。
肩で息をしながらも、何とか打ち込もうと隙を狙っているらしいが遠目から見ても次兄がそれを崩すような気配は見つからない。
「流して、よけてばかりでは私には勝てぬぞ、久々知兵助。三郎との関係を認めてほしいなら、もっと攻めてくるがいい!」
ぶん、とその長い棒を振りかざして次兄は兵助に向けて振りかざす。
それを何とか木刀で流して、また距離をとった。
「だ、だったら、ちょっと手加減してくださいよ。私、体術は苦手なんですっってえええ!」
隣に落ちる棒の先端に視線をやりながら、兵助の顔が真っ青になっている。
それを見ながら、ふむ、と長兄が小さくつぶやいた。
「なかなかではないか。あ奴の棒を何だかんだとよけている」
そりゃぁ、必死だろうしね、という言葉を三人は呑み込んだ。
言葉を交わしてはいるが、入り込む隙はほとんど見られない。
兵助に加勢しようとしてもおそらくは叩き伏せられるのが落ちだろう。 入ってきた4人に気が付いているのかいないのか、次兄と兵助は徐々にこちらに近づいてきている。
それをのんきな様子で見ている長兄と、はらはらしながら見ている友人たちと、何故か囚われの姫のようなポジションの三郎という構図になってしまっていた。
「取ったぁ!!」
一瞬、兵助が足を取られて体勢を崩した。
それに合わせて、次兄が棒を振りかざす。
だが、それは見事に長兄と三郎の間にある壁に突き刺さったのだ。
兵助はというと、すんでのところで体をさらに滑らせて、その下に入り込んでいた。
どがっという盛大な音が響いて、木片が飛ぶ。
はっ、と正気に戻ったように息をこぼしたのは次兄だった。
飛んだ木片は、ぱらぱらと音をたてて床に散った。
「あ、兄上…お出ましでおられたんですか…?」
ひきつったような笑みに4人が不思議そうに二人を見つめた。
ぱらぱらとまだ落ちている木片の音を聞きながらにっこりと、それはそれは綺麗な笑みを長兄が浮かべていた。
「貴様、こちらには気が付いていなかったのか?」
しまった、という顔をしながら次兄は兵助の方へと視線を向けた。
何のことだがさっぱりわからないという視線を彼に向ければ、壁に刺さったままの棒にそっと長兄が手を添えた。
それをたどるようにして、彼は次兄の方へと足を進める。
「この…未熟者がっ!」
ぱぁんという盛大な平手の音が響いたのはその声とほぼ同時だった。
結局、その日のうちに三郎の父の執務は終わらなかった。
あの平手の後、繰り広げられた長兄から次兄へのしごきは何とも云えなかった。
もともと暗器を得意とする長兄は、間合いに入られても大丈夫な様に柔術の様なものも習得していたらしい。
その手合わせは侍女が「ご当主が、また今度こちらから出向く。ここまで来てご苦労だった」という旨を伝えるまで続けられたのだった。
ぎたぎたに伸された次兄は「どうだ、これがうちの嫡男だ」と、負け惜しみのように言って目の前で気絶した。
それに満足そうに、ほぼ無傷の長男が「…誰か、試してみるか?」とそれは楽しそうに言うので、侍女の言葉をこれ幸いと逃げるようにして出てきたのだった。
「なんつーか、濃い御兄弟で…」
帰り道、三郎に言われたのはそんな哀れみさえこもった竹谷の言葉だった。
痣やらやら打ち身やらを大量に作った兵助はぐったりとしたまま本丸までの道を歩いている。
「…でも、すごいよね。あの三郎がたじたじになるくらいのお兄さん達だったし。…あぁ、でも、ちょっと三郎と似てる所あるけどね」
「似てないよ、やめてくれ雷蔵」
はぁ、とため息をつきながら三郎は恨めしそうに兵助を見やった。
それもこれもこいつがあんなことを口走ったからだ、と思わずにはいられない。
そんな三郎の視線を受けつつも兵助は全く別のことを考えていた。
(次は、勝つ!)
こっそり握られた拳には誰も突っ込むことはできなかった。
後書き
三郎の家族シリーズみたいな感じになりましたが、お兄ちゃん達です。拍手でいただいたあのネタがつぼすぎて書いてしまいました。某様には本当に感謝です!
そして兄ちゃん達ですが、長兄が暗器、次兄は体術が得意な人です。体術って言っても、棒術なんですが。そして、長兄のイメージがまんま仙様なんですが…。きっと気質的に長兄は女王様です。(え)