桜の花は狂い咲き

山桜が咲いていた。
今回は三郎と兵助の二人での”お遣い”だったが、差ほど難しくもないものだった。
それでも三郎は雷蔵の変装を変える事はなく、事を構える時だけ兵助の姿になっていた。
お遣いの内容はちょっと近くの商人に消えて貰っただけだった。
春先の山にはやたらと満開の山桜があって、それが月明かりに綺麗に咲くのだと、近所の宿の女将が話しているのを二人は聞いた。
この部屋の窓からも見えるのだと、女将は戸を開けて見せてくれる。
春先とは言え、寒さはまだ緩んでいるわけもなくそれは直ぐに閉めてしまった。
夕食を食べて、風呂を借りて、布団に入る。
いつもの通りの行動に兵助は特に何らの違和感も覚えなかった。
ただ、一つ、気になると言えば、やけに三郎がその山桜を見ていたという事だけだ。
ふ、と夜半過ぎだろうか、急に気配が減ったような気がして兵助は目を覚ました。
寒い、とやけに通しの良い空気に眉根を寄せれば、隣の布団は空になっていて、窓が開いていた。
それに驚いて身を起こしても、部屋の中に三郎の気配はない。
気配を殺しているのかと思ったけれど、部屋の何処にもその姿はなかった。
まさか、と夕飯時の事を思い出して、もう一度開け放たれている窓の外を見る。
外では見事な山桜が、月明かりの下で咲いていた。
ひらひらと舞い散るそれがやけに幻想的だった。
何故か、そこに彼は居るのではないかと思って、兵助は枕元に置いておいた上着を引っかける。
肩に掛けるだけで、しっかり着込まないまま彼も窓から外にでた。
夜露に濡れた土に微かに眉根を寄せたけれど、それよりもと山桜の方へと足を進める。
窓から見えるくらいだからそんなに遠くに有るわけではなかった。
ほんの少し、宿から進んだところにあるその木は窓から見るよりもずっと見事に花を咲かせていた。
狂い咲き、なんて言葉がよく似合うと思う。
薄紅色の花弁を散らして、地面はそれに覆われている。
それを裸足の足で踏みしめながら近づけば、その根元に身体を横たえている三郎を見つけた。
一体何時から居たのか、身体には何枚も花弁が付いている。
寝間着のまま来たらしい彼は、白い衣服のまま微動だにしなかった。
ただ、うっすらと目を開けて降りしきる花弁を見つめている。
まるで、死んでいるように、ぴくりとも動かないのだ。
動いても良いはずの瞼も、そのままにじぃと桜の木を見上げている。
「三郎」
と、漸く声を掛ければ、息を吹き返すように三郎の瞼が幾度か動いた。
「風邪引くから、」
起きろと言おうとした言葉はすと閉じられてしまった彼の瞼で喉の奥で止まってしまった。
「兵助、桜を見ていたんだ」
桜を、と言いながら三郎はそっと右手を桜の方へと伸ばした。
降り積もる花弁はその手を避けるようにして、地面へと、三郎の身体へと落ちていく。
「窓から見るだけじゃなくて、ここまで来て見たいと思った」
「…そう」
「でも、それだけじゃ足りなくなった」
そう言って、彼の手はぱたりと自分の身体の上に落ちる。
目は閉じたままで、冷たい土を花弁を、その温度を感じているようだった。
「散っているこいつを見ていると、ここでこのまま死ねれば、私は幸せなんじゃないかって、そんな事を思ったんだ」
死ねれば、と言われて兵助は思わず目を見開いた。
良いわけ無いと言おうとしても、その言葉は音に成らずにただ喉の奥につっかえるだけだ。
この、桜の下に寝ころんでいる恋仲の相手はやけに綺麗なのだ。
顔は相変わらず他人のものだけれど、浮かべている表情は彼の物だ。
今にも消えていきそうな、儚いそれは雷蔵は決して浮かべたりはしない。
彼が浮かべる表情はむしろ、天真爛漫と言った方が正しいくらいだ。
「…なぁ、兵助。このまま桜と一緒に散っていったら、私はこいつの養分になれるんだろうか。来年、またこんな風に花を咲かせる為の、養分になって、私は花弁になって、また、土に還って…」
そんな風に、と続ける唇を封じてしまいたくなった。
まるで何かに当てられたように紡がれる言葉など、消えてしまえばいい、そう思って、三郎の方へとまた一歩を踏み出す。
無理矢理に腕を取って、引き起こせば、漸くその目が自分を映して、そのまま腕の中に納める。
幾つも付いていた花弁が音もなく自分達の身体で潰される、冷たい感触がした。
「兵助?」
どうした?と言いたげな三郎を抱く腕に力を込める。
ぎゅと、自分で押しつぶすように抱きすくめれば「痛い」と、抑揚の無い声で不満を言われた。
「桜の為に死ぬなんて、私が許さない」
「それは、お前の許可がいることなのか?」
「…なら、三郎は私を残して死んでも良いって言うのか?」
そう問い返すと、三郎の視線がゆっくりと下に下がるのが解った。
悩んで、迷って、そんな目だ。
「私は、絶対に許さない」
そう言って、何かを紡ごうとした唇を自分のそれで塞いだ。
ざぁ、と風が吹いて桜の花びらが地面を這って散らばっていく。
(こんな物に攫われるなんて、絶対に許さない)
月がゆっくりと傾いて、朝が近づいていた。
桜の花がまた、花弁を散らす。
そっと、抱きしめ返された腕がやけに弱々しく、兵助はまた更に三郎を抱きしめる腕に力を込めた。

後書き

えぇっと、何でこうなったのかと言いますと、眠れなくて、ニコでアリプロの詰め合わせで、同名の曲を聴いていたので、思いついて溜まらなくなって書いたって言う…。
でも、桜の花って攫われそうってイメージがちょっとあります。漫画とか小説とか曲とかの影響があるんですけど。これ、兵助Verも考えたんですが、彼は見るだけ見たらさっさと帰ってしまいそうなので。うちのそういう担当(え)の三郎にいたしました。
ってか、最近鬱な三郎がうちの中で増えてきている…おかしいな?(汗)
でも、この三郎、次の日の朝にはけろっとしてそうですけどね。