3

※こちらは性描写の含まれる作品となっております。18歳に満たない方は閲覧を御遠慮願います。警告文を無視して閲覧した場合生じる何事も当方は責任を負いかねます。



 はぁ、と互いの口から熱い吐息が零れても兵助は再び三郎の口を塞いでいた。この青年は、この行為を始めた時からずっと体のどこかしらを繋ぎ合せていなければ気が済まない性質らしい。
「ねぇ、鉢屋さん、俺、あんたが欲しいな」
「あんたが俺の全部を受け入れてくれるなら、俺は何時だってあんたの絵のモデルになってあげるよ」
「ねぇ、鉢屋さん、抱かせてよ」
 そう言って、彼は今二人が居るキッチンから続く、リビングで初めて三郎を抱いたのだ。
 あの日も、今日と同じ様に曇天の中に薄い雨が降っていた。空から落ちてくる雨粒と同じように、兵助の言葉が三郎の上に降り注ぐ。そんな物をどうやって自分が防ぐ事が出来ただろう。兵助の黒髪が近づいてきて、それが三郎の頬に触れた。碌に手入れもしている様子は無いのに、艶やかで美しいそれが自分の肌に触れて、彼の石膏の様な白さを持つ手が三郎の頤を包み込む。三郎の手にあった筈の筆がからん、と音を立てて床に転がれば自分の体がそれに続くのも時間の問題だった。
「……ぁっ……ぅ、あっ……へい、すけ……っ!」
「うん、何? 鉢屋さん?」
 と、彼は己の体の一部を、三郎の中に埋め込んだままそう問い返している。冷たいキッチンの床に押し倒されて、昨日の名残を蒸し返す様に兵助の指が三郎の体を這い、まだ柔らかく綻んでいた蕾がこじ開けられる。兵助の足に己の腰を乗せられ、そのまま浅い部分を揺さぶられれば、三郎は甘い声を上げていた。
 この青年―いや、子供は、随分と己の欲求に対して正直で、そして甘える事がやけに上手いのだ。自分がどうすれば彼の我儘を聞くのか、己の欲求を通す術を心得ている。そしてそれを解っている筈なのに、三郎はどうしてもそれに抗えなかった。
 ぐちゅり、と言う微かな水音と、三郎の体内にある熱が動くその振動に、彼は「はっ、はっ、」と浅い息を繰り返していた。あぁ、自分は朝っぱらから一体何をしていると言うのだろう。気だるい湿気と、目の前の青年の艶に当てられて。こんな時間から享楽に耽っているなどと。誰かに知られれば、それだけで自分は羞恥に塗れて死んでしまうだろう。絶対に誰にも知られたくない、と、そう思う。
 かり、と三郎の手が伸ばされた先にあるシンクの下の扉を掻いていた。どうにも、自分はこの青年の顔を見られるのが苦手らしい。彼の、その黒曜石の様な瞳で見つめられれば、頬が上気するのを止められない。全身の血液が己の顔に集まっているのではないかと思う程に、じわじわと己の頬が、そしてその皮膚の下を葉脈の様に伸びている血管の先にある、脳髄が沸騰する様な感覚に襲われるのだ。だから、せめて、と三郎は何時も彼の目を見ない様に、と己の視界をその腕で覆っている。あの目を見てはいけない、自分が自分で無くなってしまう。目の前の、年端も行かない青年に己の全てをさらけだしてしまいそうで、それが何よりも怖かった。
 だから、本当はその下にある唇でさえも覆い隠してしまいたいのだ。彼の指が三郎の体に触れる度、繋がっているその部分を揺さぶられる度、自分の口からは甲高く、甘い声が上がる。己の喉から溢れる様に、零れ落ちる様に発せられるそれが、周りの空気を揺らし、体を支える骨を伝い、三郎の鼓膜を震わせる。それが、そんな音でさえも、自分をこの熱の中に沈めてしまうには十分だと言うのに。だが、当の兵助はそれを決して許しはしなかった。
「駄目だよ、口塞いだらキス、出来なくなる……」
 そう言って、彼は三郎の手首を掴むのだ。だが無理矢理に引き剥がすのではない。そっとその手に力を込めて、三郎自らがその手を動かす様に仕向けて来る。甘い声の奔流の源を塞ぐその重石を、自らの手で退ける様に、彼の手が促してくるのだ。
「ねぇ、鉢屋さん。鉢屋さんは、俺とキスしたくないの?」
 そんな風に問われてしまえば、三郎の腕がそのままそこで硬直する事はあり得なかった。そろり、と、三郎の手がその水源を解放すれば、ふつふつとそこで燻っていた湧水が、唇から一気に溢れだす。そしてこの青年は、それを食むのが何よりも好きなのだ。三郎の唇から溢れる、声と言う名の湧水を、久々知兵助と言う男が余すところなく飲みほしてくるのだ。
「鉢屋さん、ねぇ、どうしたの?」
「ぁっ……ぅ、あっ……! ふっ……!」
「ねぇ、って。喘いでるだけじゃ、俺、鉢屋さんがどうして欲しいのか解らない」
 そう言って兵助はにやりとその口角を持ち上げていた。
 後ろに伸ばされた三郎の片方の手は、兵助から与えられる快楽に耐える為の物だ。甘い、しかし決定打に欠く緩く浅いそれは、一体彼が何を望んでいるのかを三郎に伝えてくる。そうだ、彼は食みたいのだ、自分を。自分の喉から発せられる、目の前の男への欲求を。それが嫌に鮮明に三郎の脳裏に浮かんでしまう。彼に何を言えばいいのか、それだけははっきりと解るのに。だが、どうしてもそれが出来ない。それを口にする事を、三郎はどうしても躊躇ってしまう。
 そんな三郎の様子に彼も焦れたのだろう。三郎の白い足が彼の肩に乗せられて、ぐっと更に奥の方へと兵助が入り込んでいた。ずっ、と言うそんな水音と共にその結合は深くなり、びくと三郎の体が揺れる。そんな彼を見下ろしながら、兵助は持ち上げた三郎の脹脛に頬を寄せた。持ちアがている方の腕が、その足の曲線にそって反られる。彼の頬が三郎の足を覆う筋肉に擦りつけられて、兵助の赤い舌がその手と同じ軌道を描けば、ぞくりと三郎の背筋に甘い痺れが走っていた。
「ぁっ……っ、ぁ、ああっ、ぅ、へぇ、す、けっ……っ」
「ねぇ、鉢屋さん、言ってよ。どうして欲しいの? 俺に」
「ひっ……っ!あっ、うぁ、あっ!」
 ねぇ、ねぇ、と兵助の唇がそんな風に己を促す言葉を吐いている。そしてその言葉に合わせる様に、兵助の律動も早さを増していた。あぁ、あぁ、駄目だ、と三郎の中にそんな言葉の奔流が生まれていた。
「ぁっああっ……! へい、すけっ!」
「うん、なぁに?」
「ぁっ、も、もう……もうっ……!」
 もう、限界だ、と。三郎は投げ出していた片方の足を、目の前の青年の腰に絡みつかせていた。兵助の細い腰を、もっとこっちにと言う様に。三郎の足がぐぐと彼の背面へと回される。それに合わせて、兵助の体が前の方に倒されれば、「ひっ!」と言うそんな声が三郎の口から零れていた。
「鉢屋さん」
 と、あの甘い声が三郎の耳へと入り込んでくる。たしり、と己の横に兵助の白い腕が落されて、互いの息遣いが肌で感じられるようなその距離に、三郎の腕がそろりと動いていた。
 雨の中に居るような、そんな滲んだ光景が三郎の目の前に広がって、彼は「あぁ、」と思わず目を細めてしまっていた。
 あの美しい青年の顔が自分の目の前に迫っていた。ずるり、と三郎の足が彼の肩からずり落ちて、しかしそれは完全に床に落ちる事は無かった。もう片方の足に重なる様に、それも目の前の男の背中へと回される。
「へぃ、すけっ……!」
 そう言って、三郎の腕が青年の方へと伸びる。青年の体が自分の方へと更に傾いで、その距離が完全に無くなってしまう。深く深く。互いの声も飲み込む程に。互いの唇が重なり合えば、三郎の白く細い指が兵助の黒髪を捉えていた。