5年越しの余熱

君と離れて、幾年経っても、心の中にある熱は冷めなかったのだ。

先輩と袂を分けたのは5年前だ。
あの人は元々忍に向いてないと言われていたから、仕方がないのだろう。
時々、私が無感情に子供でも殺すのを見て、苦々しく眉を寄せていたくらいだ。
どうして人は死ぬのかという問いを、まるで何処かの僧侶のように考えてみたくなったのだと言われた時、私は「そうですか」とだけ返した。
これからどうするのかと聞かれると、フリーを続けようと思うと返事をした。
つまり着いて行くことはないという返事だった。
別に一緒に行く必要がないと思ったのもあったし、先輩の言葉を聞くと、自分がこの人を追いつめたのかもと思ってしまったのもある。
それは勝手にこの人が追いつめられただけだと思うことも出来たけれど、何故かそれはあまりに勝手な言い分な気もしたのだ。
だから私は離れることを選んだのだ。
それを先輩に告げると「そう……」と返しただけだった。
一緒に来ないんだとか、じゃあ止めるとかそんな事など一言も無く。
ただ、あっさりとそれを受け入れてくれた。
そして5年私と先輩は全く顔を合わせていない。
次の日の朝には先輩は荷物を纏めて、家を出ていたから。
肌寒さを感じて、何も着ていない上半身を起こして、隣を見れば先輩はもういなかった。
まぁ、そんな物かと荷物が一気に無くなった家を見て思った。

ふとそんなことを思い出しながら、私は次の仕事先へと足を向けていた。
遠くでトンビが鳴いて、やたらと長閑な日で、今から人を殺し行くと言うことさえも忘れさせてくれるような日和だ。
空を見上げれば、ゆったりと雲が流れていく。
私の姿は今でも、雷蔵の物だった。
忍者を止めて、実家の旅籠を継ぐと彼は言ったが姿はまだ貸したままにしてくれると卒業の時に言われた。
だから、普段は彼の格好。
仕事の時は万が一を考えて、別人の顔をするという風にしている。
長く使わせて貰った彼の顔はやたらと馴染むのだ。
それに人好きのする顔だから、色々と情報を引き出しやすいのもある。
便利という言葉は彼に対して失礼かも知れないが、一番しっくりくる言葉だと思う。
トンビが鳴く声を掻き消すようにして大勢の子供が遊ぶ声がしていた。
あぁ、村が近いのかとぼんやり思う。
子供の話を聞くのは情報収集の基本だとその声のする方へと足を向けた。
あはは、と楽しげな声はどうやら何処かの庵の庭であるらしい。
人の気配はどんどん増えていって、5,6人の子供が遊んでいるのだと解った。
何時の時代も子供は無邪気なものだなぁと思う。
忍術学園も下級生がこんな風に遊んでいたっけと、近づく垣根の向こうの子供達を見ながら思った。
それに混じって自分も遊んだこともあるし、あの人のそうしていたことがある。
心根の優しいあの人は、まるで自分達の失われた物を埋めようとするように一年生や二年生と遊んでいた。
卒業して、二人で暮らし始めてからもやっぱりそうだった。
子供と遊んでいると浄化されるとでも思っていたのだろうか。
そんな風に思ってしまうほど、あの人は何時も無邪気さの中に居たのだ。
「せんせー…」
「さく、せんせー、怪我が…」
先生、と聞こえてくることからその庵は多分医者の物なのだろう。
まさか、と私は一瞬歩みを緩くしてしまった。
そうだ、あの人も確か、私と一緒に居た時は町医者もやっていた。
そして、子供とよく遊んで、下の名前で呼ばせていて。
あぁもしかして、と私の頭の中に可能性が芽生えてしまった。
もしかしてと、何度も繰り返しながら、離れればいいのにその足は確かに速度を増していた。
「伊作先生ぇ、次は鬼ごっこしよう」
「先生が鬼だよー」
「解った解った、そんなに慌てると転んでしまうよ」
5年前に最後に聞いたのにしっかり覚えている、あの低く優しい声音、あの柔らかい茶色の髪、それから笑顔も。
垣根の向こうに、相変わらず先輩は困ったような笑みを浮かべていた。
「…先輩」
思わず、声を零した。
あぁ、まさかと私は彼を見つめてしまった。
こんな風に会うなんて思ってなかったのだ。
確かに先輩の事を思い出したのは今日が久しぶりで、朝から何故か頭の中に居たけれど。
顔を上げないで欲しい、確かに私は今見ているけれど、顔を上げないで、私を見ないでと本気で思った。
今から私は貴方が慈しんだ命を摘みに行くのだ。
揺らいでしまう、もし貴方が私に気づいたから、私は揺らいでしまう。
「じゃあ、10数えるよ」
そう言われて、子供達がかけだした。
それを追うように先輩の顔が上がる、上がってしまう!
思った瞬間、私の足はその場を逃げるように走り出していた。
「鉢屋!」
と、後ろで声がしたのは空耳ではないだろう。
私の耳には先輩の声が微かにだが、それでもはっきりと届いたのだ。
でも、私は振り返れなかった。
ダメだ、まだ、ダメなのだ。
私の中に眠っていた、一度冷めたはずの熱がまたくすぶり始めてしまう。
焼けぼっくりとはこの事かも知れない。
もう、追いつけないと思うところまで来て漸く私は後ろを振り返った。
遠くに揺れる人影は私が足を止めたことに気が付いて、同じように動きを止めた。
「…また、後で」
そう私は呟いて、挨拶というように被っていた笠を軽く上下させた。
そう、この仕事が終わったら。
終わったらちゃんと会いに行こう、とそう決めて。
私はまた目的地の方へと足を向けた。

end

伊鉢です、むしろ伊←鉢?
マジマイナーや…とか思いつつ実はこっそり好きなんです。
腹黒×腹黒でも良いのですが、真っ白伊作に翻弄される腹黒鉢屋とかに激しく萌えてしまったので。
この後きっとよりを戻すとかいう話をするのではないでしょうか。
それにしても伊作が殆どいないにも等しいというか、空気状態な気がして…その、すいません;;