僕らと先生
大川幼稚園の年長組にはおませさんが二人ほどいます。
三郎君たちでも大変なのに、年長さんにいる二人は更に輪をかけて大変なのです。
年中組の食満先生はその様子を見ながら、潮江先生に同情していました。
可哀そうに…とその言葉しか出てこないほどに。
「もんじろー、私が大きくなって、ちちうえのあとをついだら、ほうかいせいをして、よめにもらってやろう」
「あーはいはい、精々頑張ってくれ」
潮江先生が花壇の手入れをしながら年長組の仙蔵君に返事をしていました(仙蔵君のお父さんは政治家です)。
幼稚園の経理も先生がやっているせいか、それとも他にもやることが多いせいか潮江先生の眼の下には何時も隈があるのです。
仙蔵君はそんな何時も一生懸命に自分たちのことを考えくれている先生が大好きでした。
ぶちぶちと草むしりをしている潮江先生は遠い眼をしているようにも見えます。
その背中でもじもじと手を組み合わせたりしている仙蔵君を余所に先生の視線は、年中組の食満先生に向かっています。
実は仙蔵君に思いを寄せられつつも、潮江先生には好きな人がいました。
それは先生の視線の先にいる食満先生です。
食満先生と潮江先生は出身の大学から一緒で、本人たちは「腐れ縁」と言っていました。
しかし、潮江先生はその頃から食満先生のことが好きだったのです。
とはいえ、恋愛経験は幼稚園児よりも少ない潮江先生は未だに「好きだ!」ということができませんでした。
おまけに食満先生の最近の口癖が「あー、彼女欲しー」だったので取りつく島もありません。
しかもそれを聞くたびに「色恋に現をぬかすなど!」と言って、喧嘩をはじめてしまうのです。
もともと、つい憎まれ口を叩いてしまうことは多々あったのですが、恋愛に関しては特に思ったことをそのまま出してしまい、何度も落ち込んでいるのでした。
窓の向こうでは、どうやら栄養士の善法寺先生と二人で明日の給食の献立について話しているらしい笑い声が聞こえます。
それがやけに耳についてしまって、はぁと思わず肩を落としながらため息をついてしまいました。
「どうしたのだ?もんじろー。私といっしょにいるのに、たのしくないのか?」
気がつけば背中によじ登り、肩口から顔をのぞかせている仙蔵君にそう問われてしまいました。
尋ねられてもそうだよとは言えずに、潮江先生は「いや、別に…」と返そうとしました。
「こんかいはとくべつだ。なぐさめてやろう」
そう言われて、仙蔵君が身を乗り出せばちゅと音をたてて潮江先生の頬に彼の唇が触れました。
ほっぺにちゅーをされたのです。
びしり、という音を立てて潮江先生は固まってしまいました。
何だって、何だって、うちの子はこんなにませているんだと、そんなことを良く思っていましたが、まさかここまでとは思っていなかったのです。
「かたまるほどうれしかったのだな。こんどまた、かなしくなったら言うがいい。私がなぐさめてやろう」
そう言って、仙蔵君は得意げにしていました。
が、潮江先生はそのまま目頭を押さえるほどに落ち込んでいました。
年長組のもう一人のおませさん―小平太君は今、年少組の中在家先生のところにいました。
中在家先生は他の先生とは違って、図書室の本の整理をしていました。
実は今はお昼寝の時間なのです。
しかし、小平太君と仙蔵君だけがどうしても寝ないのでした。
寝ないけれど他の子を起こすわけではないので放っておいているのです。
本の整理をしている中在家先生の隣で小平太君は寝そべってその横顔を見ていました。
小平太君が中在家先生のことを好きになったのは年少さんの頃です。
本人曰く「一目ぼれだった」そうです。
その日以来、小平太君は仙蔵君と同じで毎日のように中在家先生にプロポーズをしていました。
それを中在家先生の方は「子供の言うことだし」で片づけているのです。
とはいえ、小平太君にとっては本気の言葉ですので、そうあしらわれるのは腹の立つことでした。
最近ではとうとう泣きわめいてしまったのです。
それを見て、流石の中在家先生も小平太君が本気で自分のことを思ってくれているのだと理解したのです。
そこで先生が言った言葉はこうでした。
「お前が大学生になったら考えてやる」
その言葉を聞いて小平太君は泣きやんだのです。
「それは本当?だいがくせいっていうのになったら、私とつきあってくれるの?」
そう問いなおせば中在家先生は「…まぁ、覚えてたら」と返事をしました。
それを聞けば小平太君はにこぉと嬉しそうな笑みを浮かべたのです。
「じゃあ、私がんばってだいがくに行く。それまでちゃんとおぼえてるからな!」
良いだろう?と続けられれば中在家先生はこくんとうなずきました。
それから何故か小平太君はお昼寝の時間には中在家先生のところにいるようになったのです。
それを窓から見ながら食満先生はため息をつきました。
相変わらず二人とも大変そうだなぁと思っているのです。
「なぁ、伊作…」
「何?留さん、そろそろお茶入るよ?」
そう言って善法寺先生は、自分と食満先生の分の湯呑を出しました。
それにお茶を入れていればうん、と食満先生はうなずきました。
「…うちの子達がませてるって言ってたけどさ」
「あぁ、言ってたね」
「でも、年長組の二人に比べたら、マシかもなぁ」
はぁとまたため息をつきます。
その視線の先には仙蔵君にべったりくっつかれている潮江先生と小平太君を負んぶしている中在家先生がいます。
「…あー…彼女欲しー」
そう遠い眼をして零した食満先生の後ろで善法寺先生もため息をつきました。
(僕もみんなみたいに言えれば早いのかもねぇ)
先生の視線の先には食満先生がいたりするのですが。
そろそろ昼寝が終わるベルが鳴るなぁと先生たちはこぞって時計を見上げるのでした。
三郎君たちでも大変なのに、年長さんにいる二人は更に輪をかけて大変なのです。
年中組の食満先生はその様子を見ながら、潮江先生に同情していました。
可哀そうに…とその言葉しか出てこないほどに。
「もんじろー、私が大きくなって、ちちうえのあとをついだら、ほうかいせいをして、よめにもらってやろう」
「あーはいはい、精々頑張ってくれ」
潮江先生が花壇の手入れをしながら年長組の仙蔵君に返事をしていました(仙蔵君のお父さんは政治家です)。
幼稚園の経理も先生がやっているせいか、それとも他にもやることが多いせいか潮江先生の眼の下には何時も隈があるのです。
仙蔵君はそんな何時も一生懸命に自分たちのことを考えくれている先生が大好きでした。
ぶちぶちと草むしりをしている潮江先生は遠い眼をしているようにも見えます。
その背中でもじもじと手を組み合わせたりしている仙蔵君を余所に先生の視線は、年中組の食満先生に向かっています。
実は仙蔵君に思いを寄せられつつも、潮江先生には好きな人がいました。
それは先生の視線の先にいる食満先生です。
食満先生と潮江先生は出身の大学から一緒で、本人たちは「腐れ縁」と言っていました。
しかし、潮江先生はその頃から食満先生のことが好きだったのです。
とはいえ、恋愛経験は幼稚園児よりも少ない潮江先生は未だに「好きだ!」ということができませんでした。
おまけに食満先生の最近の口癖が「あー、彼女欲しー」だったので取りつく島もありません。
しかもそれを聞くたびに「色恋に現をぬかすなど!」と言って、喧嘩をはじめてしまうのです。
もともと、つい憎まれ口を叩いてしまうことは多々あったのですが、恋愛に関しては特に思ったことをそのまま出してしまい、何度も落ち込んでいるのでした。
窓の向こうでは、どうやら栄養士の善法寺先生と二人で明日の給食の献立について話しているらしい笑い声が聞こえます。
それがやけに耳についてしまって、はぁと思わず肩を落としながらため息をついてしまいました。
「どうしたのだ?もんじろー。私といっしょにいるのに、たのしくないのか?」
気がつけば背中によじ登り、肩口から顔をのぞかせている仙蔵君にそう問われてしまいました。
尋ねられてもそうだよとは言えずに、潮江先生は「いや、別に…」と返そうとしました。
「こんかいはとくべつだ。なぐさめてやろう」
そう言われて、仙蔵君が身を乗り出せばちゅと音をたてて潮江先生の頬に彼の唇が触れました。
ほっぺにちゅーをされたのです。
びしり、という音を立てて潮江先生は固まってしまいました。
何だって、何だって、うちの子はこんなにませているんだと、そんなことを良く思っていましたが、まさかここまでとは思っていなかったのです。
「かたまるほどうれしかったのだな。こんどまた、かなしくなったら言うがいい。私がなぐさめてやろう」
そう言って、仙蔵君は得意げにしていました。
が、潮江先生はそのまま目頭を押さえるほどに落ち込んでいました。
年長組のもう一人のおませさん―小平太君は今、年少組の中在家先生のところにいました。
中在家先生は他の先生とは違って、図書室の本の整理をしていました。
実は今はお昼寝の時間なのです。
しかし、小平太君と仙蔵君だけがどうしても寝ないのでした。
寝ないけれど他の子を起こすわけではないので放っておいているのです。
本の整理をしている中在家先生の隣で小平太君は寝そべってその横顔を見ていました。
小平太君が中在家先生のことを好きになったのは年少さんの頃です。
本人曰く「一目ぼれだった」そうです。
その日以来、小平太君は仙蔵君と同じで毎日のように中在家先生にプロポーズをしていました。
それを中在家先生の方は「子供の言うことだし」で片づけているのです。
とはいえ、小平太君にとっては本気の言葉ですので、そうあしらわれるのは腹の立つことでした。
最近ではとうとう泣きわめいてしまったのです。
それを見て、流石の中在家先生も小平太君が本気で自分のことを思ってくれているのだと理解したのです。
そこで先生が言った言葉はこうでした。
「お前が大学生になったら考えてやる」
その言葉を聞いて小平太君は泣きやんだのです。
「それは本当?だいがくせいっていうのになったら、私とつきあってくれるの?」
そう問いなおせば中在家先生は「…まぁ、覚えてたら」と返事をしました。
それを聞けば小平太君はにこぉと嬉しそうな笑みを浮かべたのです。
「じゃあ、私がんばってだいがくに行く。それまでちゃんとおぼえてるからな!」
良いだろう?と続けられれば中在家先生はこくんとうなずきました。
それから何故か小平太君はお昼寝の時間には中在家先生のところにいるようになったのです。
それを窓から見ながら食満先生はため息をつきました。
相変わらず二人とも大変そうだなぁと思っているのです。
「なぁ、伊作…」
「何?留さん、そろそろお茶入るよ?」
そう言って善法寺先生は、自分と食満先生の分の湯呑を出しました。
それにお茶を入れていればうん、と食満先生はうなずきました。
「…うちの子達がませてるって言ってたけどさ」
「あぁ、言ってたね」
「でも、年長組の二人に比べたら、マシかもなぁ」
はぁとまたため息をつきます。
その視線の先には仙蔵君にべったりくっつかれている潮江先生と小平太君を負んぶしている中在家先生がいます。
「…あー…彼女欲しー」
そう遠い眼をして零した食満先生の後ろで善法寺先生もため息をつきました。
(僕もみんなみたいに言えれば早いのかもねぇ)
先生の視線の先には食満先生がいたりするのですが。
そろそろ昼寝が終わるベルが鳴るなぁと先生たちはこぞって時計を見上げるのでした。