家庭の事情

私立大川学園幼稚園にはいろいろな家庭の子が通っています。
近所の商店街の子から、政治家の子までさまざまです。
朝8時から夕方の6時まで、幼稚園には楽しそうな子供たちの声があふれています。
幼稚園バスは青色で、それに乗ってくる子もいれば、お母さんやお父さんが送ってきてくれる子もいます。
「らいぞー、おはよー」
「あ、おはよー、へぇすけー」
バスから出てきた雷蔵君に最初に声をかけてくれたのは、商店街でお豆腐屋さんをやっている兵助君です。
黒い髪を短く切って、幼稚園バックにはいつもはんなり豆腐のキーホルダーをつけています。
「今日は、さぶろーといっしょじゃないの?」
「さぶろーはおばさんと車で来るんだって。朝、お母さんのところに電話があって、そう言ってたよ」
二人が話している三郎君は雷蔵君のいとこでした。
雷蔵君のお母さんの双子のお姉さんの子供で、お父さんは伝統芸能の人間国宝です。
今日は朝、三郎君が寝坊をしてしまったので、バスに間に合わなかったのです。
「あ、ハチもきたー」
「へぇすけー、らいぞー、おっはよー」
こちらに走ってくる灰色の頭の子は八左ヱ門君です。
この子も、二人のお友達でした。
八左ヱ門君の家は商店街でペットショップをしていて、兵助君のおとなりさんです。
「さぶろーは?」
と、聞かれれば雷蔵君はさっきと同じ返事をしました。
「そっかぁ。じゃあ、今朝はどんなかっこうしてるのかまだ分からないんだな」
「そうなの。昨日、おばさんがすっごく楽しそうにお洋服えらんでたから、たぶん今日、さぶろーがスカートなのはわかるんだけど」
((スカートなんだ))
と兵助君と八左ヱ門君は思いました。
三人のお友達である三郎君のお母さんは変な人でした。
「本当は女の子が欲しかったんだけど。三郎はかわいいから、女の子のかっこうさせてもいいわよね」
と言って、よく三郎君にスカートをはかせていました。
三郎君はあまり好きではなかったのですが、お母さんがにっこりと笑って勧めてくるので断れないのです。
子供なのに苦労をしているのです。
まだ来ないのかなぁと三人が道路の方を見ていると、黒い高そうな車が幼稚園の前に止まりました。
「あ、さぶろーだ」
と、雷蔵君が嬉しそうに声をあげました。
おお、と残りの二人も今日はどんな格好なのかと助手席の方を見つめます。
ふわふわの茶色の髪を短く切った、綺麗な女の人が出てきた助手席の扉を開けました。
「ほら、三郎。出てきなさい。幼稚園に行かないとダメでしょう?」
「やだ!こんな格好、はずかしいっていったのに!」
やだやだやだぁああ、と声が聞こえて三人は顔を見合わせてしまいました。
スカートをはいている時の三郎君の機嫌は決していいとは言えませんが、今日はことさららしいのです。
お母さんは呆れたようにため息をついていました。
「我儘言ったらダメでしょう?それにそのお洋服とっても良く似合ってるわよ、お母さんが選んだんだから」
「やだ!わたし、男の子なのに!スカートなんてかっこわるい!」
「大丈夫よ!可愛いんだから!」
と、噛み合わない会話を聞きながら三人はひょっこりと三郎君のお母さんの隣に顔を出しました。
「「「おばさん、おはようございます」」」
そう言って頭を下げるとお母さんは「あら、雷蔵君、兵助君、八左ヱ門君。おはよう。でも、私はおばさんじゃなくてお姉さんよ?」と笑っています。
三人の声を聞けば、三郎君はびくっとしてさらに顔を隠そうと、椅子の下の方にうずくまってしまいました。
「もう!駄々をこねないの」
「うぅ……」
今にも泣きそうなその声に、雷蔵君がひょいと運転席の方から顔を出しました。
「さぶろー、おはよう」
そう声をかけると三郎君の顔が上がります。
「らいぞー…わたし、」
今にも泣きそうな顔で自分を見てくる三郎君のかっこうを雷蔵君はじぃっと見つめました。
あぁ、やっぱりこのお洋服なんだと頷いてしまいました。
昨日ピンクオレンジのブラウスに、赤のタータンチェックのスカートを合わせたいと言っていたのです。
そのブラウスに黒のリボンタイまで結んで、髪は何時もどおりのポニーテールでした。
三郎君と雷蔵君の顔は双子みたいにそっくりでしたが、三郎君は髪の毛を伸ばしていました。
その格好を見て、笑われてしまうかもと思いつつ、三郎君は首をかしげました。
でも、雷蔵君はにっこり笑ってくれたのです。
「だいじょうぶだよ、さぶろーすっごくかわいいよ。だから、いっしょにようちえんに行こう?ハチもへぇすけもまってるよ」
そう言うと三郎君は本当?と言いながら首をかしげました。
「本当だよ。ぼくのこと、信じてくれないの?」
そう言って、雷蔵君も三郎君と同じ方向に首をかしげました。
それを見ると三郎君はふるふると首を横に振りました。
「信じる!らいぞーのこと信じるよ」
そう言って、さっと立ち上がれば車から降りました。
それを見ていたのか、雷蔵君も三郎君の方にやってきて、ぎゅっと二人で抱き合いました。
「あ、らいぞー、ずるいぞ。おれもさぶろーとぎゅってするー」
「あ、あ!わたしも!」
そう言って、そこに八左ヱ門君と兵助君も混ざりました。
これはもう毎朝の光景でした。
「もう、今日も三郎はモテモテねぇ」
そう言ってお母さんは満足そうに笑って車に乗り込みました。
それを四人でぎゅぅと抱き合いながら見送ります。
後ろで担任の食満先生の「ほら、そろそろ中に入れー」という声が聞こえていました。