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出会い その2

「三郎、最近ため息増えた?」
そう指摘されて三郎は向かいに座っていた雷蔵へを視線を向けた。
そろそろ初めての中間テストで、同じ高校に進んだ従兄弟の雷蔵と彼女の部屋で勉強していたのだ。
互いに苦手な教科が得意教科と言う事で、教え合っている。
これは中学時代からやっていた事だった。
その勉強の最中に雷蔵はふと気がついた事がある。
今日はやたらと三郎のため息が多いのだ。
元々、息を吐く事が多かった彼女だが、最近は特にひどい。
何かあっても簡単に人に言わないのだから、此方から切りださなければ決して口にしない性格というのは、兄妹の様に育ってきた彼だからこそ解る事だった。
指摘された時の三郎の表情はぽかんという擬音が良く合う顔で、自分でも自覚がなかったようだ。
「…無自覚?」
そう続けると三郎は「…た、ぶん」と小さく返してきた。
完全に勉強する気など無くなってしまえば、雷蔵は持っていたシャーペンを置いた。
今は、少し彼女と話をしたい。
学校が同じになったとはいえ、クラスが違えば様子など解らない。
特に高校に入って、三郎が学級委員になり自分も図書委員会に所属したら、余計に時間もなくなってしまったのだ。
三郎にも自分にも新しい友達が出来て、最近はそれで仲良くやっている。
こうして一緒にいる時間は貴重だし、色々聞きたいとも思っていたのだ。
「…なら、尚更。最近気になる事でもあるんじゃないの?」
「気になる事…ないわけじゃ、ないんだけど…」
なんていうか、と三郎の視線が下へと下がって、それが時折自分の方へと上がる。
「なんていうか、事っていうか、人がいるんだ…」
「気になる人?」
思わず聞き返した雷蔵の心にもやもやしたものが広がった。
三郎に気になる人―それは男か女のか、恋愛としての物なのかそれとも友情としての物なのか。
雷蔵の初恋は三郎だった。
気が付いたら好きになって、気が付いたらそれは妹を持つ兄の愛情へと変わっていたのだが。
それでもそんな彼女に自分以外に特別な人が出来ると言うのは複雑だった。
三郎はどう言っていいのか解らないのか、くるくると手元でシャーペンをまわし始めていた。
「…なんていうか、生物の、推薦クラスとの選択授業でで良く隣の席に座るんだけど。いっぱい話しかけてきてくれてさ。授業聞いてる時によく目が合うし…。不思議なんだけど、それが嫌じゃないって言うか…」
「三郎は、その人の事、好きなの?」
自分でもよく聞いたと思う。
雷蔵は三郎の眼をじっと見つめて、そうはっきりと尋ねたのだ。
「好き?」
むしろ、驚いたのは三郎の方だった。
好き?自分が?彼を?と頭にハテナマークでも飛ばしそうなくらい、瞬きをしてしまったと思う。
「気になるんでしょ?その人の事…」
「…気になる、かな。なんか生物の授業楽しみだもん」
「三郎にも、春が来ちゃったなぁ」
はぁ、と笑い混じりのため息をつけば、「え?!え、何それ雷蔵!何言ってんの?!」と、初めて三郎が顔を上げて、大きな声を上げて慌てている。
今さらそんな反応をするのかと、自分の感情にはとことん鈍い従姉妹に笑いがこぼれそうになった。
「私が、好きって。竹谷の事…それは確かに、好きだけど、それは友達としてって事で、だな。そんな恋愛とかの意味じゃなくて…」
「ねぇ、三郎、僕は一言も恋愛の意味で好き?って言ってないよ?」
そう言われて、三郎はぐっと押し黙ってしまった。
それを見て、雷蔵は今度こそくすくすと笑いをこぼした。
「でもその人って、竹谷っていうんだ。俺の友達にも同じ名前のやついるよ」
まさか同じやつじゃないよなぁ、と中学からの友人を思い浮かべる。
三郎はふぅん、と小さくつぶやいている。
「でも珍しい名前だった気がする、下の名前。…確か八左ヱ門って…」
「竹谷、八左ヱ門?」
フルネームを口にした時に、雷蔵は自分の心の中が止まるような気がした。
まさか、と思いつつ雷蔵は名前を何度か反芻してしまう。
まさか、そんな偶然あるわけがないよと言い聞かせる。
「あ、うん、そいつ。何?ホントに雷蔵の友達だったの?」
そう聞き返されて、雷蔵は何と返事をしていいのか、少しだけ遠い目をしながら肯いたのだった。

「竹谷、最近ため息増えたね」
そう尾浜に指摘されて竹谷はへ?と間抜けな声で返事をした。
楽しみの生物の授業は今日はない。
元々週に2,3度の授業なので、毎日というわけではなかったが、それでも彼の中では確実に楽しみになっていたのだ。
理由は一つ―三郎に会えるからだ。
最初の授業以来、三郎と竹谷は特に示し合わせたわけではなく、隣の席に座るようになっていた。
その状況に遠慮でもしているのか、尾浜は何時も竹谷の前か後ろの席に座るようになっていた。
そのポジション―特に最近の固定位置は後ろなのだが、そこから見ている限りでは二人は良い雰囲気だ。
とはいえ、付き合っているのかと聞いたが「え?誰と誰が?」という間抜けな返答しか、竹谷の口からは返ってこなかった。
その状況に、尾浜は少しばかりだが焦れている。
さっさと告白して、さっさと付き合ってしまえばいいのにと本気で思っていた。
とはいえ、最近はやたらとぼーっとしてため息ばかり吐いている。
「…多い?」
「うん、多い」
それはもう、と尾浜は肯いた。
「お前さ、やっぱり鉢屋の事好きなんじゃない?」
「う、うーん…まぁ、好き、なんだけど…さ、それはもう否定しないんだけど…なんつーか…」
なんつーか…、と竹谷はぐぐぅとうつむいてしまう。
今にも机に額がつきそうなくらいに顔を伏せてしまえば、尾浜の方がため息をつきたくなった。
何だ、この乙女な生き物は。
はは、と苦笑をこぼしつつ、尾浜はこの先を聞いてやる事にした。
話を切っても良かったが、正直そろそろ此方も限界だった。
鬱陶しい、というのも酷い話なのだが、友人の様子がおかしいのは何となく落ち着かなかったのだ。
「…三郎の事考えてると、なんか、不安になんだよな。彼氏とかいるのかとか、俺の事ウザくないかなとか…本当は別に好きな人がいて、もしだぞ。もし、俺が告白とかして、ともだちじゃなくなったりしたらどうしようとか、ずーっと考えちゃうんだよ…」
うぅ、と今にも泣きだしそうな友人を見て、尾浜は何をどう見ればそんな事になるんだと、思ってしまう。
人の事はよくわかるけど、自分の事はよくわからないと言うのは本当らしい。
本当は、三郎もきっとお前の事が好きだよと言ってやりたかったが、本人に確認したわけではないから無責任な事は言えなかった。
「んでもさ、お前それでいいの?そうやってぐるぐるしてさ。竹谷、前に言ってたじゃん。ウジウジするの好きじゃねぇって…。そうやって悩んでるよりもさ、鉢屋に直接言った方がすっきりすると思うけどさ」
「…そう、かな?」
「そうだよ。それにさ、もしかしてって事もあるだろ?」
「両…想い?とか?」
そう確認するように尋ねてきた声に、微かに覇気が宿った事を尾浜は聞き逃さなかった。
そうだよ、と肯定するとばっと竹谷は顔を上げる。
その顔は、さっきまでの泣きそうなものとは違って、きらきらと今にも輝きそうだった。
「俺!…俺、今度三郎に言ってみる!…かも」
「なぁんだよ、かもって」
「いや、ほら、…宣言しておいて駄目だったら、やっぱり格好悪いじゃん?」
と言って、笑う竹谷の頭にぽんと尾浜は手を置いた。
「それはそうかも」
「だろぉ?」
と、言いながら二人はあははと窓際の席で笑った。

後書き