(どうしたものか…)
と、竹谷は理系クラスの教室のある校舎を見ながら思った。
窓際の席、そこには確か兵助の席があるはずで、その隣が三郎だったはずだ。
視線でそこを探せば、何気なくこちらを見ている兵助と目があった。
彼は一瞬ため息をつくような仕草をして、直ぐに教科書へと顔を戻した。
その仕草を見て、自分がため息をつけばグラウンドの端の方でクラスの女子がきゃぁきゃぁと声を上げるのが聞こえた。
いや、断じて違う。
俺は兵助に目をそらされて凹んだんじゃない、と言いたくても無理だった。
ここで向きになればもっと噂は広がると、雷蔵に釘を刺されていたのだ。
噂を広めるな、鎮まるまで大人しくしてろと笑顔で言われてしまえば竹谷も肯くしかなかった。
雷蔵の笑顔は、正直言って怖いのだ。
自分が顔を見たいのは、兵助の隣の席に座っている三郎なのにと竹谷は小さくため息をついた。
あの噂が立って、それが三郎の耳に入ってから1週間。
学級委員なんて面倒な仕事が多いとは解っていたが、それを理由に避けられ続け、やはり1週間たっていた。
あくまで噂で、決して自分が浮気など…ましてや相手が同性の兵助などと信じるわけはないと思っていても、まさかと思わずには居られない。
一人でとぼとぼと竹谷は駅までの道を歩いていた。
生物部の活動も殆ど済ませてしまい、帰らないと言うのが出来なくなってしまった。
どうしても家に帰りたくないと、今までサボっていた部活の活動記録も全部つけてしまったのだ。
どうしようかな、と駅までの間にある商店街へと視線を送る。
三郎と時々寄った喫茶店やら、書店やらが視界に入ればどうにもため息が零れるのだった。
はぁ、と深いため息をこぼしたところで、竹谷ははっと我に帰る。
(って、なんかまるで俺と三郎が別れたみたいじゃないか!)
ない、それはない。
確かに避けられてはいるが、別に別れたわけではないと思い切り首を横に振った。
いやいや、少なくともいや絶対俺達は別れてない、と竹谷は自分に良い聞かせて駅への道を進んでいく。
そう言えば、と竹谷は途中にある雑貨屋を見やる。
この前、一緒にここに寄った時に三郎があの店をじっと見ていたと思い出した。
大抵、何か欲しいだとか寄りたいだとか言いだすのは竹谷で三郎は余ほどではないと言いださない。
別段、自分に合わせているわけではなく、単に必要でないなら見る必要もないという彼女の考えが出ている行動なのだが。
じっと見ていたから、何か欲しいものでもあるのかとそこに連れて行った。
確か、そのあとは…と、竹谷は彼女がしきりに見ていた棚を探す。
やたらとファンシーな小物ばかりで構成された雑貨屋に男一人、と言うのはやけに居心地が悪かった。
周りは女の子かカップルばかりで、男一人と言うのは自分だけだ。
しかも三郎が見ていたのは、アクセサリーの棚だった。
きらきらと輝くその棚をじっと見て、確かとそこにあった小さな薄いピンクの石が埋め込まれたネックレスを手に取った。
(確か、これ…だったよな…)
あの時三郎が見てたのは…と竹谷はその手の中のネックレスを見つめた。
ライトの下でキラキラと輝くそれは決して本物ではない、だが、確かに可愛らしいものだった。
「って、4000円?!」
そんなにするのか!と続けようとして、周りの視線を思い出して、竹谷は口を噤んだ。
4000円か、と竹谷は自分の財布の中を見た。
茶色の革の財布の中には、樋口一葉が神妙な顔をのぞかせている。
「か…買える…」
買えてしまう…、そうだ、昨日は小遣い日で毎月5000円しかもらっていない彼の懐が潤う日だった。
バイトの一つでもやればいいのに、と金がないと言うたびに三郎に言われて現在はそれを探していたのだが。
普段は財布が重くなると喜ぶはずが、すっかり忘れていたのだ。
これを買ってしまうと、自分の残金は野口英世が一枚と言う何とも侘しいものになってしまう。
(でも、いや、…だけど…!!)
と、竹谷はそのネックレスをじっと見つめた。
明確に喧嘩をしたわけではないが、やはり元通りに仲良くお付き合いを続けるためには何か謝るが切っ掛けが欲しかった。
はっきり言って今回ばかりは、自分に非がないとは否定できない。
兵助に泣きついてばかりいて、そのせいで変な噂が立ち、三郎を悲しませている。
その事実は決して変わらなかった。
本当ならば、噂の大本を探し出して、土下座の一つもしてほしいくらいだったが、ここまで大げさになった今では発端など探しても意味がない。
別にこれと言ってプレゼントをする理由もないけれど、口実くらいにはなるだろうかと、竹谷はじっとそれを見ながら悩んでいる。
時折、自分のそばに同じ学校の女子生徒が来ては、不思議そうな視線を向けてくるのだが、今はそれどころではなかった。
「一葉先生…さようなら」
そう呟くと竹谷はネックレスを手に店のレジへと足を向けたのだった。
「買ってしまった」
竹谷は可愛らしくラッピングされたネックレスの入った袋を手にしてそう呟いた。
ラッピングの分までお金をとられてしまったせいか、彼の財布の中には野口英世さえもいなくなってしまったのだった。
あと、1か月、残金の800円で過ごさなければならない。
「暫くは…ジュースの一つもお預けか…」
それとも誰かに借金か、と竹谷は少しだけ遠い目をした。
薄い黄緑色の袋にちょこんと乗っている碧いリボンの花、それだけで200円なんて詐欺だと竹谷はちょっと叫びたかった。
「でも、問題はこれをどうやって渡すか、だよなぁ」
そう言って椅子の背もたれに全体重を預ければ、ぎぃと軋む音が響く。
ぼんやりと天井を見上げて、それから竹谷はよし、と小さくつぶやいた。
何が何でも明日は三郎を捕まえてやる!と彼はぐっと拳を握りしめた。
とにかく逃げられないように、明日は朝一でアイツのクラスに行ってやるんだと彼は何時もよりも二つほど多く目覚ましをセットする事にしたのだった。
後書き
ってことで竹谷視点です。何とか仲直りしようとする竹谷だけど、三郎から避けられそうだ(何)
女の子の三郎には淡い黄色とかピンクとか似合いそうだなぁと思うのですが、本人はきっとそんなかわいい色は似合わないと思っていればいいと思います。だから、あのネックレスが買えなかったと…。
にしても兵助と竹谷の噂は何時頃鎮まるんだろう…(え)