Her cousin

彼女の従兄弟

「雷蔵、私…どうしたらいいんだろう…」
そう涙目になって言われて雷蔵はぽかんとした。
久しぶりに二人で一緒に帰りたいとメールを貰ったので、何かあったとは思っていたが、家に寄って行けと言われて強引に引っ張りこまれた三郎の部屋で、最初に言われたのはそんな言葉だった。
そう言えば、最近学年では妙な噂が飛び交っている。
自分の友人二人―竹谷と兵助が出来ているというものだった。
最初、それを聞いた時雷蔵は飲んでいたパックのコーヒー牛乳を吹き出しそうになった。
雷蔵は竹谷と三郎の関係を知る数少ない一人だし、兵助もそうだった。
事実を知っていたとは言え、そんな噂が立つなどと驚いたのだった。
元々、雷蔵は三郎に対して過保護なところがあった。
同い年の従姉妹というのもあるのだが、家も近く、校区は違えど幼少期からずっと一緒にいたのだからまるで妹のような存在なのだ。
間、初恋やら何やらがあったが今でも一番大事な存在なのである。
それを差し置いてなんという噂を立てられたのかと、雷蔵はすぐに竹谷にメールした。
本当は直接問いただしたかったのだが、この時の気分では怒鳴ってしまう可能性があったため、平和を好む彼としては穏便な方法を取ることにしたのだ。
メールによって問い詰めれば、竹谷は「何だそれ?!」とかなり驚いた反応を返してきたのだから、根も葉もないものであるとすぐに分かった。
兵助の方は、どうだろうかと思考を巡らせたがあの思慮深い友人がその気があるとは思えない。
しかも、昔二人きりになった時、「私、三郎のこと少しだけだけど、好きだったんだよな」とこぼしたこともある。
その彼がというのはまずあり得ないなと雷蔵はそちらに連絡を取るのはやめたのだった。
そんな事があった後とは言え、三郎のこの反応は予想外だった。
泣きそうな顔で、ぎゅうと雷蔵の胸元をつかんでくるそれは確かに「恋する女の子」だったのだ。
「私…あの噂が嘘ってすぐに分かったけど。でも、兵助の顔はまともに見れないし、ハチとも普通にできるのかも自信がなくて…。雷蔵、私、私…」
そう言って、三郎は雷蔵の胸に額を押し当てて、ぽろぽろと涙をこぼしている。
昔はちょっとした事では泣かないくらい気丈だったのにと雷蔵は切なくなってしまった。
今の彼女は間違いなく、竹谷との恋に悩む少女なのだ。
それが改めて目の前にさらけ出されたのだ。
こんな彼女を見れるのは確かに自分の特権かもしれないが、初恋の相手というのが何とも複雑だった。
とはいえ、泣いている彼女を放り出すわけにもいかない。
雷蔵は「ほら、三郎落ち着いて」と優しく声をかけながらそっと、彼女の背中をなでた。
元々、細い方だが無駄な肉などほとんど付いていない彼女の体はとにかく薄く感じてしまう。
そんなことを言えば、きっと彼女はショックを受けてしまうのだろうけれど。
何度もそんな言葉を繰り返して、背中をなでていれば「はぁー」という大きく息を吐く声が聞こえて、三郎がそっと顔を上げた。
泣いてしまった眼は少しだけ赤みを帯びて、目は潤んでいるだけだ。
座ろうよと声をかければ、三郎は自分のベッドへと雷蔵を進める。
二人してベッドに並んで座るのは何時ものことだった。
「…あの噂、雷蔵は知ってる?」
「あぁ、二人が出来てるってやつ?」
いきなりあの噂と言われてすぐに思いつく自分も自分だが、内容を話さないまま泣き出したということは、三郎もずっと気にしていたのだろう。
「…私、最近兵助とまともに話してないんだ。ハチとも、何かぎこちない気がする。…ハチは…気づいてないのかもしれないけど。兵助は…多分、なんか変だって気づいているはずだし」
アイツ聡いし、と小さく続ける。
ぽつりぽつりと小さな声でこぼされる言葉を聞けば雷蔵は少しだけ遠くを見るような眼をしてしまった。
今回の件で一番の貧乏くじを引いているのは間違いなく兵助だと雷蔵は思った。
本人の与り知らぬところで噂が立ち、それが三郎の耳に入っただけでなくぎこちなくなってしまっているのだから。
とはいえ、完全に落ち込んでしまっている三郎にはなんといえばいいのか、それも困る。
泣きそうな彼女の顔を見れば、どうしても言葉に詰まってしまうのだ。
「私…もう、どうしていいのか解らなくて…」
そう言って、三郎はじっと雷蔵を見つめている。
そのうるんだ眼を見れば、雷蔵はため息をこぼしたくなってしまった。
従兄弟同士とはいえ、十分に男女として意識していい年齢だというのにと、信頼されていることを嬉しく思うが、現在のこの状況はあまりよろしくない気がした。
「どうしてって、二人と喧嘩したわけじゃ無いんだし。別に、今まで通りにすればいいんじゃない?」
そう告げれば三郎の視線は、すいとベッドへと落ちる。
「…それが、出来れば良いんだけど」
「自信がない?」
そう聞き返せば三郎はゆっくりとうなずいた。
この様子の三郎を見れば雷蔵も無理だろうとすぐに予想がついてしまった。
兵助に対しては本人が言っているように、すでにぎこちなくなっている。
きっと竹谷に対してそうなってしまうのが怖いのだろう。
兵助を失うかもしれない、そして竹谷を失う可能性も出てきてどうしていいのか解らないといった様子だった。
「だって、私…急に態度を変えてしまったし…。でも、私は、二人と離れるのは嫌だし。人の噂もなんていうけど…やっぱり…」
「なら、言っちゃえばいいじゃない」
「へ?」
雷蔵の言葉に三郎はぽかんとした表情を浮かべた。
何をと言いたげな顔に、雷蔵は溢れそうになる笑いを殺して、あのね、と言葉を継いだ。
「ハチと付き合ってるのは三郎だって、もういっちゃえばいいんだよ。そうすれば噂だってなくなるだろう?」
「…そう、かもしれないけど」
「恥ずかしい?」
そう聞き返せば、三郎は少しだけ顔を赤らめて「うん」とだけこぼす。
あぁ、やっぱり可愛いなぁ、とそれは年の近い妹を思うような気持ちが浮かんでくる。
男女と言うよりは、照れてばかりの妹を見ている感情なのだ。
ぽん、と彼女の頭に手を置いてやればそろりとそれに視線が向けられた。
「でも、三郎はあの噂が嫌なんでしょう?だったら、我慢するかほんとのことを言っちゃうかしかないんじゃないかな。じゃないと、今までみたいにずっと噂を聞かされ続けるし、そのたびに気にして、二人とぎくしゃくしちゃうよ?」
それでもいいの?と問い返すと、「い、いやだ!」と彼女は必至な様子で雷蔵を見つめてきた。
「それは、いやだ。私、…兵助と友達でいたい、ハチにも嫌われたくない」
嫌だ、と小さく続けられれば彼女の髪をわしゃわしゃとなでてやる。
急な動きに、三郎は「え?ちょっと、何?雷蔵っ?」と咎めるような声を出してきた。
それにふふと笑って雷蔵は手をそっと下ろした。
「うん、やっぱり三郎はかわいいなって思ったんだよ」
「なっ!何だよ、それ!」
どういう意味?!と顔を真っ赤にしならが聞いてくる三郎を見ながら雷蔵は声をあげて笑った。
あぁ、やっぱり僕の従姉妹は本当に可愛いと、竹谷に渡してしまったのを少しだけ悔やむのだった。


後書き