Doubt to them

彼らへの疑い

竹谷と兵助が仲良くなったのは一年生の初め、生物の授業で同じ班になってからだった。
理系の特別進学クラスと推薦クラスは時々実験などでは合同で授業をすることもある。
入学式前のクラス分けテストで学力別に分けられるのだ。
本来なら公立高校はここまでしないのだが、進学校の気風の強い彼らの学校では行われている。
その一番最初の授業で兵助と竹谷と三郎は同じ班になり、そのうち二人の間に恋の花が咲いたのだった。
しかし、問題は花を咲かせた片方があまりその事実を周りに知られたくない気質だったことだ。
中学時代等々の経験から、友人たる兵助はその隠したい方―三郎に隠した方がからかわれると諭していたのだが、それでも恥ずかしいと彼女は断固として譲らなかった。
だが、変わって彼氏である竹谷の方は言いふらしたい人間だったのだ。
「俺の彼女可愛いだろー?」
と、大いに自慢したい人間だったのだが、顔を赤らめながら絶対にいやという三郎には逆らえない。
既に尻に敷かれてるなぁと思いながらも、二人の交際は共通の友人である兵助と、三郎の従兄弟である雷蔵の二人だけが知ることになったのだった。

「ねぇ、鉢屋さん、知ってる?うちのクラスの久々知君と隣のクラスの竹谷君って出来てるらしいよ」
「は?」
唐突に振られた話題に三郎の眼は点になった。
楽しそうに話しかけてくるのは、隣の席で比較的良好な友好関係を築いている友人である。
彼女はにこにこと無邪気な笑みを浮かべながら三郎にそう告げたのだ。
「だ、誰と誰が、出来てるって?」
そう聞き返せばだからぁと彼女は前の方に座って、ノートをクラスメイトに貸し与えている兵助へと視線を向けた。
「久々知君と竹谷君。なんか、昨日の夕方頃、昇降口から出てきた久々知君に竹谷君が抱きついてたんだって」
「あ、私も知ってるー。なんか、二人で良く放課後とか昼休みとか一緒にいるよね」
「そうそう。良く泣きそうな竹谷君を久々知君が慰めてたりするらしいの」
「何かさ、すっごい怪しいよねぇ」
「合同授業の時もさ、ずーっと一緒にいるもんね」
凄いよねぇ、と楽しそうに話される内容に三郎の頭の中は真っ白になってしまった。
誰と?誰が?とまた聞き返しそうになる。
ここまで自分の名前が出てこないのなら隠しきれているのは間違いない。
(別の誤解が生まれてる…)
三郎は項垂れそうになってしまった。
とはいえ、一度噂話を始めた女の子の口封じられることはない。
きゃぁきゃぁと言いながら、兵助の方を見ながら声をあげているのを聞きながら三郎は気付かれないようにため息をついた。
『本当は、竹谷の本当の恋人は私なのに』
隠すと言ったのは自分だけれど、どうしてこの一言が言えないのだろうと三郎は少しだけさびしくなった。
それにしても、と三郎は目の前の女の子達を見つめた。
「あ、でも久々知君ってすっごい綺麗な顔してるしさ」
「解るー。そこらの女の子よりも可愛いもんね。竹谷君が走っちゃうのもちょっとわかるかも」
ね、と女の子たちはみんなで兵助の方を見ている。
それに釣られるように三郎も視線を向けた。
確かに少し癖があるけど綺麗な黒髪に、切れ長の目に長いまつげに…。
普段友達として話している分には気がつかないが、彼はやけに奇麗な顔をしているのだ。
「…確かに、綺麗だよね」
そう零すと鉢屋さんもそう思うよねぇ、と周りから声が上がった。
それを聞きながら三郎は少しだけ複雑な気分で兵助を見つめてしまっていた。

人の噂も七十五日と言うが、根も葉もない噂の広まり方は尋常ではなかった。
そう、この話が本人達の耳に届くのにそう時間は掛からなかった。
現在、兵助と竹谷は沈痛な面持ちで隣町のコーヒーショップに向かい合わせに座っていた。
泣きそうな竹谷と、どうしようという様子の兵助は無言のままである。
「…最近、三郎が余所余所しかったのはそのせいか」
ぽつりと呟いたのは兵助の方だった。
どうにも最近話しかけようとしてもかわされたり、目を合わせてくれなかったりとどうもおかしいと思っていたがそう言うことかと目の前の友人を睨みつける。
その視線を感じているのか、竹谷はすすっと肩を狭めた。
「はっちゃんは?三郎から何か言われたりした?」
「…いや、別に凄い普通だった」
何時もどおりだったよと続ければ、へぇと幽かに視線をそらす。
あぁ、三郎は嫉妬をこっちに向けるタイプなのかと少しだけ切なくなった。
彼氏に怒鳴るタイプと嫉妬を抱く対象を怒るタイプと両方といると兵助は思っている。
一番面倒なタイプかもとため息をついた。
「でも、良くその噂はっちゃんの耳に届いたな。ふつうは黙って楽しそうに見てるだけだろ?」
それがと今度は竹谷の方が視線をそらす番だった。
まさかと言う様に兵助も彼を見つめればこくりとその首が縦に振られる。
「雷蔵に、ばれて…それで問い詰められた」
だから自分も噂を知ったのだとと告げられれば兵助の全身から力が抜ける感じがした。
あぁ、一番厄介な相手に噂が流れたと気が遠くなりそうだった。
「それで、雷蔵は?なんて…?」
「三郎が特に気にしてないなら良いけど。誤解は早めに解くようにってさ」
それに「そうか」と返事をして、兵助と竹谷は同時にため息をついた。
噂なんて、とどちらか言ったかしれない。
しかし、暫くは接触を避けようとそれだけは同時に考えたのだった。

後書き