Girl's Talk

女の子の話

成長期と言うのは、人によって差があるとはいえ三郎のそれは完全に成長を止めてしまったような気配さえある。三郎の特に中学生になってからの、彼女の主な悩みはそのちっとも大きさを変えることのない、胸であった。
彼女の家系―特に母方は決して小さい方ではない、むしろ大きい部類に入る人が多いはずなのに。どういうわけか、三郎の胸はAカップで止まってしまっていた。中学生の時分は母親に「どうして?!」と泣きついたのだが、彼女も「そのうち大きくなるわよ」と流す始末だった。正直、三郎にとっては切実な問題なのだが。
ぺったんこの胸を見つめつつ、三郎は風呂場でため息を吐く日が多いのだった。
が、かたや大き過ぎると言うのも悩みの種らしい。三郎の友人兵助の行きつけの美容院の見習い美容師―斉藤タカ丸の最大の悩みはこの大き過ぎる胸であった。
元々脂肪が着き易い体質で、幼いころから丸みを帯びた体格だったが、中学生のころから家を手伝い始めたのと間食を余りしなくなったせいか、彼女自身は少食になり体重も落ちたのだが。どういうわけか、胸だけはやけに大きく育ってしまった。体育の時間、未だに思春期を脱していない男子たちの視線の餌食になって喜八郎が暴れたりするし、ワイヤー入りの下着などをつけて長距離を走った日にはそのアンダーラインが悲惨な事になるのだ。だが、ワイヤーなしで彼女の胸を支えきれる下着は存在しない。そのため、タオルを一枚引いたり、大きめのサイズのヌーブラを購入したりと悩みは尽きないのだった。
ダイエットをすれば胸から痩せて行くと言うのは彼女には当てはまらないらしく、無茶なダイエットをしてみても結局サイズは変わらないままで何とも言えない気持になるのだった。
「世の女性からすれば贅沢な悩みですよ、タカ丸さん」
と、未だ身長がのびなやみ、彼女の膝に乗れる体格である喜八郎は何処か満足げに言ってみたりもしている。その光景を見ながら、兵助は何時も「お前こそそれでいいのか」と思っていたりする。ある意味カップルとしては異様な光景なのではないだろうか。
少し前までは喜八郎自身もこの身長差には焦れていたようだが、タカ丸が「でも、きはちろーがおっきくなったらこうやって抱っこできなくなるねぇ。それはそれで寂しいなぁ」とか何とか言いながら、やっぱり後ろから抱きしめたので、「なら暫く私はこのままでいます」と彼は返したのだった。とはいえ、タカ丸の身長を抜く目標は諦めていないらしく(タカ丸は女性にしても高めの170センチである)、毎日牛乳を1リットル飲んで小魚も食べて夜更かしもしないようにしていると言うのだから健気な事だ。学園一のバカップルの名も伊達ではないと二人の級友たちは思っている。
そんなある日、三郎がタカ丸さんに髪を切ってもらいたいと言い出した。元々、兵助の話に出てくる彼女が気になっていたと言うのもあるのだが、丁度彼女の前髪が随分伸びてきていたし、夏に入りかけて首筋が暑いから梳いてほしいと言う事もあった。そんなわけで、三郎と兵助は連れ立ってタカ丸の美容院へと足を踏み入れたのだった。
タカ丸の美容院は現代的なデザインで入り易いと評判のいいところだった。基本的に予約優先なのだが、兵助は友人割引というのと見習いのタカ丸が担当と言うことでかなり早い順番で切ってもらう事が出来たりする。学校を出る時にタカ丸自身に電話を入れておけば、すぐに良いよという返事をもらう事が出来た。
ガラス張りだが、周りには背の高い植物を配置して外からは見えにくくしてあるし、ジャズも掛かっているし、おまけにアロマテラピーが控えめに焚かれているし、きちんと換気もしてある所だ。喜八郎の定位置はその美容院の待合のソファの上だった。カウンターの真横にちょこんと座って、雑誌を読んだり音楽を聴いたり、時折教科書も広げていたりする。夕飯時ともなればもっぱらのお客である主婦たちは家に戻るから別に怒られたりもしないのだろう。
そこに座っていた喜八郎と何とも淡白な挨拶を交わして、ドキドキしながら三郎は兵助の後ろに立ちつつ、初めて入る美容院を見渡した。何時も自分が通っている所とはやっぱり雰囲気も違うんだなぁと夕陽が差し込み始めた店内に視線を巡らせる。
「あ、兵助君、こんばんはー。そっちが今日のお客さんの鉢屋さん?」
「うん、そう。今日は三郎の前髪切ってほしいんだ。あと、全体的に梳いてほしいって」
「うんうん、解った。後は鉢屋さんに直接聞くね。…はじめまして、鉢屋さん。私、斉藤タカ丸です、よろしく」
そう言って彼女はにっこりと満面の笑みを向けてくる。それに三郎は「あ、は、はい!こっちこそ宜しくお願いします」と慌てて頭を下げた。可愛い、と女の自分でもそう思う。ふわふわの金色の髪に、誰にでも好かれそうな明るい笑顔、まるで、そう―ひまわりだ、とそんな風に思った。それにとりあえず胸、と三郎はその大きな胸に視線をやってしまう。自分の所謂洗濯板と評される胸とは全然違う、大きくてやわらかそうなそれに思わず自分の胸元を見てしまった。同じ女の子なのにこうまで違うのかと、長年のコンプレックスが気になってしまうのだ。
とりあえずシャンプーねーと言われるままに三郎はタカ丸に連れられてシャンプー台へと向かう。適当に世間話や三郎の髪質の話をして、それからカットへと移った。
はらはらと自分の髪が床へと落ちて行くのを見ていたが、三郎はふとタカ丸へと視線を写した。丁度鏡に映るのはタカ丸の胸だ。
(何で私ってばそう言うところしか見ないんだろ…)
と、自分でも少し情けなくなる。胸が小さいのが嫌だとちょっと前に、彼氏の八左ヱ門にも零したのだが、当の本人は「あー…俺は別に。三郎の胸に惚れたわけじゃないし」と、遠まわしに気にするなと言ってくれたのだが。
(でも、やっぱりおっきくてやわらかい方がいいっていう人の方が多いはずだし…)
どうやって大きくなったのか、それだけでも知りたいと三郎はあの、と小さく切りだした。
「あの、タカ丸さん、胸大きいですよね」
「え?私の胸?…うーん、やっぱり鉢屋さんもそう思う?」
はぁ、と自分の後ろでタカ丸の盛大なため息が聞こえた。きょとんと、思わず三郎はそんな彼女を見つめてしまう。
「…大きいの、嫌、なんですか?」
「嫌っていうか、正直不便だなぁって思ってるんだよね。…私のサイズだとあんまり可愛いのとかなくておばさんみたいなのしかないんだ。おまけに走ると揺れるし、肩こるし…、良い事ってないんだよね。服のサイズも限定されちゃうし」
「そう、なんですか?」
意外と言うのも変な話だが、三郎には無縁の悩みの様な気がした。走れば揺れる―そんな事一度も体験した事はない、服のサイズも下着のデザインも、勿論服のサイズなんて大抵Sで合ってしまう。
「肩幅はMサイズなのに胸囲があってボタン止められないから冬のコートはLLサイズだし、同じ理由でワンピースもそう。身長もあるから超ミニとかなっちゃって、服探すだけでもすごい大変なんだぁ。体育の時間はアンダーが擦れちゃって痛いし、夏なんか蒸れてかぶれたり…、大きいのもあんまりいい事なんてないよ?…私はもうちょっと小さい方が良かったなぁ」
はぁ、とやっぱりため息をついて今度はうなだれてしまっている。そんなタカ丸の愚痴を聞きながら、三郎は三郎で泣きそうになっていた。
(私、一度もそんな事ないし…。コートもワンピースも全部普通に入るし…。しかもウエストじゃなくてバストで引っ掛かるって…何、それ…)
まずいと思った時には彼女の目の前はゆらゆらとにじんでいた。長年悩んでいた事、自分のコンプレックスに決定打を叩きこまれた気分だった。何で私態々こんな話題ふっちゃったんだろう…、と少し前の自分の軽率さを恨んだ。こんな事聞かなければこんな思いする必要なかったのに、と小さく息を飲んで何とか涙をこらえようとする。
「…Fカップも要らなかったなぁ。正直、邪魔なだけなんだもん」
邪魔!その言葉がトドメだった。
「私、私は…」
「え?」
「私、その要らない物が、欲しい、です」
そう言ってぼろぼろと彼女の目から涙がこぼれる。それに一番慌てたのはまちがいなくタカ丸だった。
「え、え?!ご、ごめんね、鉢屋さん。私、何か酷い事言っちゃった?ごめんね、どうしよう、兵助君、ああぁ、」
兵助くーん、と助けを呼ぶ声が三郎に届くころ、彼女はもう顔を手で覆ってしまっていた。

後書き