(ハチ、そんなに無理しなくても良いのに…)
映画が始まる前からだったのだろうか、竹谷の顔色がおかしい事に気がついた。
それからクライマックス、彼は絶叫した。
そして今、近くのカフェで完全に死んでいる。
嫌なら嫌だと言えばよかったのにと、目の前で何とかオレンジジュースを飲んでいる彼氏へと目を向けた。
灰色のぼさぼさ頭に日の光が反射して銀色に見えるのが、なんとなく綺麗だなと思う。
彼女自身、ホラー自体は笑いしか出ないのだが、本気で怖がる人もいるんだと再認識させられた気分だったのだが。
(なんか、楽しいかも)
と、何処かでS気が目覚めそうになっていた。
「見なかったことにしておくよ」
そう言って顔を上げた竹谷に笑いかければ、彼が一瞬ぽかんとしたような顔になって三郎は「どうした?」と問いかける。
それに何でもない、という返事が帰ってくれば竹谷は照れたように視線をそらしていた。
(何だ、今の反応?)
と、竹谷の心中など知らぬまま三郎は首をかしげるのだった。
その後は結局買い物という結果におさまっていた。
歩き慣れた商店街を二人でうろうろする。
所謂ウィンドウショッピングと言う奴だった。
三郎はと言えば、時折雑貨屋や本屋の前で足を止める、そのたびに二人で店の中に入ってはなにも買わずに、見るだけで出てくると言うのを繰り返していた。
(やっぱ女ってこういうの好きなのかな)
と、竹谷は一緒に入った雑貨屋のアクセサリーの一つを手にする。
きらきら光る可愛らしい指輪やネックレス、ピアスにイヤリングと彼自身は全く興味のないものばかりだった。
三郎はと言えばカバンがずらりと天井まで並んだコーナーで何か良いものはないかと探している。
そう言えば、三郎がこの間カバンが一つ駄目になりそうだとか言っていたような気もする。
そっと隣に来れば彼女は視線を向けて、それからはにかんだ様に笑った。
「なんか良いのあったの?」
「んー…いまいちかな?学校に持っていく気でいるから。シンプルで、かついっぱい入るのが良いんだけど」
なかなかね、と言いながら持っていたカバンを元あった位置に戻す。ふぅん、と言いながら竹谷はそれを見ていた。どうにも女の子が好むデザインと言うのは理解できない。黒地にでかでかとハートが描かれていたり、よくわからない模様がいっぱいだったり、それを可愛いと言っているクラスの女子の趣向はいまいちだった。
(やっぱり三郎の趣味って男に近いのかな?)
ふと、視線を戻せば三郎の足はその隣にあるぬいぐるみのコーナーで完全に止まっていた。そう言えば、最近、流行っているというキャラクターのぬいぐるみがこの店にはやけにいっぱいある。ぐでんとした熊のぬいぐるみをじっと見ている三郎、それを隣で観察していたが、どうやらそれから視線が離れず、彼女は動けないでいるようだった。
「…三郎、それ、好きなの?」
そう声をかけると三郎はびくと肩を揺らした。それからぎこちなく竹谷の方を向けば、え、ええ?なんて変な声を出している。
「す、好きじゃない…けど?ちょっと、これのどこが可愛いのかなとか思ってただけだけど?」
と、上ずった声で返事が返ってきた。その反応に竹谷は(あぁ、好きなのか…)と、理解した。
「私あっち見てくる」
いそいそと筆記具コーナーへと言ってしまう彼女の背を目で追ってから、竹谷はそのぬいぐるみへと視線を移した。ぐでんとして、だるそうな表情をした熊のぬいぐるみ、それを一つ手に取ればふんわりとした布の感触が心地よかった。これをぎゅと抱きしめる三郎を想像すれば、まぁ確かに、彼女からしたら恥ずかしいのだろうと、普段の凛とした様子の彼女も同時に頭に浮かぶ。
(でも、そんなに欲しいなら買えば良いんじゃ…)
と、恥ずかしいとかあまりそう言う感情を抱かない竹谷としては不思議で、その値札へと視線をやって、その後彼は飛び上がった。
「ご、5000円?!これが?!!」
と、店中に響きそうな声を出しそうになって何とか息を殺してそれだけ言うことに成功する。この布の塊が、五〇〇〇円もするのかと竹谷は店員にどうしてなのか聞きたい気分だった。問い詰めてやりたい。
確かに、これじゃあ欲しくても買えないだろうけど…、とその下にあるちょっと小さめのぬいぐるみへと視線をやった。この大きさなら、まだ安いだろうと思うがそれでも2500円と学生の懐には痛い値段だ。
「…その下なら」
と、彼は最終的に1000円圏内にあるキーホルダーにまでなったぬいぐるみへと手を伸ばすのだった。
店を出た後、竹谷は何となく落ち着かずにそわそわしていた。結局、あのキーホルダーは買ったまま、自分のポケットの中にある。何となく渡しづらくてそのまま三郎と並んで、結果として駅前のマックまで来てしまった。
ちなみにこの時点で彼の最初の目標だった「手をつなぐ」は達成されてないどころか、彼の脳内からは完全に抹消されていた。兵助と勘右衛門が見ればため息をついて「ほらね」と言うだろう。
もそもそとポテトとハンバーガーをほおばりながら、三郎は電車の時間を確認していた。
なんだか落ち着かない竹谷を余所に、三郎はどの電車に乗るかとそればかりを考えている。そんな三郎を見ながら、竹谷はごそごそとポケットの中に手を突っ込んだ。何時渡そうか、そればかりが頭をめぐる。目の前の三郎はハンバーガーを食べ終わり、ふと息を吐いた。
「御馳走様。…ハチ、私そろそろ時間なんだけど」
「へ?!え、あぁ、電車何時?」
そう聞き返せば、後15分くらいという返事が返ってきて、竹谷は更に焦った。電車に間に合う様にするには、せめて5分前には改札についておきたいと言うのが三郎だ。という事は、後10分もない。席を立つ三郎に続いて自分も席を立った。
大分暗くなった駅では、今から家に帰るだろう人で溢れている。それを視界に入れつつ、竹谷はぎゅと小さな紙袋を握りしめた。
「じゃあ、また月曜に…」
「あ、さ、三郎、あのな…その…」
「ハチ?」
挙動不審の竹谷を三郎が不思議そうに見つめている。その視線が気まずくて、余計に渡しづらくなる。だが、それでも、これだけはどうしても渡したかった。
「…これ、さっき買ったんだ。んで、お前にやろうと思ってさ、」
これ、と言いながら差し出した袋を三郎は不思議そうに見つめて、それから少しだけ恥ずかしそうにほほ笑んで「ありがとな、」と言った。それを見て、竹谷は自分の顔が熱くなるのが解った。
「あー…、あれだ。恥ずかしいからさ、家に帰ってから開けてくれ」
そういうと三郎はふふと笑いながら「解った」と言った。
次の月曜日、竹谷が買ったマスコットは三郎のカバンにぶら下がっていた。
後書き
デート編完結です。長かった…orz
こう、平凡なデートを書くって意外と難しいと言うか、恥ずかしいもんですね;;それにしても、竹谷、乙女すぎるwwww