First contact V

出会い その3

いざ告白すると決めたは良いが、竹谷は未だに手を拱いていた。
どう伝えるか、それが今の最大の悩みだった。
授業の殆どはそれで頭が占められていて、ノートの端には「好きだ、三郎、付き合ってくれ!」だとか、「始めてみた時から…」など告白の文句が並んでいる。
それを自分で見返しながら、竹谷はため息をついた。
月並みな事ばかりしか出てこない、自分の貧困な語弊を呪った。
もうちょっと気のきいた言葉はないのかと、あり得ないことに漫画以外の本も手に取ってみた。
だが、どうにも気障過ぎる上に、彼に興味の向かないものを長時間読むと言うのは苦痛以外の何物でもなかった。
その為、買った本は全て尾浜のところへと無償で譲渡されることになってしまったのだった。
と言っても、10冊を悠に越えた頃当の友人からも「もういいよ」と困った顔で、やんわりと断れてしまった。
彼としても、似たような小説を幾つも読むほどもの好きでもなかったのだ。
そんなわけで、竹谷の部屋には読みもしない恋愛小説がオブジェとして飾られている。
だが、悶々とした日々も差し迫ってきた中間考査と言うものの前では現実を見なければいけない状況へと変わってくる。
毎日、全ての教科のノートには授業の内容以外に三郎への愛の告白ばかりが連なってしまっていた。
ノートの提出なんていう、面倒な課題が出なかったのか彼の救いかもしれない。
幾つも書かれた好きだとか、愛してるとか言う言葉は時折黒鉛で塗りつぶされたり、消しゴムで消されたり、時にはそのままだったりするのだ。
試験勉強のためにそれを広げて、竹谷は改めて机に突っ伏してしまった。
「あー…俺って、意外とへたれ?」
雷蔵辺りが聞けば「いまさら?」とか言いそうなものだが、彼の中では新たな発見であった。
そんな悶々とした試験前でも生物の授業だけは別だった。
三郎の隣は竹谷と言うのは最早不文律になってきているらしい。
最近では、何も言わずに彼女は竹谷の隣に座るようになっていた。
それを発見した時には、竹谷の少しばかり荒みかけていた心にも潤いが戻ってきた。
そんなある日の生物の授業中、三郎が「あ」と小さく声を上げた。
「どうした?」
と、竹谷がそんな彼女に声をかけた。
しまったと言いたげな顔の三郎は、あぁ、うん、と言って黒板の方を見る。
「ちょっと気をそらしたら、消されてしまって…。まだ、写してなかったんだ」
どうしようと、肩を落とす彼女を見て、「ならさ」と竹谷は言葉を継いだ。
「俺のノート写す?まだテストまでは時間あるしさ。一日二日なら手元になくても、大丈夫だし」
そう言うと、三郎は「良いのか?」と小首をかしげて聞き返してくる。
それに勿論、と肯けば彼女は少しだけ逡巡してから「じゃあ、お願いする」と言って笑った。
そんな彼女に自分の取ったノートを渡して、竹谷はご機嫌だった。
明日返しに教室に行くな、と言われたのだ。
普段ならば、次の日は生物の授業はなく、三郎には会えない。
だが、ノートを返しに来てくれると言うのだ。
つまり、三郎に会えると言うわけだ。
それが嬉しくて、教室に帰る竹谷の足取りは軽い。
だが、彼はふとある事に気がついてしまった。
「あ…れ、俺、もしかして…」
まさか、と己の記憶をたどってみる。
そうだ、三郎にノートを貸すことばかりで、内容を確認しなかったのだ。
そう、それは…三郎への愛の告白文を消すのをすっかり忘れていたのだった。
「ど…どうしよう…」
そう呟いて、竹谷の顔は真っ青になった。

家に帰って、竹谷のノートを見て三郎は顔を赤くしながら手を震わせていた。
ノートの端やら真ん中やら、そこには「好きだ」「愛してる」「付き合ってくれ」という、所謂愛の告白が所狭しと描かれていたからだ。
勿論、授業の板書自体はちゃんとしているので、自分が写し損ねたところを書くには問題なかったのだが。
何これ、どういうこと?と三郎は、涙目になってしまった。
竹谷は誰か好きな人がいるのだろうか、とそれは一体誰なんだろうかと。
本当は駄目だと解っているのだが、ページをめくる手は止められなかった。
はらはらと捲られていくページ、何処かに名前はないかと視線がおってしまう。
クラスの女の子とか、もしくは他のクラスの自分の知らない人なのかとか、三郎の頭の中にはこの告白の相手が気になって仕方なかった。
彼女が竹谷の恋心を自覚したのはつい、最近だった。
だから、と言うわけではないが、三郎は今のままでいたかった。
今の、男女の友人と言う関係は心地が良い。
確かに、竹谷の彼女になりたいと思わないわけではないが、それを行ってしまって、拒否されたら、友達としか思えないと言われたらと、考えれば考えるほど踏み出せないのでいたのだ。
怖いと思いつつ、三郎は少しだけ期待してしまっていたのだ。
この告白の相手が、自分だったら良いと。
そんな風に、止まらない手と視線は、ふとあるページで止まった。
「初めて会ったときから、三郎が、好きでした…?」
思わず、声に出してしまってから三郎の顔は一気に赤くなる。
まさか、そんなわけがない、と彼女は頭を振った。
だって、三郎なんて…確かに学年でこんな名前の女子は自分しかいないけど。
でも、そんなの勘違いかもしれない。
だけど、もし…、と三郎は微かに息をのんだ。
この竹谷の好きな「三郎」は自分なのかどうなのか。
「どう、しよう」
と、呟いて三郎はそのノートを大切にそうに腕に抱いた。

後書き