「竹谷八左ヱ門は巨乳好きであるらしい」
という話が三郎の耳に届いたのは、本当に偶然だった。
たまたま竹谷のクラスの前を通りかかった時に、中にいた彼の友人らしい男子がそんな話をしていたのだ。
「でもさ、竹谷の彼女ってあの鉢屋だろ?」
「あぁ、理系の天才女。でもさぁ、あいつってあれだろ?洗濯板!」
「そうそう。竹谷の好みじゃねーはずなのになぁ。まぁ、可愛い顔してるとは思うけど」
体がなぁ、と言いながら大笑いしているのを聞きながら三郎の眼がかっと見開かれて、持っていた教科書を落としそうになった。
竹谷の好みなど、そう言えば聞いたことがなかったのだ。
竹谷と付き合い始めて早半年、言われてみれば顔がどうのとか体がどうのとか話になったことがない。
三郎はとぼとぼと歩きながら自分の胸を見下ろした。
そう、彼女の一番の悩みはこの貧弱な胸だった。
高校生にもなれば、女友達と下着を買いに行ったり服を買いに行ったりするものだが、三郎はそれを悉く断っていた。
理由はこの貧相な胸にある。
小学生のころから、どういう訳か全く成長しなかったその部分はAAカップというサイズで止まっていた。
自分で触っても、柔らかいなどと思わない。
むしろ、肋の方が出ているんじゃないかというくらいのサイズなのだ。
「……そう言えば、まだしてないよな」
確か、と小さくつぶやいた。
まさか、と三郎は自分の胸のあたりに手をあてた。
付き合って半年経つのに、実は二人はいまだにセックスしたことがいのだ。
キスはある、手もつなぐし二人で出掛けたりもする。
でも、それ以上がないのだ。
(もしかして、これのせい…?)
自分の体が貧相だから、と三郎は自分の胸を見下ろしてそんなことを思ってしまった。
まさか、いや、幾らハチが巨乳好きだって言われてるからって、そんなわけ、と三郎はぐるぐると頭の中でそんな事ばかり考えてしまった。
「……らいぞう」
と、小さく彼女が最も信頼している従兄弟の名前を呟いて、三郎は階段を駆け降りたのだった。
「だからさぁ、俺はぁ、もう我慢の限界なのぉおお」
うわぁあん、と泣きながら竹谷は友人である久々知兵助に泣きついていた。
場所は彼が所属している生物部の活動場所である生物室だった。
そこの金魚の餌やり当番をたまたま売店で会った兵助に付き合わせているのだ。
主に、愚痴というか、彼の心の叫びを聞いてもらうのが目的だったのだが。
その叫びを聞きながら兵助は心底どうでも好さそうに、豆乳を飲んでいた。
ばんばんと生物室の机をたたきながら、三郎が三郎がと自分の彼女の名前を連発している。
「お前さ、そんなに欲求不満ならちゃんと三郎に言えばいいじゃないか」
「言えるか馬鹿ぁ!もし、もし三郎がまだ怖いとか、痛そうだからとか言ったらそれこそ俺はまた生殺しなんだぞ!!」
「…ここで私に訴えているよりマシだと思うんだけど」
はぁ、とため息を着けばそうなんだけど、と竹谷も返してきた。
そう、今現在の彼の悩みは三郎とセックス出来るのか否かだったのである。
付き合い始めて半年、こんな風に男と接するのは初めてだという言葉を聞いてから竹谷はそれはそれは大切に三郎と付き合ってきた。
キスをするのにも、雰囲気やらタイミングやらをマンガと雑誌で研究し、兵助に何度も相談してからの決行だったのだ。
兵助にとってはいい迷惑だったのだが、現在も同じことをさらに次の段階に進むためにやっているのだった。
「だってさぁ、俺の部屋に来てすっげぇ無防備に昼寝されたりとか、体をくっつけられたりとかさぁ。二人でプールに行った時も、恥ずかしがりながら水着着てくれてさぁ。青のビキニで、パレオ付きで、すげぇ可愛かったんだよ、あーもう!!」
「…あっそ」
「可愛いだろ?!顔赤らめながら「笑いたきゃ笑え」とか言うんだぞ?!笑うわけねーだろ!むしろ抱きしめてやったわ!」
「はいはい、ラブラブでいいですねぇ」
はっちゃん、これ捨ててと飲み終わった豆乳のパックを渡している。
それを聞きながら「真面目に聞けよ〜〜」と半泣きで訴えてくる竹谷を見ながらなんだかなぁと兵助は思っていた。
このカップルが付き合い始めてから半年、さんざんこっちの悩みを聞いていたがどうしてまぁこんなに臆病なのかと思ってしまう。
三郎の悩みを聞いている雷蔵から情報が流れてくるのだが、実際互いに言い出せないことが多すぎて、じわじわとしか進めてないだけだというのに。
そんな風に竹谷の叫びを聞いていれば、兵助の携帯が震えた。
誰だ?と思いながら表示される名前を見れば、三郎の従兄弟の雷蔵からのメールだった。
時計を見れば、まだ昼休みが終わるまでは時間がだいぶんある。
中を開けば大変簡潔に「八と一緒にいる?」と書かれていた。
「はっちゃん…」
兵助は神妙な声で、まだ項垂れたままの竹谷へと向き直ったのだった。
「何だよ」
「雷蔵が、はっちゃんと一緒にいるかって聞かれたんだけど…」
雷蔵から?と、竹谷の顔が青くなった。
自分の携帯はそう言えば、教室のカバンの中だ。
おそらくそっちで返事がなかったから、兵助に聞いてきたのだろう。
竹谷にとって最も恐ろしいのは、三郎だけではなく彼女と特に中の良い彼女の従兄弟―雷蔵なのである。
三郎と雷蔵は小さい頃から家も近所だったせいか、特に仲がいいのだ。
何かあれば、そう、特に三郎が泣いたりなんかしたら雷蔵の背景に般若が見えるくらいの事態が度々起こっている。
「はっちゃん、三郎に何かしたのか?」
「し、してない!ってか、今日の朝も一緒に学校来たけど、何もなかった。あ、手はつないだけど」
「…変なこと言ったり、他の女子と話したりとかは?」
「ない。教室の前で別れるまで、挨拶しただけ」
無い、ときっぱり言い切るのを見ながら兵助はまた何か三郎が一人で騒いでいるんじゃないかとため息をついた。
時々、こんな風に雷蔵からメールが来ても、当の本人が一人で騒いでいるのを彼が勘違いするというのは何度かあったのだ。
今回もそれじゃないのかと、兵助は雷蔵に「三郎に何かあったのか?」と聞いてみた。
「いや、なんか変なことを言うから。僕に胸が大きくなるにはどうしたらいいのかって、涙目で」
それでむしろ困っているのだと返事をもらって、兵助は椅子から落ちそうになった。
胸が大きくなるためには?何でまた、と首をかしげてしまった。
高校一年生から同じクラスで過ごしてきたが、胸がないと言うのでぼやく姿などみたことがなかったのだ。
人は人、自分は自分、という態度だったのだけど。
(まぁ、男に相談することではないよなぁ…)
と、兵助は一人で完結してしまった。
目の前では「な、何だって?」とおびえた様子で竹谷がこちらを見てる。
「いや、なんかさ」
「うん」
「三郎が、胸が大きくなるにはどうしたらいいのかって、雷蔵に泣きついたらしいぞ」
「は?!胸?!」
うん、と何処か呆れたように頷く兵助を見ながら、竹谷も思わず首をかしげてしまった。
何でまた、と言いたげなその様子に今回もまた何か要らないことを言った奴がいるんだぁとそれだけが発覚したのだった。
大きくならないのはもう仕方がないと諦めたのは、中学三年生の時だった。
幾度か女友達や母親に相談してみたり、キャベツを食べたり牛乳を飲んだり、運動してみたりしたけれど結局ほとんど大きくなることはなく、今だとてスポーツブラでも平気なほどに小さかった。
恥ずかしい話だが、小学六年生の時に来ていたスクール水着が入ってしまうのだ。
その事実に気がついた時にはさすがに泣いてしまったけれど。
高校になってプールの授業は水着が自由だったが、適当に理由をつけて欠席を繰り返した。
出来るだけ見られないように、が目標だったのだ。
泳げないわけではない、むしろ得意だし、水に入るのが好きだけれどと友人たちがはしゃぐのを遠目から見ていた。
そして秋口、竹谷と付き合い始めてから一度だけプールに行った。
だいぶん寒くなり始めていたけれど、温水プールだからと誘ってくれて、その時に初めてスクール水着以外を着たのだ。
ドキドキしながら彼に見せたら「可愛い!」と言いながら抱きしめてくれたのだが。
「やっぱり、私の体に魅力がないから…ダメなのかなぁ」
そう言って三郎は部屋着の襟口から自分の胸を覗き込んだ。
本当に僅かな谷間しかないそれを見て、泣きそうに目を潤ませてしまう。
部屋の中には昔買った胸が大きくなる方法を書いた雑誌が散乱している。
その一つを手にとって、三郎はため息をついた。
『一番はやっぱり揉んでもらうこと』
その文字を見れば、頭には一人しか浮かばない。
「ハチに揉んでもらう…とか?雷蔵には断られてしまったし…」
どうしよう、と三郎は近くにあったクッションにその顔をうずめたのだった。
後書き
ってことで一話目です。とりあえずやっておきたいのは初めてまでの道のりと、胸が小さいことに悩む鉢屋です。ってか、これが書きたいからこの部屋つk(ry