出雲のあの人
その日の朝、兵助は自分の茶碗が割れる音で目が覚めた。
ぱきん、かしゃという音がして体を起こすと昨日片づけ忘れた茶碗が見事に割れている。
「…不吉」
と、思わず呟いてしまった、彼はその後宝箱へと視線をやった。
小さい頃から彼は大事な物をああいう箱の中に納めている。
自分で買った物、人から貰った物…そういうもの全部だ。
その中に、最近新しくしかも厳重に守られた物が追加されていた。
白詰草の栞である。
あれがあるなら、私は何があっても幸せだと笑って、彼は再び布団へと戻ったのだった。
そして時を同じくして、正門前。
そこに傘を被った、男が一人、それとそれの供だろう女が一人、立っている。
「殿、こちらが……」
と、女が彼の隣に膝を突いて声を掛けた。
「ここか…」
そう言って男はにたりと顔を歪めた。
楽しそうな、悪戯っぽい笑みのまま彼は門を叩いたのだった。
壊れた茶碗を捨てた午後、兵助は授業がないのを良いことに、三郎と日向ぼっこをしていた。
予習や復習は夜やれば良いかと、考えつつ膝に乗せた子がおやつのカステイラを頬張るのを見つめた。
一生懸命黄色くて甘いそれを、夢中で食べるのを見ているとほんわりとした気持ちになる。
じっと見ていたのを三郎に気取られたのか、三郎は今度は兵助の方を見てきた。
「へぇすけ、これ食べたいの?」
「ん?んー…でも、それ三郎のだろう?」
一人で食べて良いよ、と言うと彼は暫し悩んでから、食べている部分の反対側をちぎって自分の方へ向けてくる。
「上げる」
「良いの?」
そう聞き返すと三郎はうん、と頷いた。
「だって、へぇすけ、ずっと見てるんだもん」
そう言って続きを食べようと、三郎はカステイラを頬張った。
手には受け取った菓子の欠片がある。
子供がちぎった物だから、自分には一口分しかないのだが、その気持ちが嬉しかった。
普段なら、食べているのをじっと見つめていると「意地汚い奴だな」と言われたり。
一口寄こせと言っても「嫌だ」と無碍にされていたものだが(こういう場合、反対側に口を付けて食べると顔を真っ赤にして怒るのを見るという楽しみもあったりする)。
そんな中こうやって貰うことが出来たのだから、嬉しくてまだ食べるのには勿体ない気がした。
「…食べないの?」
と、聞いてくる三郎に「あ、食べるよ」と返事をして、手を持ち上げた時。
不意に、視界に影が落ちる。
「お主が食べぬなら、儂がそれを貰おうかのう」
「ぇ、あ?」
そんな間抜けな声を上げながら、兵助は顔を上げる。
この声、この雰囲気…確か前に…、と朝割れた茶碗の姿を頭に過ぎらせて。
視界にその男を入れた瞬間、兵助はあんぐりと口をあけてしまった。
「久しいのぅ、へ、い、す、け」
それに三郎、とにんまりと笑みを浮かべる男は確かに、出雲で会った者だった。
兵助の唇が戦慄く。
「て、て、て、敵襲うううう!!」
長屋の方を向いて叫んでしまったのは、そんな言葉だった。
「敵襲?!」
「何があった兵助!!」
と、大声でそれに応えてくれたのは勿論、雷蔵と竹谷だった。
自室で何かしていたのだろう、雷蔵は手に本、竹谷は虫取り編みを持っている。
(何で?)
と、思わず首を傾げそうになったが、それでも助けには変わりない。
三郎はと言えば、兵助の大声にびっくりしてその膝を降り、さっと雷蔵の足下に隠れてしまった。
「あぁ、お前達も、久しいな」
そう言って、一人暢気に笑みを浮かべる男を見た途端、二人もぽかんと動きを止めた。
武器の代わりと手に持っている物が何処か間抜けさまで演出してくれている。
「アンタ…尼子の…」
「経久、様…?」
はっはっはっは、と三人のぽかんとした様子を見ながら、男−経久は誰よりも楽しそうに笑っていた。
「粗茶ですが…」
「あぁ、忝ない」
雷蔵が出してきた茶を飲みながら、経久は竹谷の膝に座る三郎へと笑みを向けた。
その柔和な笑みに、三郎もにこりと笑みを返す。
「……今日はまたどうして此方に?」
一人だけ、ぎらぎらと殺気を出している兵助に経久は楽しそうに笑って、ん?と首を傾げた。
「それは勿論。三郎を見に来たのだ」
「じゃあ、もう良いでしょう。今すぐ帰ってください。さぁ帰れ、今すぐ帰れ、見送りもいらんでしょう。三郎に何する気だこのおっさん」
明らかに途中から一国一城の主に向ける言葉ではなかったが、経久には気にしているそぶりは見られない。
むしろ楽しそうに目を細める、その表情が更に兵助の怒りや焦りを煽っているようにも見えた。
「そんな連れないことを申すな。儂と三郎は一夜を供にした仲。無碍に追い出すとは、また鬼のような…」
はぁ、と態とらしく溜息を吐く。
「合意の上じゃないだろーがっ!!!」
ふふん、とその悔しそうな様子を見ながら態とらしく鼻歌まで歌い出す様子を見ながら、三郎はじぃっと経久の方を見ている。
取りあえず兵助をからかっているのは解るのだろう。
凄いなぁとそんな視線を向けているようにも見えた。
その視線を感じたのか、経久は兵助をからかうのを止めて、三郎の方へと向き直る。
「久しぶり、と言っても覚えてはおらんか。儂は、尼子経久、お前の父の…そうだなぁ、主君に当たって、将来お前が使えるかも知れぬ者よ。どうじゃ、儂の膝に来ぬか?」
そう言われて、三郎は困ったように竹谷と雷蔵を見つめた。
行っても良いの?と尋ねるような視線に、二人は困ったように顔を見合わせた。
良い、といって良いものか、目の前で殺気立っている友人を見るとどうにも頷けない。
「そうか。なら、これは要らぬか?途中堺で、色々と土産に菓子を買ってきたのだが。金平糖にボーロに…後は、飴細工も持ってきたのだが」
ここに、と懐に手を入れれば金平糖の包みだろう、袋を手に乗せている。
さっと紐を開くと、色とりどりの砂糖菓子が姿を覗かせた。
それにきらきらと甘い物好きの子供の目が輝いた。
「食べる!」
という言葉と供に三郎は竹谷の膝を降りて、経久の膝に座った。
「さ、三郎…」
あ、と伸ばした兵助の手がやけに哀愁を漂わせていた。
あーあ…とそんな言葉が零れそうな、哀れな目を竹谷と雷蔵が向けている。
「あ、へーすけ君、やっぱりここに居た!」
と、そんなタカ丸の言葉が響いたのは、三郎が金平糖を食べ始めたのを見て、兵助が完全に項垂れてからだった。
「あれ?タカ丸さん」
「あ、ごめんねぇ。お客さんだったんだ。でも、兵助君、ダメだよ、今日委員会の集まりの日でしょ?土井先生怒ってるよー」
「委員会とかどうでも良い!三郎がっ、毒牙に掛かる!」
うわぁあ、と泣き出しそうな彼をよそ目にタカ丸は「お邪魔しまぁす」と言いながら、後ろに回った。
「ダメだよー。伊助君も三郎次君も待ってるんだから。ほら、行くよ」
そう言って、タカ丸は兵助の襟をひっ掴む。
最近鍛えているせいか、ずるずると男一人を引きずるのも簡単らしい。
「お前等だけで出来るじゃないか、私はここにいないと…」
と、わめき立てるのを「はいはい、後で聞くからねぇ」と言いながらタカ丸は引きずっていく。
「じゃあ、お邪魔しました。ごゆっくりー」
手を振りながら部屋を後にする。
「いってらしゃぁい」
と、三郎に手を振られて、雷蔵と竹谷に哀れみの目を向けられながら、兵助の叫びは長屋中に木霊していた。
「相変わらず面白い奴よのぅ」
なぁ、三郎、と三郎を膝に乗せてご満悦の経久が楽しそうに笑う。
其の言葉に、三郎も「うん」と頷いた。
「へぇすけは、面白いよ」
そう言ってにっこりと顔を見合わせて笑った。
「いっぱい遊んでくれるし、私が膝に乗ると変な顔するんです」
((変な顔って…))
あの至福の表情はそう捉えられていたのか、と兵助に対する可哀相な想いが更に大きくなる気がした。
経久は「そうか、そうか」と笑いながら、三郎の頭を撫でる。
その仕草にいやらしさなどは全く見受けられない。
それでもあれだけ警戒しているのだから、と雷蔵も竹谷も多少は目を光らせてやることにした。
「まぁ、あやつはああ言っておったが。儂に稚児の趣味はない、安心致せ」
「……すいません」
「あの様な事があったから心配するのも無理はないが。そう警戒してくれるな、今回は本当に遊びに来ただけだからな。あとは、三郎の父から伝言もあるが…」
どうするかと悩むように膝にいる子供を見つめる。
こんなに無邪気にしているのだ、言うのは忍びないと思ってしまうらしい。
まぁ、良いかと雷蔵と竹谷の方を見ながら経久は小さく笑った。
「精進しろ、掟を忘れるなと言っておったが。この様に愛らしい姿を見れば、あまり言いたくはない」
「…へぇ、意外とやさしっ」
その言葉を雷蔵が肘鉄で黙らせて、あははと苦笑を零した(竹谷は隣で腹を抱えて、悶えている)。
「…人を鬼のように言うな。全く、親子揃って素直でなくて困る。素直に心配だと言って付いてくればよいものを…」
「えっと、お父さんは…?」
「あやつは今、月山富田で儂の影武者をしておる。心配などしておらねば、伝言も託さぬだろうが…」
確かに、と雷蔵は苦笑した。
あれだけ、これは自分の物だからと豪語した、冷徹としていた人にも子供を心配する事が出来るのかと、何処か安心もしてしまう。
誰でも人の親なのだなぁ、と意外と愛されている親友を見つめた。
「まぁ、数日はこちらに世話になる算段を学園長殿としておる故。遊んでやってくれ」
はっはっはっは、と経久は大きく笑い声を立てた。
ぱきん、かしゃという音がして体を起こすと昨日片づけ忘れた茶碗が見事に割れている。
「…不吉」
と、思わず呟いてしまった、彼はその後宝箱へと視線をやった。
小さい頃から彼は大事な物をああいう箱の中に納めている。
自分で買った物、人から貰った物…そういうもの全部だ。
その中に、最近新しくしかも厳重に守られた物が追加されていた。
白詰草の栞である。
あれがあるなら、私は何があっても幸せだと笑って、彼は再び布団へと戻ったのだった。
そして時を同じくして、正門前。
そこに傘を被った、男が一人、それとそれの供だろう女が一人、立っている。
「殿、こちらが……」
と、女が彼の隣に膝を突いて声を掛けた。
「ここか…」
そう言って男はにたりと顔を歪めた。
楽しそうな、悪戯っぽい笑みのまま彼は門を叩いたのだった。
壊れた茶碗を捨てた午後、兵助は授業がないのを良いことに、三郎と日向ぼっこをしていた。
予習や復習は夜やれば良いかと、考えつつ膝に乗せた子がおやつのカステイラを頬張るのを見つめた。
一生懸命黄色くて甘いそれを、夢中で食べるのを見ているとほんわりとした気持ちになる。
じっと見ていたのを三郎に気取られたのか、三郎は今度は兵助の方を見てきた。
「へぇすけ、これ食べたいの?」
「ん?んー…でも、それ三郎のだろう?」
一人で食べて良いよ、と言うと彼は暫し悩んでから、食べている部分の反対側をちぎって自分の方へ向けてくる。
「上げる」
「良いの?」
そう聞き返すと三郎はうん、と頷いた。
「だって、へぇすけ、ずっと見てるんだもん」
そう言って続きを食べようと、三郎はカステイラを頬張った。
手には受け取った菓子の欠片がある。
子供がちぎった物だから、自分には一口分しかないのだが、その気持ちが嬉しかった。
普段なら、食べているのをじっと見つめていると「意地汚い奴だな」と言われたり。
一口寄こせと言っても「嫌だ」と無碍にされていたものだが(こういう場合、反対側に口を付けて食べると顔を真っ赤にして怒るのを見るという楽しみもあったりする)。
そんな中こうやって貰うことが出来たのだから、嬉しくてまだ食べるのには勿体ない気がした。
「…食べないの?」
と、聞いてくる三郎に「あ、食べるよ」と返事をして、手を持ち上げた時。
不意に、視界に影が落ちる。
「お主が食べぬなら、儂がそれを貰おうかのう」
「ぇ、あ?」
そんな間抜けな声を上げながら、兵助は顔を上げる。
この声、この雰囲気…確か前に…、と朝割れた茶碗の姿を頭に過ぎらせて。
視界にその男を入れた瞬間、兵助はあんぐりと口をあけてしまった。
「久しいのぅ、へ、い、す、け」
それに三郎、とにんまりと笑みを浮かべる男は確かに、出雲で会った者だった。
兵助の唇が戦慄く。
「て、て、て、敵襲うううう!!」
長屋の方を向いて叫んでしまったのは、そんな言葉だった。
「敵襲?!」
「何があった兵助!!」
と、大声でそれに応えてくれたのは勿論、雷蔵と竹谷だった。
自室で何かしていたのだろう、雷蔵は手に本、竹谷は虫取り編みを持っている。
(何で?)
と、思わず首を傾げそうになったが、それでも助けには変わりない。
三郎はと言えば、兵助の大声にびっくりしてその膝を降り、さっと雷蔵の足下に隠れてしまった。
「あぁ、お前達も、久しいな」
そう言って、一人暢気に笑みを浮かべる男を見た途端、二人もぽかんと動きを止めた。
武器の代わりと手に持っている物が何処か間抜けさまで演出してくれている。
「アンタ…尼子の…」
「経久、様…?」
はっはっはっは、と三人のぽかんとした様子を見ながら、男−経久は誰よりも楽しそうに笑っていた。
「粗茶ですが…」
「あぁ、忝ない」
雷蔵が出してきた茶を飲みながら、経久は竹谷の膝に座る三郎へと笑みを向けた。
その柔和な笑みに、三郎もにこりと笑みを返す。
「……今日はまたどうして此方に?」
一人だけ、ぎらぎらと殺気を出している兵助に経久は楽しそうに笑って、ん?と首を傾げた。
「それは勿論。三郎を見に来たのだ」
「じゃあ、もう良いでしょう。今すぐ帰ってください。さぁ帰れ、今すぐ帰れ、見送りもいらんでしょう。三郎に何する気だこのおっさん」
明らかに途中から一国一城の主に向ける言葉ではなかったが、経久には気にしているそぶりは見られない。
むしろ楽しそうに目を細める、その表情が更に兵助の怒りや焦りを煽っているようにも見えた。
「そんな連れないことを申すな。儂と三郎は一夜を供にした仲。無碍に追い出すとは、また鬼のような…」
はぁ、と態とらしく溜息を吐く。
「合意の上じゃないだろーがっ!!!」
ふふん、とその悔しそうな様子を見ながら態とらしく鼻歌まで歌い出す様子を見ながら、三郎はじぃっと経久の方を見ている。
取りあえず兵助をからかっているのは解るのだろう。
凄いなぁとそんな視線を向けているようにも見えた。
その視線を感じたのか、経久は兵助をからかうのを止めて、三郎の方へと向き直る。
「久しぶり、と言っても覚えてはおらんか。儂は、尼子経久、お前の父の…そうだなぁ、主君に当たって、将来お前が使えるかも知れぬ者よ。どうじゃ、儂の膝に来ぬか?」
そう言われて、三郎は困ったように竹谷と雷蔵を見つめた。
行っても良いの?と尋ねるような視線に、二人は困ったように顔を見合わせた。
良い、といって良いものか、目の前で殺気立っている友人を見るとどうにも頷けない。
「そうか。なら、これは要らぬか?途中堺で、色々と土産に菓子を買ってきたのだが。金平糖にボーロに…後は、飴細工も持ってきたのだが」
ここに、と懐に手を入れれば金平糖の包みだろう、袋を手に乗せている。
さっと紐を開くと、色とりどりの砂糖菓子が姿を覗かせた。
それにきらきらと甘い物好きの子供の目が輝いた。
「食べる!」
という言葉と供に三郎は竹谷の膝を降りて、経久の膝に座った。
「さ、三郎…」
あ、と伸ばした兵助の手がやけに哀愁を漂わせていた。
あーあ…とそんな言葉が零れそうな、哀れな目を竹谷と雷蔵が向けている。
「あ、へーすけ君、やっぱりここに居た!」
と、そんなタカ丸の言葉が響いたのは、三郎が金平糖を食べ始めたのを見て、兵助が完全に項垂れてからだった。
「あれ?タカ丸さん」
「あ、ごめんねぇ。お客さんだったんだ。でも、兵助君、ダメだよ、今日委員会の集まりの日でしょ?土井先生怒ってるよー」
「委員会とかどうでも良い!三郎がっ、毒牙に掛かる!」
うわぁあ、と泣き出しそうな彼をよそ目にタカ丸は「お邪魔しまぁす」と言いながら、後ろに回った。
「ダメだよー。伊助君も三郎次君も待ってるんだから。ほら、行くよ」
そう言って、タカ丸は兵助の襟をひっ掴む。
最近鍛えているせいか、ずるずると男一人を引きずるのも簡単らしい。
「お前等だけで出来るじゃないか、私はここにいないと…」
と、わめき立てるのを「はいはい、後で聞くからねぇ」と言いながらタカ丸は引きずっていく。
「じゃあ、お邪魔しました。ごゆっくりー」
手を振りながら部屋を後にする。
「いってらしゃぁい」
と、三郎に手を振られて、雷蔵と竹谷に哀れみの目を向けられながら、兵助の叫びは長屋中に木霊していた。
「相変わらず面白い奴よのぅ」
なぁ、三郎、と三郎を膝に乗せてご満悦の経久が楽しそうに笑う。
其の言葉に、三郎も「うん」と頷いた。
「へぇすけは、面白いよ」
そう言ってにっこりと顔を見合わせて笑った。
「いっぱい遊んでくれるし、私が膝に乗ると変な顔するんです」
((変な顔って…))
あの至福の表情はそう捉えられていたのか、と兵助に対する可哀相な想いが更に大きくなる気がした。
経久は「そうか、そうか」と笑いながら、三郎の頭を撫でる。
その仕草にいやらしさなどは全く見受けられない。
それでもあれだけ警戒しているのだから、と雷蔵も竹谷も多少は目を光らせてやることにした。
「まぁ、あやつはああ言っておったが。儂に稚児の趣味はない、安心致せ」
「……すいません」
「あの様な事があったから心配するのも無理はないが。そう警戒してくれるな、今回は本当に遊びに来ただけだからな。あとは、三郎の父から伝言もあるが…」
どうするかと悩むように膝にいる子供を見つめる。
こんなに無邪気にしているのだ、言うのは忍びないと思ってしまうらしい。
まぁ、良いかと雷蔵と竹谷の方を見ながら経久は小さく笑った。
「精進しろ、掟を忘れるなと言っておったが。この様に愛らしい姿を見れば、あまり言いたくはない」
「…へぇ、意外とやさしっ」
その言葉を雷蔵が肘鉄で黙らせて、あははと苦笑を零した(竹谷は隣で腹を抱えて、悶えている)。
「…人を鬼のように言うな。全く、親子揃って素直でなくて困る。素直に心配だと言って付いてくればよいものを…」
「えっと、お父さんは…?」
「あやつは今、月山富田で儂の影武者をしておる。心配などしておらねば、伝言も託さぬだろうが…」
確かに、と雷蔵は苦笑した。
あれだけ、これは自分の物だからと豪語した、冷徹としていた人にも子供を心配する事が出来るのかと、何処か安心もしてしまう。
誰でも人の親なのだなぁ、と意外と愛されている親友を見つめた。
「まぁ、数日はこちらに世話になる算段を学園長殿としておる故。遊んでやってくれ」
はっはっはっは、と経久は大きく笑い声を立てた。