用具委員長と保健委員長



夕飯も食べ終わり、その後兵助は何とか手を繋いで貰えるくらいまで仲を近づけていた。
結局雷蔵も竹谷も委員会だと言って、兵助に三郎を預けることになった。
最初は不安そうにしていたけれど、結局はここまでうち解けて貰えることに成功したのだった。
風呂に入れると言った時に、一瞬雷蔵の米神がひくついたのはきっと気のせいだろうと、自分に言い聞かせて、兵助は三郎の手を引いて、上級生用の風呂場へと顔を出した。
三郎が変装を解きたくないと言ったので、出来るだけ人の少ない時間帯を選んだせいか、自分達以外姿が見えない。
三郎は鬘だけは取ることを了承して、その濡れ羽色の髪を背中に下ろした。
さらさらと手触りの良いそれは、ふわりと背中を擽る。
「一人で脱げるか?」
からかうように言うと、頬を膨らませながら「出来る」と返事をした。
意地っ張りな所はこの頃からなのか、と見つめてしまう。
「あれ?久々知君と、もしかして鉢屋君かい?」
「伊作、ホントか?」
そんな明るい声が脱衣所に響いた。
聞き慣れない声に、三郎がつつ、と兵助の後ろに隠れた。
腰に手ぬぐいを巻いたまま、自分の後ろに隠れる彼の頭に手を置いたまま入口を見ると、夕食時に名前が挙がっていた二人の先輩が顔を覗かせていた。
「善法寺先輩、食満先輩…」
不運コンビか、と頭の中に浮かんだ言葉は口に出さないまま軽く会釈を向けた。
へぇ、地毛は黒なんだぁ、と言いながら近づいてくる伊作からついとまた三郎が身を隠す。
其の様子を見ながら留三郎がくつりと喉の奥で笑った。
「伊作、あんまりじろじろ見るなよ。怯えてんだろ?」
「だって。珍しいじゃないか、急に子供になったって言うだろ?でも、留さんだって、見たい遊びたい!って言ってたじゃないか」
まぁ、そうだけと苦笑しながらこちらにやってくる留三郎を三郎は見つめている。
「というか、善法寺先輩、何でそんなに三郎が気になるんですか?まさか…珍しい症例だからって…」
怪訝そうな目を向ければ「やだなぁ」と明るい顔を向ける。
「別に調べようって訳じゃないよ。ただ、ちょっと、ねぇ」
と言いながら、何故か照れたように留三郎の見やった。
それを尻目に、視線を向けられている男は三郎と視線を合わせるように腰を低くして、にこりと三郎へと笑みを向けた。
「初めまして、私は6年生の食満留三郎と言うんだ。久々知や後は不破とか竹谷の先輩になるんだけど。鉢屋も、私と仲良くしてくれないかな?」
ダメかな?と言い、笑みを浮かべて首を傾げれば、三郎はこくんと頷いた。その様子に留三郎は更に笑みを深くした。
子供好きと言うのは本当なんだなぁと兵助はそれを横目に見ながら実感する。
「…仲良く、する」
小さい声が聞こえれば、留三郎はじゃあと言って片手を差し出した。
握手というようなそれに、多少戸惑いがちになりながらも三郎は兵助の後ろから顔を覗かせてそれに手を重ねた。
「じゃあ、今日から私達はお友達だね」
「……うん」
多少の間はあったけれど、三郎は友達と言う言葉に嬉しそうに頷いた。
ふふ、と二人して笑いながら手を上下に揺らす。
それを見ながら伊作はにたぁと若干気味が悪いくらいの言い笑顔を浮かべていた。
「善法寺先輩、顔が大変なことになってますけど…」
「っと、いけない。つい、留さんの可愛さに」
えぇ、と兵助は思い切り怪訝な顔をして伊作を見てしまった。
というか、この人、三郎がどうっていうよりも食満先輩のこういう所が見たかっただけなんじゃぁと邪推してしまう。
そして、大方それは間違っていないようでもあった。
「そういう久々知君だって、さっき顔が歪んでたんだけど…」
「そりゃぁ、三郎が可愛いですから」
そうかい、と一瞬の間があって伊作が返事をする。
(僕も君も大差ないじゃないか)
と、言いたくなるのを必死で押さえつつ、伊作は留三郎に風呂を促した。
それに釣られるように兵助も三郎を風呂にやろうと背中を押す。
脱衣所とはいえ、裸で何時までも立っていられるわけはない。
風呂場に入れば、湯気が一面に浮かんでいた。
先に軽く体を流して、それから体、髪と洗っていく。
顔は濡らしても大丈夫な化粧らしく、三郎は髪にも豪快に湯を掛けていた。
先に体を洗い終われば、先輩達よりも早く湯船へと浸かる。
三郎は兵助の隣で、ぷぅーと息を吐きながら、気持ちよさそうにしている。
微かに頬を染めて、湯船に膝を折って座っているのがやっぱり普段の彼よりも大人しく見える。
普段なら、浴槽に背を凭れて、腕を伸ばしたりするのだから。
兵助は洗った髪を一つに括って、上の方に纏めている。
三郎も同じようにしてやれば、にこと笑って「ありがとーございます」と言われた。
湯船に座った三郎を見つめていれば、その視線が不意に固定されているのに気が付いた。
何だ、と不思議に思ってそれを追ってみれば、今は体を洗っている先輩二人へと向かっている。
「あ、石鹸…」
と、いう伊作の呟きが聞こえる。
「お前、また欠片みたいな所に座ったのか…」
呆れたような言葉を留三郎が零して、自分が使っていたものを手渡す。
それに恥ずかしそうに「ありがとう、留さん」と礼を言って伊作はそれを泡立て始めた。
まさか、ともう一度三郎を方を見やる。
湯船に浸かりながら、三郎はじぃっとその二人を観察していた。
「あ、シャンプー…」
「お前…好い加減、確かめてから座れっつってんのに」
「ごめぇん」
呆れたような声を出す留三郎に謝っている伊作を見ながら、三郎がその小さく唇を開いた。
「何か、可哀相……」
その声は風呂場にやたらと大きく響く。
ぶっ、という吹き出す様な声が響いて、留三郎が口元と腹を押さえながら椅子の上で震えていた。
あ、笑ってる、と気が付いてその隣へと視線をずらせば、半泣きでこっちを見ている伊作と目があった。
「さ、三郎!そろそろ熱いだろ?!上がろうか」
「まだ熱くないよ?それに百数えないと上がってはいけないって、父上に言われてるから」
「今、どこまで数えたんだ?」
な、な?と続けると、じっと考えてそれから「えっとね、20位」とこちらにピースサインを向けてくる。
それ、どんなペースで数えてたんだ?!と思っていれば「21、22〜」 と、三郎が続きを数え始めた。
留三郎と三郎の声が響く風呂場は、何となくではなく、とてもシュールだなぁともう、どうでも良くなりかけている兵助はぼんやりと考える。
三郎が60くらいまで数え終わった頃、留三郎の方が湯船の方へと向かってきた。
持っている風呂桶の中に黄色い物が見えて、兵助は何だ?と首を傾げた。
「私も隣に座っていいかい?」
そう三郎に尋ねると、うん、とにっこり笑みを浮かべて返事をしている。
(流石…、保父さんの異名を取る人だなぁ)
と、三郎の懐き具合に羨望すら思えてしまった。
最初、湯船に浸かるときに膝に抱こうとしたら一言「やだ」と言われてしまっていたのだ。
隣に座った留三郎は「じゃあ、これ」と言って三郎に風呂桶に入れていた黄色い物−あひるの人形を差し出した。
「なぁに、これ?」
首を傾げながら手を伸ばして、三郎はそれを興味深げに見つめる。
黄色いアヒルの人形が気に入ったのか、わぁわぁ、と声を零して、手に取っていた。
「それは湯に浮かべて遊ぶんだよ。うちの後輩が好きだから、持ってきたんだけど」
(この人…もしかして。私達が風呂に入るの見計らったんじゃ…)
と、6年生の(無駄な)実力を感じてしまった。
どこから見計られていたのか、正直解らないから困る。
湯に浮かべてと言われて、三郎は少々心配そうに兵助と留三郎を見やった。
伊作はその間に兵助の隣に腰を下ろしている。
「…でも、湯に玩具を入れてはダメって、父上が言ってました」
良いの?と言うように自分達を見てくる視線に、留三郎がにこりと笑って、その髪を撫でる。
「良いよ。ここはお前の家じゃないから、父上の言ったことは絶対じゃないから。それとも、私が良いと言ったことは信用できないかな?」
そう言うと、ふるふると首を横に振って三郎はそのアヒルを湯に浮かべた。
ゆらゆらと動いていくそれを膝立ちで移動しながら、追いかけていく。
「…なんて言うか、流石食満先輩」
思わず呟いてしまうと、はは、と留三郎が笑いを零しながら兵助の方に向き直った。
「何だ、久々知。膝に抱けなかったの、気にしてたのか?」
「聞いてたんですか?」
「まぁ、ばっちり」
なぁ、伊作と言うと、隣にいる伊作が「まぁね」と返事をした。
「子供は正直だからねぇ。自分の中で序列を着けるものだし。最初に上位に来てればなかなか嫌われることはないよ」
「あぁ…まぁ、私、最初で失敗しましたからね……」
そう言って視線を落とした、兵助は自己嫌悪で影まで背負っている。
「そ、そうか…」と何処か焦ったように返事をする留三郎と「頑張ってね」と哀れみを込めて肩を叩いてくる伊作に挟まれて、(善法寺先輩には言われたくないなぁ)と思わず兵助は思ってしまった。
その間も、三郎は無邪気にアヒルの人形を追いかけて、湯船を泳いでいた。