食堂で四人



「あ」「「あ」」
そんな声が交差したのは食堂の前だった。
三郎が小さくなっているのは、隠していたわけではないがそこそこ広まっていたらしい。
竹谷と雷蔵は結局三郎を食堂まで連れてくることにしたのだ。
夕飯の時間はいつもとほぼ同じくらいだった。
そのせいもあったのだろう、丁度兵助と鉢合わせしたのだ。
兵助の顔を見れば一瞬三郎はどうしようと言うように竹谷と雷蔵の方を見上げた。
兵助も悩むように三人を見つめる。
「三郎、話しかけるんじゃなかったの?」
と、雰囲気を察したのか雷蔵はそっと三郎の背中を押した。
その仕草に三郎は悩みながら小さく頷く。
うん、と小さく呟きながらじっと兵助の方を見つめた。
兵助の方はと言えば、先に行ってしまった方が良いのかと竹谷と視線を合わせて、それから踵を返そうとしていた。
「あ、あのっ…!」
とそんな時、後ろから声が上がる。
小さな、それでも必死さが伝わってくるような声に思わず足を止めた。
「ご、ご飯、一緒に…」
そう言われて兵助の目が輝く感じがした。
「さっきは…ごめん、なさい。びっくりして…それで、泣いて怒られるかと思って…。だから」
そう言って三郎が雷蔵の袴の裾を持ったまま、じぃと兵助を見上げてきた。
「…ダメ?」
だめ押しだった。
断るわけ無いだろう!と言いながら抱きしめたいのをやっぱり堪えつつ、兵助は「うん、一緒に食べような」と理性を総動員して頷く。
一緒にという言葉がはっきり耳に届いたのか、三郎は雷蔵と竹谷を見上げてにっこりと笑みを向ける。
良かったね、と言うとそれに「うん」と大きく頷いていた。
其の様子を余所に、兵助にも春はやってきていた。
中秋と言うのに、彼の周りの空気だけは小春日でも当たっているかのようにふわふわしている。
(嫌われた訳じゃない!私にはまだ希望が残っているんだ!)
と言い出しそうな空気を出している友人を竹谷は何となく可哀相な者を見る目で見てしまった。
「雷蔵、俺、ちょっと兵助がわかんない…」
「まぁ、恋は盲目って言うし…」
そういうもんかなぁ、と言いながら4人は食堂へと足を踏み入れたのだった。

いつもの席に、多少並びが違う感じで座るのは違和感はあれど幸せだなぁと兵助は思っていた。
小さい三郎は戸惑いながらも、自分の隣に腰を下ろしている。
普段、三郎はどんなにあっても雷蔵の隣を譲らないのに、今日は向かい合わせでも文句を言わないのだ(普段、向かい合わせは兵助である)。
躾もちゃんとされているのだろう、三郎の食事マナーはとても綺麗だった。
見事な三角食べだし、好き嫌いも(14歳の時よりも)無い様に見える。
減量の為と言って野菜ばかりで肉や魚はおばちゃんの目を盗んで、いつも竹谷にやっていたのだから。
「あー!鉢屋先輩だー!」
そんな声が上がったのは、一年生が食堂に入ってからだった。
「乱太郎、きり丸、しんべヱ」
こんばんは、と雷蔵が言うと「不破先輩、竹谷先輩、久々知先輩、こんばんわー」と挨拶をする。
一年生はやっぱり可愛いなぁと何となく口元もゆるみがちだ。
「鉢屋先輩が小さくなったって本当だったんですねぇ」
わぁ、可愛い、と乱太郎が顔を近づけてきて、三郎が少しだけ兵助の方へと体を寄せた。
「耳に入るの早いなぁ」
と笑いながら言えば、まぁねぇと言って三人は顔を見合わせて笑った。
「朝、三治郎と虎若が大騒ぎしながら教室に入ってきたんですよー。委員会の時に5年の誰かに隠し子が居たのを見たって。竹谷先輩がどっか連れてったから、ろ組の誰かじゃないかって」
ハチ…なんで見られてるんだよ、と雷蔵は竹谷の方に視線をやった。
はは、と焦ったように笑みを零しつつ、「それでー?」と誤魔化すように続きを促した。
「はい、それで私が委員会の時に新野先生と善法寺先輩が話しているのを聞いて。それで、善法寺先輩がわくわくしながら探してたから、気を付けた方が良いですよって言おうと思って」
むしろ話の中心はそこだったんじゃ、と思ってしまう。
だが、そうやってずれてしまうのは流石一年は組とも思ってしまった。
「あ、あと食満先輩も子供好きだから。委員会に行ったらきらきらしながら見つけたら遊ぶんだー!って言ってましたぁ」
「それにタカ丸さんも。子供になってるんだったら髪見せて貰えるかもって言ってたっすよ」
言われた言葉に、三人の動きがびしりと止まった。
どういう意味だろう、と一瞬、笑みも凍り付く。
「えぇと、それは話しているのを聞いたの、かな?」
「食満先輩は行ったら、そう言ってたけどー」
「タカ丸さんには教えて上げたら、そう言ってました」
ねー、ときり丸としんべヱが顔を見合わせながら声を合わせる。
(((ってか、お前等が言いふらしたのか!!!)))
タカ丸の髪と食満先輩が遊ぶというのは、まだ良い。
善法寺先輩がわくわくしながら探しているというのは、正直どういう事かさっぱりだった。
確かに保健委員長だけれど、医学にも興味がある(過ぎる感じもあるが)とは言っていた。
まさか…症例を調べると言って、と兵助の頭の中にはそこまでが浮かぶ。
半ば、作戦会議でも立てそうな三人を余所に、乱きりしんの三人は三郎へと群がっていた。
「可愛いねぇ、先輩」
「俺等より小さいんだぁ」
「私達のこととか覚えてないんですかぁ」
珍しい者を目の前にしたときに、子供というのはやたらと積極的だ。
急に自分よりも大きな子達に迫られて、三郎はずずとまた兵助の方へと体を寄せる。
そして、きゅとその着物の裾を握った。
くん、と引かれる感触に兵助が視線を横にやれば、怯えたような様子で自分の着物に縋っている三郎が見えた。
(三郎が!さっきまで私の事に怯えてた三郎が…!!)
あ、また兵助に春が来てる、と流石に三回目(二回目は隣に座ったとき)になれば雷蔵も竹谷も慣れるらしい。
大変無感動にその様子を見つめている。
「君達も夕飯食べなくて良いのか?おばちゃん、睨んでるよ」
兵助がそう言ってやれば、三人組は「はーい、じゃあ、先輩達またー」と手を振って、カウンターの方へと向かう。
その瞬間にすと強ばっていた三郎の体から力が抜けるのが解った。
こういう所も可愛いなぁと思ってしまうのは、もはや末期だと自分でも思う。
遠ざかっていく三人を見ながら、三郎がちらりと兵助の方を見上げて、へらと笑みを向けてそれからすと離れて、また箸と茶碗を手にした。
あぁ、もうっ…!と微かに震えながら兵助も箸を取った。

今日も今日とて、彼は豆腐の入っている定食だ。
冷や奴に何も掛けずに、一口食べようとしてふと隣を見ると、三郎は里芋の煮っ転がしを箸で掴んでいた。
行儀がしっかりしていると言っても、まだ滑りやすい物は上手く掴めないらしい。
思わず応援したくなるくらいの真剣さでそれに挑んでいた。
「あ」
と、それが器から姿を覗かせた瞬間箸が少々大きく交差する。
そして、ぽとり、とそれは卓に落ち、ころころと転がって床に落ちた。
三郎はそれをじっと見つめて、それからこわごわと周りを見つめた。
その目は「怒る?」と訴えかけているようで、食卓の間にしぃんとした沈黙が一瞬の落ちる。
う、と微かに三郎の唇が震えた。
「だ、大丈夫だよ、三郎!怒ったりしないよ?僕の煮っ転がし食べる?」
「あ、俺の魚も一口要るか?」
「わ、私も!私の冷や奴も!」
わっと宥めるように、群がっても三人の顔から笑みは消えてなかった。
可愛い、幾ら雷蔵と竹谷にとっては友人でも、子供のこの表情は可愛いと素直に思ってしまう。
「えっと、じゃあお豆腐…」
と、自分の食事にはない冷や奴を選択した。
じゃあ、と兵助が何も着けてないそれを一口、箸に乗せて差し出すが、じぃっと三郎はそれを見つめたままだ。
何かあるのかと首を傾げるとおずおずと彼は「お醤油は?」と逆に問い返される。
醤油?と兵助はぽかんとしてしまった。
無類の豆腐好きの彼は、豆腐を味わうときに薬味を使ったことなどない。
だが、目の前の愛しい人はそれに調味料を要求しているのだ。
どうしようと考え込んでしまったのを見て、竹谷がすと取り皿を差し出した。
「……兵助、お前これに乗っけて、醤油かけてやれば良いじゃん」
そう言われて、兵助の目が見開かれた。
「そうか、はっちゃん、あったまいいー」
「……気付かないお前が変だよ」
だが、その言葉は既に兵助の耳には届いていなかった。
差し出された皿に豆腐を盛りつけて、それに醤油を垂らして三郎に渡す。
「ありがとー、へぇすけ」
と名前まで呼ばれて、彼は舞い上がりそうだ。
周りに花でも飛んでいそうな兵助ともらった豆腐を美味しそうに食べる三郎。
それを見ながら竹谷と雷蔵は思わず溜息を吐いてしまった。
「まぁ、何にせよ…」
「そうだね、仲直り出来て良かった、かな」
それくらいしか、今は言葉に出来なかった。