友人二人

「にしても、びっくりだよなぁ。これが三郎とか、俺、ちょっとショックだ」
そう呟いて竹谷は目の前で、また残りの饅頭を食べている三郎へと目を向けた。
「俺がお茶出したらありがとーございますって言うんだぜ、この子。普段の三郎なら『おう』だけなのにさぁ」
世も末だなぁ、と言いながら彼はごくんと大きく喉のを鳴らした子供を見つめた。
最初見た時、大泣きした妙な子供だと思っていたが、押入に閉じこもって、変装をし直し、泣きはらした目を何とか隠しながら、名前を聞かれて「鉢屋三郎、6歳です。ごめいわくをおかけして、すいません」と言ったときには本当にぽかーんとしたものだ。
あの三郎が、と自分も雷蔵も同じ反応だったけれど。
「まぁ、普段が普段だったしね。でも、一年生の時はまだ、片鱗はあったよ?」
そう言いながら雷蔵は覚束ない手つきで、着物を直していた。
三郎の荷物の中から引っ張り出したのは一年生の時の着物だ。
色は、制服自体が持ち上がりなので、紺色で大分小さい物だ。
あわせてみても、やっぱり丈が大分大きかった。
それを仮縫いで何とか持たせようと考えたのだ。
残りはこういうのが得意な先輩に頼むつもりでいる。
「あー…まぁ、言われてみればだけど」
「それにしても…兵助、ホントどうしよう」
はぁ、と溜息を吐きながら雷蔵は三郎の服を膝へと置いた。
それを見ながら、三郎は不思議そうな顔をしながらお茶を啜っている。
「頭冷やしてくるって言ってたし。自分でなんとかするだろうけどさ」
そう言って三郎をちらと見やった。
視線を向けられると、彼はちょこんと座ったままきょとんと首を傾げてこちらを見てくる。
あの三郎にもこんな時期があったのか、と竹谷は思わず遠い目をしたくなった。
「でも、何でこんな風になっちゃったのか…」
うーん…と雷蔵が声を零した。
これは雷蔵でなくても悩むよなぁと竹谷も思う。
兵助の部屋に泊まるとは昨日の夜三郎自身が言っていたらしいから、彼の部屋にどういう事かと聞きに言ったがあの様子では知るわけも無さそうだ(もし原因ならもっと別の反応をするのだろう)。
本当に突発的に、三郎だけがこんな事になってしまっていた。
異常事態としか言いようがないが、原因を探ってみないと元に戻す方法も見いだせなかった。
「取りあえず、新野先生に見せようとは思うんだ。病気…では無いと思うけど。もしかしたら何か知ってるかも知れないし…」
「そうだな。まぁ、見せないよりはマシだろうけど」
こくん、と最後の饅頭を食べ終わって三郎がちょこんと手を合わせる。
「ごちそーさまでした」
そう言ってこちらを見上げてくる無邪気な様子は雷蔵と言われても遜色ない気がした。
「よし、食べ終わったらちょっとお兄ちゃんと一緒に遊びに行こうか」
そう言って直している最中の着物を雷蔵が膝に置く。
「じゃあ、俺これ食満先輩に頼んでおく。その間に連れてってくれる?」
「解ってる。三郎、良い?」
そう言うと、三郎はちらりと竹谷の方を見た。
最初に見つけて声を掛けてくれたせいか、三郎は竹谷の方に懐いている。
暫く悩むように視線を彷徨わせた後、「はい」と言って頷いた。
「後で俺もちゃんと行くからな。良い子にしろよ」
そう言って頭を撫でると三郎は「はい」と嬉しそうに頷いた。

ころんと廊下に寝転がって、むせび泣いていた兵助は漸く正気に戻っていた。
一頻り泣けば大分落ち着いてきたらしい、取りあえず部屋に戻って着替えることにした。
制服を着て、髷を結う。
やらかしたなぁと思いつつも、抱きしめたときの柔らかい子供特有の感触は忘れられなかった。
「…可愛かったなぁ、三郎」
思わず呟いた言葉は何処か空しく自分の耳に返ってくる。
もうちょっと、もうちょっと…考えてれば良かったとか、あとちょっと抱っこしてれば良かったとか、様々な後悔が押し寄せる。
はぁ、と溜息を吐きながら廊下に出ようと障子を開けると、向こうから三郎の手を引いて歩いてくる雷蔵の姿を見つけて、慌ててそれを半分ほど閉じた。
さっきの今だ、流石に怯えられるかも知れないと、考えてしまう。
それを三郎もばっちりと見ていた。
部屋を通り過ぎた頃、雷蔵の手をくい、と引く。
「さっきの…」
「うん?」
「さっきのお兄ちゃんは…来ないの?」
「さっきのって、ハチ?」
と竹谷の名前を出すと三郎は緩く首を横に振った。
「さっき、私を抱っこした、お兄ちゃん」
「兵助の事かな?」
うん、と三郎が頷いた。
あぁ、そう言えば部屋の前を通ったなと後ろを振り返る。
微かに見える影に、あー…と声を零しつつ隣を見ると三郎もそれを見つめていた。
流石、英才教育を受けただけはあるとその様子に感心してしまった。
「……怒ってるのかな」
ぽつりと寂しそうに呟いた言葉に、雷蔵は思わず抱きしめたくなった。
でもそれは流石に我慢だ。
そこまで懐いてくれているのか、現時点でも不安はある。
それを必死で我慢しながら、雷蔵はにこりと笑みを向ける。
「大丈夫、多分向こうも、三郎に嫌われてないか心配なんだよ」
そう言われて、三郎は微かに俯いた。
「三郎は?兵助の事、嫌い?」
「…嫌いじゃないけど、やっぱりまだ、ちょっと」
怖い…とくぐもった声で言われて思わず笑いが零れそうになった。 確かに最初にあの接触はまずかった。
それでもあれは兵助の愛情表現で、それは三郎には上手く伝わってないそれだけなのだ。
「怖くないよ。兵助はきっと三郎のこと大好きだから」
「ほんと…?」
ちらりと視線が上がる。
それに「そうだよ」と頷くと、三郎は微かに頬を染めて「そか」と嬉しそうに頷いた。
「だから、次会ったら三郎から兵助に話しかけてみなよ。多分、すっごく喜ぶから」
「うん、解った」
有難う、雷蔵とそう言って笑った笑みは14歳の彼に良く似ていた。

「まぁ、何というか、可愛らしい姿になりましたねぇ」
保健室に行って、取りあえず新野先生に見せたときの第一声だ。
健康診断と三郎には言い含めて、顔は決して晒さないという約束で取りあえず見て貰う。
途中、余程不安だったのか三郎は雷蔵の袴をちょっとだけ掴んでいた。
「こういう症例は見たことがないですからねぇ。突然なったなら突然戻ると言うことはあり得ます。担任の先生には私から詳しい話をしておきますが、一度はちゃんと自分達で報告に行って下さいね。5年生にもなると実習も多いでしょうから」
そう言われて雷蔵ははい、と返事をする。
三郎はと言えば、じぃっと薬棚やら何やら、興味深そうに見つめていた。
それを見ながら新野先生も「まぁ、子供は好奇心旺盛ですから」と笑っている。
「よぉ、雷蔵、三郎、終わったか?」
からと音がして、外から竹谷が顔を覗かせた。
あ、と三郎が声を上げて「ハチー」と手を振った。
それに一瞬目を丸くした後、竹谷も手を振り返しながら傍に座った。
「良い子に出来たかー?」
と頭を撫でながら言うと、うんと大きく三郎が頷いた。
それを見ながらそうかーと竹谷も同じ動作を返す。
「まぁ、ここ数日は様子を見て下さい。その間に私も文献を少々当たってみましょう」
「すいません、先生、お願いします」
そう言って、雷蔵が頭を下げた。
それに合わせるように三郎も「おねがいします」と真似をする。
「何だか、親子みたいですねぇ」
はっはっはっは、と新野先生の笑い声が保健室に響いたのだった。