事の顛末

瞼に朝日が当たって、遠くで雀の鳴き声が聞こえた。
いつもの、晴天の朝だ。
兵助はぐるり、とその朝日から逃げるようにして寝返りを打つ。
冬の朝は実はそんなに得意ではない。
身を切るような寒さに顔だけ出しているのも実は嫌だった。
寝返りを打てば、顔に別の誰かの髪の毛を感じる。
さらさらとしたそれに、兵助はぱちと思い切り目を開けた。
確か、昨日の夜一緒に寝たのは三郎だったはずだ。
寝るときも、鬘は着けていたのに。
びくっと肩を揺らしながら身体を起こして、髪の毛の主を確認しようとした。
布団をさっと取り去れば、そこには見覚えのある顔がある。
「さ、さ、さ、三郎?!」
思わず声を上げれば、その黒髪の主はゆっくりと寝返りを打つ。
「っるせぇな…。寒い、布団返せ」
そう言って伸ばしてくる腕はどう見ても、いや腕だけではなく身体全体も声も仕草も、どう見ても14歳の彼だった。
「三郎!戻ったのか!」
そう言って、伸ばされる腕をとれば、寝起きの悪い三郎はむっとしたように眉根を寄せる。
「寝かせろっつってんのが、……わかんねーのか!この馬鹿豆腐!」
そう言って、繰り出された蹴りは見事に、兵助の鳩尾に決まったのだった。

三郎が元に戻ったという知らせを彼が寝ている間に、雷蔵と竹谷にすれば、その場に正座をさせられて、どういう事かと雷蔵から問い質される羽目になった。
正座してどういう事?と尋ねる雷蔵に、「私だって解らないよ」を繰り返していれば、鬘を片手に兵助の部屋で何とか化粧を雷蔵の物に変えた三郎が戻ってきたのだった。
「三郎!」
と、うれしそうに声を上げて自分に抱きついてくる雷蔵を受け止めながら、三郎は頭にハテナマークを浮かべていた。
「雷蔵?どうしたんだ?何かあったの?」
尋ねると雷蔵はうん、まぁ…と言いながら兵助の方を見やった。
竹谷も兵助を見ながら苦笑を零している。
くわ、とまだ眠たいらしく三郎は欠伸を零しながら、雷蔵の背中をぽんと叩いて、押入へと向かった。
そこから元のサイズの鬘を取り出して被る。
前の通りの自分−というか、雷蔵の変装に戻ればよしなどと呟いていた。
「三郎、もしかして、何も覚えてない…の?」
そんな三郎の背中に雷蔵が遠慮がちに言葉をかけた。
それに、は?と首を傾げながら当人は、訳が分からないという表情を浮かべている。
「覚えてないって、何が?私、何かあったのか?」
そう言いながら、怪訝そうに自分達を見つめる三郎に、三人は顔を見合わせるしかなかった。

ここ1ヶ月くらいの事を聞き終われば、三郎はぽかんとして、それから、顔を赤くして思い切り俯いてしまった。
自分が小さくなった時の事を、事細かに説明されれば途中で「もう、いい、解った」と言って、顔を上げられずにいる。
其の様子に、周りが小さく笑う気配がして何か言い返そうとしても、全部塞がれてしまいそうで、口をぱくぱくと動かすことしかできない。
「でも、不思議だね。急に子供になって、急に元に戻るんだもの。憑き物でも憑いてたのかな?」
そう言って、俯いてとうとう顔を手で覆った三郎の頭を撫でながら、雷蔵が首を傾げる。
14歳に戻っても、扱いが変わってないようにも見えた。
変わって、三郎はと言えば、顔を真っ赤にしながら穴にでも入ってしまいたい気分だった。
小さい頃の自分を見られたならいざ知らず、1ヶ月もそのままで過ごしている。
と言うことは、昔の自分がどんな人間だったかをこの3人には知られていると言うことで。
(どうしよう、死にたい、今、死にたいくらい恥ずかしい!)
うわぁあ、と叫んでここから出ていきたい気分だった。
「もしかしたら、もうちょい素直になれって天罰だったのかもなぁ。普段から天の邪鬼ばっかだったしっ」
竹谷の腹に、三郎の拳がめり込んだのはそこまで言った辺りだった。
げほげほと咽せている竹谷を、涙目になり、肩で息をしながら三郎が見下ろしている。
「兵助!」
「は、はい!」
急に名前を呼ばれて、兵助はすっと背筋を伸ばした。
何を言われるのだろうと、三郎を見ていれば、さっと向き直って来た。
「忘れろ!ここ一ヶ月の事、絶対忘れろ!良いな!」
雷蔵も、ハチもだ!と、続ければ三郎は忍び装束を手にして、部屋を出て行こうとしている。
「ちょっと、三郎、何処行くの?」
「ふ、風呂に行くんだ!」
そう言って、赤い顔で部屋を飛び出す三郎を見ながら、三人は顔を見合わせる。
怒ったような足音は、暫くすれば消えてしまって、もしかして兵助の部屋にでも引っ込んだのかと小さく笑った。
「まぁ、何て言うか…」
「小さいのは素直で可愛かったけどなぁ」
「やっぱり、あれくらいじゃないと…三郎って感じしないね」
そう言って軽く笑って、兵助がすと立ちあがる。
「部屋戻るよ。…ご機嫌取らないといけないみたいだしさ」
「兵助、寂しい?」
と、尋ねられて彼は少しだけ考えるように視線を下に向ける。
それから、うん、と微かに頷いた。
「寂しくないってのは、嘘になるけど。でも、何か、あの三郎みたら安心した。…やっぱりさ、一緒だから。小さい三郎も、今の三郎も、私が三郎を好きなことに代わりはないんだから」
そう言って出ていく兵助の背中を見送りながら、雷蔵と竹谷は柔らかい笑みを浮かべた。
暫くすれば、兵助の部屋から怒鳴り声なんか聞こえたりするのだろうか。
ここ1ヶ月の事を思い出しながら、二人は帰ってきた本当の日常に少しだけ、安堵と、そして寂しさを感じていた。

それから、暫くして。
三郎の実家から、着物の礼の手紙が来て、三郎が悶絶するのはまた別の話である。