初恋
部屋で完全にふて腐れてしまった三郎の様子を見て、まるで釣られるように雷蔵の機嫌も急降下していった。
三郎の言い分としては「私が謝ろうとしたのに。兵助はタカ兄ちゃんと喜八郎さんと仲良くしてて。私の事はどうでも良いんだ」と言うことだった。
それを聞いて竹谷は「あーあ…」と言っただけだったが、隣に居た雷蔵は違うらしい。
満面の笑みの裏には、きっとマグマのような怒りが渦巻いているのだろう。
もはや、兵助が間が悪すぎるだけなのだと言うことを言っても、聞く耳を持ってくれるかどうかすら怪しかった。
それでも兵助の部屋に乗り込んでいかないのは、今、三郎が彼に抱きついているからなのだろう。
三郎が困ったときに雷蔵に泣きつくのは、いつもの事だけれど、それが小さくなってもというのは、少しだけシュールだなぁと思ってしまった。
「…兵助の馬鹿、もう一緒に遊んであげないもん。ご飯もお風呂も全部、雷蔵と一緒にいる」
そう言って、雷蔵の胸に埋まっているのを満足そうに見ている雷蔵に、竹谷は若干恐怖を感じてしまう。
(やっぱり、こいつら怖い……)
しかしそれを口に出さないくらいの賢さは持っているらしい。
「でも、三郎、それで良いのか?ずっと口聞かないし、会わないしで。兵助、落ち込むぞ?」
「へぇすけなんか落ち込んじゃえば良いんだもん」
「ふぅん、じゃあ、その間に兵助はタカ丸さんや綾部や、火薬委員の子とか、クラスの子とかとどんどん仲良くするけど、いいんだ?」
そう、竹谷が問い返すと、びくとして三郎が顔を上げた。
今にも泣き出しそうなそれに、一瞬雷蔵の顔色を窺ってしまうが、そこは怯むわけにはいかない。
怒っている雷蔵は怖いが、兵助も大事な友人であることには変わりないのだから。
(頑張れ俺、男を見せろ、竹谷八左ヱ門!)
と、自分自身にエールを送りながら竹谷は言葉を続けた。
「それは嫌だろう?」
「…や、やだ。だって、へぇすけ、私が一番好きって言ってくれたのに。他に一番が出来てしまう」
そんなのやだやだー、と半泣きで雷蔵にまた抱きついてしまった。
抱きつかれれば雷蔵が「はいはい」と言いながら、背中を軽く撫でてやっていた。
「だったらほら、三郎から仲直りしないと。兵助の一番、とられちゃうぞ?」
そう言って、手を伸ばせば、こくんと三郎は雷蔵の肩口で頷いていた。
「うん…解った」 と、小さく聞こえる声に竹谷はにっこりと笑みを向ける。
ここまで言わないと素直にならないのは、本当に変わらない。
「…でも、変なの。私、雷蔵やハチが別の人と仲良くしてても嫌じゃないのに。へぇすけだったら、凄く嫌だった」
何でだろう、とそっと身体を離しながら三郎は緩く首を傾げた。
6歳くらいならば、その意味が解らないのは無理もないのかも知れない。
女の子なら、まだしも男の子ではそんな話は聞きもしないのだろう。
きゅぅってすると言いながら胸を押さえる仕草を見れば、今度は雷蔵がその髪をそっと撫でた。
「多分ね、三郎は僕達と違う意味で、兵助の事が好きなんだよ」
「らいぞー達とは違うの?」
「そう。三郎は兵助の一番でいたいんでしょ?」
そう言われて、こくんと三郎は頷いた。
「なら、やっぱり違うよ。もし、僕やハチの一番が三郎じゃなかったらどう思う?」
「一番は誰って思う」
「でも、嫌ではないんでしょ?」
こくんと素直に頷かれた頭をまた撫でて、雷蔵は小さく笑う。
「じゃあ、やっぱり違うんだよ。多分ね、三郎は兵助に恋をしてるんだよ」
「恋?」
何それ?と言いたげに、三郎はこてんと首を傾げた。
「うん、そう。一番好き、特別で、自分もその人の一番になりたいって、そんな気持ちの事かな?」
「まぁ、間違いじゃないけどな」
そう言われて、三郎は暫し考えてしまう。
兵助の一番、確かにそれは自分じゃなければ嫌だと思う。
じゃあ、自分にとって一番はどうなのだろうか。
雷蔵は確かに優しいし、甘えたいと思う。
竹谷も一緒に遊んで貰えば楽しいし、やっぱり甘えたい気持ちもあるのだ。
でも、やっぱり一番は…とそこまで考えて、三郎はまたぎゅうと雷蔵に抱きついてしまった。
「まだ三郎には難しかった?」
そう問い返せば、微かに髪が左右に揺れるのが解る。
「…でも何か、すっごく恥ずかしかった」
何でだろう、と小さく呟かれる言葉に二人は小さく笑うばかりだった。
「きっと脈有りですよ」
そう言われて、兵助は面食らった。
落ち込んだ自分の後ろで、何か話していたタカ丸と喜八郎だったが、兵助が振り返った頃には喜八郎だけになっていた。
縁側に並んで、タカ丸が煎れてきてくれたお茶を二人で飲んでいる。
アンタは何処の奥さんですか、と言いたくなるくらい、出されたお茶の場所はさりげなかった。
「私達が見た限り、鉢屋先輩、脈有りですよ」
「…6歳児に何いってんだ、お前」
そう切り返すと、ちらと喜八郎が自分の方を覗き見た。
「でも、脈有りです。私には解ります」
「どの辺が?」
「さっきのあれ、きっと嫉妬ですから」
「嫉妬?」
首を傾げると、喜八郎は「はい」と頷いた。
自分達を見て去っていった様子、それを思い出しても自分から逃げたようにしか見えなかったのに。
それでどうしてそんな結論になるのか、と兵助は首を傾げた。
「…あれは、先輩から逃げたのではなくて。私達と仲良くしていたから面白くないって顔でした。私にも身に覚えがあります」
「お前が言うと説得力有るから不思議だよ」
「独占欲を恥じる物だとは思ってませんから」
「そうか」
はい、と何の臆面もなく言い切られればそれ以上追求する気も起きないというものだ。
「私はタカ丸さんが好きですから。他の誰にも渡したくないですし、誰かと仲良くしているタカ丸さんを見ているだけなんて真似はしません」
「出来ないの間違いじゃないのか」
「そうとも言います」
ふふ〜ん、と鼻歌でも歌いそうになっている喜八郎の横で小さく溜息を吐きながら兵助はちらと雷蔵の部屋を見やった。
先ほど、雷蔵が竹谷を連れてが帰ってきていたようだけれど、中はどうなっているんだろう。
流石にこれくらい距離があるのだからどうしているかなど、知ることも出来ない。
「…でも、多分、先輩が落ち込むことはないと思います。まぁ、間が悪いことを落ち込む必要はあると思いますけど」
「そうだね…」
はは、と視線を下に向けながら返事をすれば、喜八郎がひょいと顔を上げるのか視界の端に映った。
それから、すいと彼が立ちあがってぽんと兵助の肩に手を置く。
「じゃあ、先輩。私はこれで失礼します。…一応、応援しておきますから」
まぁ、頑張って下さい、と言って喜八郎は席を立った。
何、と言おうとして顔を上げれば、後ろに気配を感じて、兵助は振り返る。
「…三郎?」
名前を呼んでやれば、控えめに廊下の柱から頭を除かせる小さな影が見えた。
三郎の言い分としては「私が謝ろうとしたのに。兵助はタカ兄ちゃんと喜八郎さんと仲良くしてて。私の事はどうでも良いんだ」と言うことだった。
それを聞いて竹谷は「あーあ…」と言っただけだったが、隣に居た雷蔵は違うらしい。
満面の笑みの裏には、きっとマグマのような怒りが渦巻いているのだろう。
もはや、兵助が間が悪すぎるだけなのだと言うことを言っても、聞く耳を持ってくれるかどうかすら怪しかった。
それでも兵助の部屋に乗り込んでいかないのは、今、三郎が彼に抱きついているからなのだろう。
三郎が困ったときに雷蔵に泣きつくのは、いつもの事だけれど、それが小さくなってもというのは、少しだけシュールだなぁと思ってしまった。
「…兵助の馬鹿、もう一緒に遊んであげないもん。ご飯もお風呂も全部、雷蔵と一緒にいる」
そう言って、雷蔵の胸に埋まっているのを満足そうに見ている雷蔵に、竹谷は若干恐怖を感じてしまう。
(やっぱり、こいつら怖い……)
しかしそれを口に出さないくらいの賢さは持っているらしい。
「でも、三郎、それで良いのか?ずっと口聞かないし、会わないしで。兵助、落ち込むぞ?」
「へぇすけなんか落ち込んじゃえば良いんだもん」
「ふぅん、じゃあ、その間に兵助はタカ丸さんや綾部や、火薬委員の子とか、クラスの子とかとどんどん仲良くするけど、いいんだ?」
そう、竹谷が問い返すと、びくとして三郎が顔を上げた。
今にも泣き出しそうなそれに、一瞬雷蔵の顔色を窺ってしまうが、そこは怯むわけにはいかない。
怒っている雷蔵は怖いが、兵助も大事な友人であることには変わりないのだから。
(頑張れ俺、男を見せろ、竹谷八左ヱ門!)
と、自分自身にエールを送りながら竹谷は言葉を続けた。
「それは嫌だろう?」
「…や、やだ。だって、へぇすけ、私が一番好きって言ってくれたのに。他に一番が出来てしまう」
そんなのやだやだー、と半泣きで雷蔵にまた抱きついてしまった。
抱きつかれれば雷蔵が「はいはい」と言いながら、背中を軽く撫でてやっていた。
「だったらほら、三郎から仲直りしないと。兵助の一番、とられちゃうぞ?」
そう言って、手を伸ばせば、こくんと三郎は雷蔵の肩口で頷いていた。
「うん…解った」 と、小さく聞こえる声に竹谷はにっこりと笑みを向ける。
ここまで言わないと素直にならないのは、本当に変わらない。
「…でも、変なの。私、雷蔵やハチが別の人と仲良くしてても嫌じゃないのに。へぇすけだったら、凄く嫌だった」
何でだろう、とそっと身体を離しながら三郎は緩く首を傾げた。
6歳くらいならば、その意味が解らないのは無理もないのかも知れない。
女の子なら、まだしも男の子ではそんな話は聞きもしないのだろう。
きゅぅってすると言いながら胸を押さえる仕草を見れば、今度は雷蔵がその髪をそっと撫でた。
「多分ね、三郎は僕達と違う意味で、兵助の事が好きなんだよ」
「らいぞー達とは違うの?」
「そう。三郎は兵助の一番でいたいんでしょ?」
そう言われて、こくんと三郎は頷いた。
「なら、やっぱり違うよ。もし、僕やハチの一番が三郎じゃなかったらどう思う?」
「一番は誰って思う」
「でも、嫌ではないんでしょ?」
こくんと素直に頷かれた頭をまた撫でて、雷蔵は小さく笑う。
「じゃあ、やっぱり違うんだよ。多分ね、三郎は兵助に恋をしてるんだよ」
「恋?」
何それ?と言いたげに、三郎はこてんと首を傾げた。
「うん、そう。一番好き、特別で、自分もその人の一番になりたいって、そんな気持ちの事かな?」
「まぁ、間違いじゃないけどな」
そう言われて、三郎は暫し考えてしまう。
兵助の一番、確かにそれは自分じゃなければ嫌だと思う。
じゃあ、自分にとって一番はどうなのだろうか。
雷蔵は確かに優しいし、甘えたいと思う。
竹谷も一緒に遊んで貰えば楽しいし、やっぱり甘えたい気持ちもあるのだ。
でも、やっぱり一番は…とそこまで考えて、三郎はまたぎゅうと雷蔵に抱きついてしまった。
「まだ三郎には難しかった?」
そう問い返せば、微かに髪が左右に揺れるのが解る。
「…でも何か、すっごく恥ずかしかった」
何でだろう、と小さく呟かれる言葉に二人は小さく笑うばかりだった。
「きっと脈有りですよ」
そう言われて、兵助は面食らった。
落ち込んだ自分の後ろで、何か話していたタカ丸と喜八郎だったが、兵助が振り返った頃には喜八郎だけになっていた。
縁側に並んで、タカ丸が煎れてきてくれたお茶を二人で飲んでいる。
アンタは何処の奥さんですか、と言いたくなるくらい、出されたお茶の場所はさりげなかった。
「私達が見た限り、鉢屋先輩、脈有りですよ」
「…6歳児に何いってんだ、お前」
そう切り返すと、ちらと喜八郎が自分の方を覗き見た。
「でも、脈有りです。私には解ります」
「どの辺が?」
「さっきのあれ、きっと嫉妬ですから」
「嫉妬?」
首を傾げると、喜八郎は「はい」と頷いた。
自分達を見て去っていった様子、それを思い出しても自分から逃げたようにしか見えなかったのに。
それでどうしてそんな結論になるのか、と兵助は首を傾げた。
「…あれは、先輩から逃げたのではなくて。私達と仲良くしていたから面白くないって顔でした。私にも身に覚えがあります」
「お前が言うと説得力有るから不思議だよ」
「独占欲を恥じる物だとは思ってませんから」
「そうか」
はい、と何の臆面もなく言い切られればそれ以上追求する気も起きないというものだ。
「私はタカ丸さんが好きですから。他の誰にも渡したくないですし、誰かと仲良くしているタカ丸さんを見ているだけなんて真似はしません」
「出来ないの間違いじゃないのか」
「そうとも言います」
ふふ〜ん、と鼻歌でも歌いそうになっている喜八郎の横で小さく溜息を吐きながら兵助はちらと雷蔵の部屋を見やった。
先ほど、雷蔵が竹谷を連れてが帰ってきていたようだけれど、中はどうなっているんだろう。
流石にこれくらい距離があるのだからどうしているかなど、知ることも出来ない。
「…でも、多分、先輩が落ち込むことはないと思います。まぁ、間が悪いことを落ち込む必要はあると思いますけど」
「そうだね…」
はは、と視線を下に向けながら返事をすれば、喜八郎がひょいと顔を上げるのか視界の端に映った。
それから、すいと彼が立ちあがってぽんと兵助の肩に手を置く。
「じゃあ、先輩。私はこれで失礼します。…一応、応援しておきますから」
まぁ、頑張って下さい、と言って喜八郎は席を立った。
何、と言おうとして顔を上げれば、後ろに気配を感じて、兵助は振り返る。
「…三郎?」
名前を呼んでやれば、控えめに廊下の柱から頭を除かせる小さな影が見えた。