体育委員長
「最近、三郎、良く兵助と一緒に居るよね」
と、おもむろに雷蔵は外を見ながらつぶやいた。
部屋で四人集まって宿題をしようとなったは良いが、相変わらず三郎の事になると目の色が変わる兵助はささっと終わらせて、今では外で三郎と一緒に遊んでいる。
今日は木登りを下から、はらはらしながら見守っているらしかった。
呟きを耳にすれば、すいと竹谷が視線を上げた。
一番進んでいないのは、彼で雷蔵はもう後1問という所までこぎ着けている。
何処か寂しそうな声音を聞けば、竹谷は「まぁなぁ」と呟いた。
「前まではさ、何をするのにも一番は僕で、次はハチ。それから兵助に言ってたのに。今じゃあ、一番最初に行くのは兵助の所になっちゃって…」
はぁ、と雷蔵は深い深い溜息を吐いた。
「何?雷蔵、もしかして寂しいのか?」
苦笑混じりに尋ねると、彼はそうかも、と今度は浅い溜息を吐いた。
「……なんか、娘を嫁に出す父親みたい」
「それはちょっと大袈裟じゃね?」
と、竹谷は課題に目を落としながら軽く肩を竦めた。
とうの本人は「…大袈裟、かなぁ」とまた溜息を吐いていたが。
木の上に登って、楽しげにその下で自分を見上げている兵助に手を振りながら、三郎はその向こうから何か向かってくる土の盛り上がりを見つけていた。
子供の視界ではどんどんとそれがこちらに向かっているようにしか見えず、三郎はきょとんと首を傾げてしまった。
「もぐら…?」
思わず唇を動かせば、木の下にいる兵助も「は?」と不思議そうな声を上げながら、後ろを振り返った。
もぐらなんて、あの位置から目視できるはずはない。
この学園でそんな物に間違えられるのは、二人くらいだ。
だが、その可能性のあるもう一人は蛸壺ばかりを掘るので有名なだけで、もぐらに近い動きをするわけはない。
もしかして…と後ろを振り返れば、その土の盛り上がりは凄い勢いで此方に近づいてきていた。
「ま…まさか…」
と、兵助の顔が青ざめた。
そうだ、あの動き、あのスピード…間違いなく…と彼の頭の中には自分の先輩の一人である少年の顔が思い浮かぶ。
それとほぼ同時だったかも知れない。
その土の中から、飛び出すように腕が覗いたのは。
「いけいけどんどーん!!」
そんな威勢のいいかけ声と供に、この長い塹壕の作り主−七松小平太が、そこから飛び出してきたのだった。
相変わらず、元気な人だなぁ等という悠長な思考なんか出来るわけがなかった。
ふははははははは、といういつもの笑い声と供に、彼は今まで掘り進めた塹壕から飛び出して、何時も通り華麗な着地を決めている。
それを木の上の三郎はぽかーんと口を半開きにしてみていた、勿論、兵助もだったが。
庭に出来た巨大な塹壕はどうやら6年長屋から繋がっているらしい。
どうせ、いつものように有り余る体力を消費していたのだろう。
ふぅ、と一仕事終えたという、やり遂げた顔をしてから小平太は漸く、自分を見ている二人の視線に気が付いたらしかった。
「あれぇ?お前等そこで何やってるんだ?」
と、自分の進行方向に居た二人に向かって、小平太が首を傾げた。
その声に三郎は、はっと気が付いたように木から下りて、いつもの通り兵助の後ろに隠れてしまった。
と、言っても多少なりとも興味はあるのか、ひょこりとその小さな頭を覗かせている。
それに小平太も気が付いたのか、ひょいと軽い仕草でしゃがんで三郎と視線を合わせている。
にっこりと人好きする笑みを浮かべられれば、三郎もまた少しだけ顔を覗かせた。
「こ、こんにちは……」
控えめに挨拶をすれば、「おう、こんにちは」と小平太も返事を返している。
「あの…七松先輩……」
控えめに兵助が声を掛ければ、小平太はそちらへと顔を上げた。
「あ、お前、確か五年の…」
あ、覚えてくれているのかと少しだけ安堵した。
「豆腐小僧!」
「久々知です!」
そんな訳はなかった。
はぁ、と軽く肩を落とせば小平太は「悪い悪い」と言いながら笑っていた。
「って、事はこの子が噂の鉢屋なのか。何か予想と全然違うなぁ。不破とそっくりだ」
「まぁ、変装してますからねぇ」
足下で不思議そうに二人を見上げている三郎を見ながら、兵助は目の前の先輩がどうするのか、見守ることにした。
と、言っても何かされそうになれば助けに入らなければならないが。
随分前に、一年は組のきり丸のアルバイトを手伝って、子供をお手玉にしたりとか、背中に乗せて宙に放り出し、それを途中でキャッチしたりとか、随分無茶をしたと聞いた。
と、言っても子供達自身には大受けで、きり丸が一人で大騒ぎする羽目になったのだと、伊助が言っていたのだが。
そうは言っても、は組のいう事だからなぁ、と兵助は首を傾げてしまった。
あほのは組なんて言われているが、たまに正確な情報を持ってきたりするから解らないのだ。
「鉢屋のことだからもっと何かやらかしてくれると思ってたんだけどなぁ」
「……先輩は三郎の事を何だと思ってるんですか?」
「鉢屋だけど?」
と、さも当然の様に返されて、兵助は肩を落とす。
そういうこっちゃないんですが、と言いたいがそれも無駄な気がした。
ぱちぱちと幾度か瞬きをしながら、三郎はじぃっと小平太を見つめる。
土だらけで、穴をここまで掘り進めてきたのは上から見ていたので、凄いというのははっきり解るらしい。
もう一度視線が合えば、小平太はまたにっこりと笑いかけてきた。
「私は七松小平太と言うんだ。鉢屋はさっきまで何をしてたんだ?木登りか?」
自分の事を知っているのだと解れば、三郎はこくんと頷いて小平太の言葉を肯定する。
「そうか。じゃあ鉢屋は高い所がすきなのか?」
好きかと聞かれて、三郎は暫し悩んでしまった。
好き、と言われれば確かにそうかも知れない。
木の上にしても山の上にしても、風が気持ちいいし、景色も綺麗に見える。
うん、と大きく頷けば小平太は「そうか」とまた頷いた。
その会話を聞きながら兵助の背中に冷たい汗が伝う。
何となく、嫌な予感がするなぁと目の前の先輩を見て、思ってしまうのだ。
「じゃあ、お兄ちゃんが高い高いして上げよう」
おいで、と腕を拡げられて三郎はちょっと目を輝かせた。
高い高いなんてしてもらうのは何時振りだろう。
6歳になってやってくれなど誰にも頼めないし、何よりちょっと恥ずかしかった。
でも、目の前の相手は楽しそうに腕を拡げてくれているのだ。
三郎はうん、と大きく頷いてその腕の中に収まっていく。
それを見ながら兵助は、二人と打って変わって顔を青ざめさせていた。
七松先輩の高い高い…それがどんな物であるか何て、ちょっと考えれば解るものだ。
普通のそれな訳がない、このなんでも豪快にやってのける人が通常のレベルでやるものかと兵助は腕の中に入っていく三郎を止めようと腕を伸ばす。
だが、それよりも小平太が三郎を抱き上げる方が早かったのだ。
「ちょっ、先輩、危ないことだけはしないでください!」
「はっはっはっはっは、大丈夫大丈夫!」
と、言いながら小平太は腕の中にいる三郎を思いきり放り投げたのだ。
「あああああ、やっぱり危ない事してるじゃないですか!!!!」
止めてぇ!という兵助の声とは裏腹に、それを繰り返されれば最初は驚いていたものの、三郎は何だか楽しくなってきたのだ。
最初はぽかーんとして、近づいたり遠ざかったりする地面やら、二人の少年を見ていたけれど、何だかそれが楽しくなってしまう。
上に放り投げられながら「へぇすけー、楽しいよー」と手を振ると下の方では「さぶろー!舌噛むから!喋っちゃダメだー!」という兵助の慌てた声が聞こえる。
それに大して楽しそうに「はぁい」と返事をすれば、兵助は「だからー!」と叫んでいる。
「はっはっはっ、ほら鉢屋も喜んでいるじゃないかー」
という小平太の高笑いと、兵助の心配そうな叫び声と、三郎の楽しそうな笑い声が、庭中に響いていた。
と、おもむろに雷蔵は外を見ながらつぶやいた。
部屋で四人集まって宿題をしようとなったは良いが、相変わらず三郎の事になると目の色が変わる兵助はささっと終わらせて、今では外で三郎と一緒に遊んでいる。
今日は木登りを下から、はらはらしながら見守っているらしかった。
呟きを耳にすれば、すいと竹谷が視線を上げた。
一番進んでいないのは、彼で雷蔵はもう後1問という所までこぎ着けている。
何処か寂しそうな声音を聞けば、竹谷は「まぁなぁ」と呟いた。
「前まではさ、何をするのにも一番は僕で、次はハチ。それから兵助に言ってたのに。今じゃあ、一番最初に行くのは兵助の所になっちゃって…」
はぁ、と雷蔵は深い深い溜息を吐いた。
「何?雷蔵、もしかして寂しいのか?」
苦笑混じりに尋ねると、彼はそうかも、と今度は浅い溜息を吐いた。
「……なんか、娘を嫁に出す父親みたい」
「それはちょっと大袈裟じゃね?」
と、竹谷は課題に目を落としながら軽く肩を竦めた。
とうの本人は「…大袈裟、かなぁ」とまた溜息を吐いていたが。
木の上に登って、楽しげにその下で自分を見上げている兵助に手を振りながら、三郎はその向こうから何か向かってくる土の盛り上がりを見つけていた。
子供の視界ではどんどんとそれがこちらに向かっているようにしか見えず、三郎はきょとんと首を傾げてしまった。
「もぐら…?」
思わず唇を動かせば、木の下にいる兵助も「は?」と不思議そうな声を上げながら、後ろを振り返った。
もぐらなんて、あの位置から目視できるはずはない。
この学園でそんな物に間違えられるのは、二人くらいだ。
だが、その可能性のあるもう一人は蛸壺ばかりを掘るので有名なだけで、もぐらに近い動きをするわけはない。
もしかして…と後ろを振り返れば、その土の盛り上がりは凄い勢いで此方に近づいてきていた。
「ま…まさか…」
と、兵助の顔が青ざめた。
そうだ、あの動き、あのスピード…間違いなく…と彼の頭の中には自分の先輩の一人である少年の顔が思い浮かぶ。
それとほぼ同時だったかも知れない。
その土の中から、飛び出すように腕が覗いたのは。
「いけいけどんどーん!!」
そんな威勢のいいかけ声と供に、この長い塹壕の作り主−七松小平太が、そこから飛び出してきたのだった。
相変わらず、元気な人だなぁ等という悠長な思考なんか出来るわけがなかった。
ふははははははは、といういつもの笑い声と供に、彼は今まで掘り進めた塹壕から飛び出して、何時も通り華麗な着地を決めている。
それを木の上の三郎はぽかーんと口を半開きにしてみていた、勿論、兵助もだったが。
庭に出来た巨大な塹壕はどうやら6年長屋から繋がっているらしい。
どうせ、いつものように有り余る体力を消費していたのだろう。
ふぅ、と一仕事終えたという、やり遂げた顔をしてから小平太は漸く、自分を見ている二人の視線に気が付いたらしかった。
「あれぇ?お前等そこで何やってるんだ?」
と、自分の進行方向に居た二人に向かって、小平太が首を傾げた。
その声に三郎は、はっと気が付いたように木から下りて、いつもの通り兵助の後ろに隠れてしまった。
と、言っても多少なりとも興味はあるのか、ひょこりとその小さな頭を覗かせている。
それに小平太も気が付いたのか、ひょいと軽い仕草でしゃがんで三郎と視線を合わせている。
にっこりと人好きする笑みを浮かべられれば、三郎もまた少しだけ顔を覗かせた。
「こ、こんにちは……」
控えめに挨拶をすれば、「おう、こんにちは」と小平太も返事を返している。
「あの…七松先輩……」
控えめに兵助が声を掛ければ、小平太はそちらへと顔を上げた。
「あ、お前、確か五年の…」
あ、覚えてくれているのかと少しだけ安堵した。
「豆腐小僧!」
「久々知です!」
そんな訳はなかった。
はぁ、と軽く肩を落とせば小平太は「悪い悪い」と言いながら笑っていた。
「って、事はこの子が噂の鉢屋なのか。何か予想と全然違うなぁ。不破とそっくりだ」
「まぁ、変装してますからねぇ」
足下で不思議そうに二人を見上げている三郎を見ながら、兵助は目の前の先輩がどうするのか、見守ることにした。
と、言っても何かされそうになれば助けに入らなければならないが。
随分前に、一年は組のきり丸のアルバイトを手伝って、子供をお手玉にしたりとか、背中に乗せて宙に放り出し、それを途中でキャッチしたりとか、随分無茶をしたと聞いた。
と、言っても子供達自身には大受けで、きり丸が一人で大騒ぎする羽目になったのだと、伊助が言っていたのだが。
そうは言っても、は組のいう事だからなぁ、と兵助は首を傾げてしまった。
あほのは組なんて言われているが、たまに正確な情報を持ってきたりするから解らないのだ。
「鉢屋のことだからもっと何かやらかしてくれると思ってたんだけどなぁ」
「……先輩は三郎の事を何だと思ってるんですか?」
「鉢屋だけど?」
と、さも当然の様に返されて、兵助は肩を落とす。
そういうこっちゃないんですが、と言いたいがそれも無駄な気がした。
ぱちぱちと幾度か瞬きをしながら、三郎はじぃっと小平太を見つめる。
土だらけで、穴をここまで掘り進めてきたのは上から見ていたので、凄いというのははっきり解るらしい。
もう一度視線が合えば、小平太はまたにっこりと笑いかけてきた。
「私は七松小平太と言うんだ。鉢屋はさっきまで何をしてたんだ?木登りか?」
自分の事を知っているのだと解れば、三郎はこくんと頷いて小平太の言葉を肯定する。
「そうか。じゃあ鉢屋は高い所がすきなのか?」
好きかと聞かれて、三郎は暫し悩んでしまった。
好き、と言われれば確かにそうかも知れない。
木の上にしても山の上にしても、風が気持ちいいし、景色も綺麗に見える。
うん、と大きく頷けば小平太は「そうか」とまた頷いた。
その会話を聞きながら兵助の背中に冷たい汗が伝う。
何となく、嫌な予感がするなぁと目の前の先輩を見て、思ってしまうのだ。
「じゃあ、お兄ちゃんが高い高いして上げよう」
おいで、と腕を拡げられて三郎はちょっと目を輝かせた。
高い高いなんてしてもらうのは何時振りだろう。
6歳になってやってくれなど誰にも頼めないし、何よりちょっと恥ずかしかった。
でも、目の前の相手は楽しそうに腕を拡げてくれているのだ。
三郎はうん、と大きく頷いてその腕の中に収まっていく。
それを見ながら兵助は、二人と打って変わって顔を青ざめさせていた。
七松先輩の高い高い…それがどんな物であるか何て、ちょっと考えれば解るものだ。
普通のそれな訳がない、このなんでも豪快にやってのける人が通常のレベルでやるものかと兵助は腕の中に入っていく三郎を止めようと腕を伸ばす。
だが、それよりも小平太が三郎を抱き上げる方が早かったのだ。
「ちょっ、先輩、危ないことだけはしないでください!」
「はっはっはっはっは、大丈夫大丈夫!」
と、言いながら小平太は腕の中にいる三郎を思いきり放り投げたのだ。
「あああああ、やっぱり危ない事してるじゃないですか!!!!」
止めてぇ!という兵助の声とは裏腹に、それを繰り返されれば最初は驚いていたものの、三郎は何だか楽しくなってきたのだ。
最初はぽかーんとして、近づいたり遠ざかったりする地面やら、二人の少年を見ていたけれど、何だかそれが楽しくなってしまう。
上に放り投げられながら「へぇすけー、楽しいよー」と手を振ると下の方では「さぶろー!舌噛むから!喋っちゃダメだー!」という兵助の慌てた声が聞こえる。
それに大して楽しそうに「はぁい」と返事をすれば、兵助は「だからー!」と叫んでいる。
「はっはっはっ、ほら鉢屋も喜んでいるじゃないかー」
という小平太の高笑いと、兵助の心配そうな叫び声と、三郎の楽しそうな笑い声が、庭中に響いていた。