図書委員長
「…今日、誰に預ければ良いんだろう?」
朝食の時にふと呟いた雷蔵に竹谷と兵助もすと顔を上げた。
結局あの後、経久が連れてきた侍女から聞いたのは、今日経久は学園長と狩に行くことになったから、面倒は見れないという事だった。
彼女自身もそれに着いていくため、誰も預かれない。
しかも今日は四,五年の共同実習でタカ丸にも預けられないし、そこそこ面識もある一年は組も座学もあるが、今日は殆ど実技であるらしい。
困った、と雷蔵は殆ど食べ終わった状態で腕を組んだ。
経久がダメ、四年生がダメ、一年は組がダメとなれば他に心当たりは一つしかなかった。
「善法寺先輩と食満先輩?」
あの二人は?と兵助が聞くと、あぁ、と竹谷と雷蔵も頷いた。
「そっか、先輩達と三郎は面識があるんだっけ」
「うん、お風呂であったよー」
と、ご飯を食べていた三郎が返事をする。
じゃあ、あの二人にと今日はそこに落ち着いたのだった。
六年は組の教室に行けば、二人はあっさりと承諾してくれた。
「今日は一日何も無いからな。安心して行ってくればいい」
と、留三郎は笑顔で三人を送り出してくれた(それでも、途中まで兵助は三郎と涙の別れを繰り広げていた)。
とはいえ、子供好きの留三郎が三郎と一緒にいて授業に集中できるわけもなく、挙げ句伊作も伊作でその子供にでれでれな留三郎に夢中で同じように教師に怒られる結末が待っていた。
流石に午後は許さないと言われてしまい、三郎を授業が終わるまで別の所に連れて行く事になってしまったのだった。
「すまない、鉢屋、私達が不甲斐ないばかりに…」
と、無駄に熱血なせいか目尻に涙を浮かべながら、昼食の途中、留三郎が謝っていた。
別に良いのに、と三郎は思ってしまう。
「まぁ、この時間ならろ組が暇だから。長次なら…図書室にいるんじゃないかな?」
「あぁ。そうだな、長次なら大丈夫だろう」
「ちょーじ?」
初めて聞く名前に三郎は首を傾げた。
誰だろう、二人の友人だろうかと自分の正面と隣でご飯を食べる人達を交互に見つめた。
「そう。図書委員長なんだ。本を管理する人だよ。彼処なら本もいっぱいあるし、鉢屋君も退屈せずに済むんじゃない?」
「本……」
「あぁ、彼処ならお前でも読めるのがあるしな。ちょっと頼んでみるか」
「そうだねって、あぁ…虫が…」
入ってた、と伊作はいつもの不運に見舞われていた。
「長次、今平気か?」
そう声を掛けて図書室に入ると、奥の方で人影が動いた。
びく、と三郎が自分を連れてきてくれた留三郎の袴にしがみつく。
「ちょっと所用でな。この子をここで預かってて欲しいんだが」
「………不破?」
ちょっとだけ彼の足元から顔を覗かせる子供を見て、長次が最初に発したのは、雷蔵の名前だった。
あぁ、違うと留三郎は首を横に振った。
「お前も聞いてるだろ?鉢屋の方だよ」
「…子供になっても、その格好なのか」
呟かれた言葉に留三郎も苦笑した。
何かいけないことでもしているのか、と三郎が二人を見上げると「気にしなくて良い……」と長次の言葉が降りてくる。
「…まぁ、この子は大人しい子だから。図書室に居ても、問題ないよな」
「本を、汚さなければ…」
そう返事をされて留三郎は「出来るよな?」と三郎を見やる。
うん、と頷くと頭を撫でられた。
じゃあ、頼むなという言葉をかければ留三郎は図書室を後にした。
ばいばいと手を振ると、ひょいと顔を覗かせて、手を振り替えしてくれた。
しぃん、とした空間に二人、取り残されたような形になれば三郎はおずおずと「…本を、読んでも良いですか?」と尋ねる。
こくりと頷かれたのを見れば、出来るだけ物音を立てないようにと、本棚の方へと移動した。
実家の書庫とは違って、ここは良く掃除されているのだろう。
余り埃の匂いがしないと、三郎は自分の手に届く位置にあった本を手にした。
10歳以上の子供ばかりとはいえ、娯楽は必要と考えられているのだろう。
自分でも読める物が幾つか有る。
といっても、実家でそこそこ本を読んでいたので、2年生向けまでは殆ど読めた。
ぱらぱらと初めて目にする本を手にして、彼は奥の方の壁に背を凭れて座り込んだ。
午後、まだ他の学年は授業があるのか人が来る気配はない。
ぱらぱらと中を読んでいれば、時間が経つのは早かった。
ふ、と顔を上げると大分視界も暗くなっている。
そう言えば、と三郎は不意に自分が預けられた人を思い出した。
あの人はどうしてるだろう、と本を棚に直してそっとその棚から、長次の方を覗き見た。
何か作業をしているのか、彼の手元には筆があって、さらさらと動いている。
ひょこと頭を覗かせれば、その気配を気取られたのか長次はふいと顔を上げた。
それにびっくりして、三郎はさっと顔を隠す。
しぃんとした沈黙が二人の間に降りていた。
(怯えられてる……)
長次は子供のそんな仕草を見て、ぼんやりと思った。
元々、子供に怯えられるのは、新入生を委員会に迎えたときから解っていたけれど。
それが嫌なわけではないが、何処か寂しい気もした。
ふ、とまた顔を上げれば本棚の向こうから自分を見つめる子供と視線が合う。
そして、また、彼は隠れるのだ。
(…興味はあるのか)
と、自分に向けられる感情が恐怖だけでは無いことに少しだけ安堵した。
ふ、と視線をカウンターの机の方にやると、差し入れといわれて仙蔵からもらった飴玉があるのを思い出した。
飲食禁止という言葉が頭を過ぎったが、まぁ、これくらいならと彼はその包みを手に取った。
そして、本棚の方を見るとまた三郎がこちらを見ている。
それについと、飴玉の包みを差し出して見せると、顔を引っ込めずにきらと目が輝いたのが解った。
(鉢屋は甘味が好きなのか…)
改めて一つ下の後輩の好みを知ってしまった。
ちょいちょいと手招きをすると、三郎の目は更に輝く。
おずおずと体も全部本棚から現れると、そっちにいっても良いのかどうか、尋ねるように小首を傾げていた。
「飴を……」
食べるか?と唇だけで紡げば、子供は「うん」と大きく頷いた。
そっと包みに手を入れて、子供の口に蜜色の飴玉を放り込んでやれば、にこぉと嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとぉ、長次兄ちゃん」
「……ん」
ふふ、という子供の嬉しそうな声が図書室に響いた。
飴一つで随分なつくものだと、長次は自分の膝に乗って自分の作業を見ている子供へと視線をやった。
今日の自分の仕事は、未返却リストの作成である。
案の定、また文次郎の名前が上位、どこから、第一位に来ていて、彼の眉根が寄った。
それを悟ったのか、三郎はじぃっと長次を見上げた。
「どうかしたの?」
「いや……」
小さく言葉を切るが、子供はじぃと今度は自分が書いている書類を見つめ始めた。
「みへんきゃくって、まだ本を返してないってこと?」
こくんと頷くと三郎は、ふぅんと小さく零した。
「らいぞーがいってたよ。本は決まった日までに返さないとダメって。そうじゃない人の所には、返せって良いに行くんだって。長次兄ちゃんも行くの?」
そう問われて、まぁ確かに間違っては居ないと長次は考えた。
それにしても不破も大雑把に教えた物だと、委員会の後輩の性格を実感する。
実際、勧告は3ヶ月を過ぎた物だけだし、後は冊数によっても変わる。
ちなみに文次郎は…とっくに勧告しに行かなければいけない位に延滞していた。
「長次兄ちゃんが行くなら、私も行くよ。留兄ちゃんが一緒にいなさいって言ったから」
そう言われて、長次は微かに眉根を寄せた。
確かに一緒に居ろと言われたけれど、連れて行くのはと今から行く相手の事を考えた。
留三郎が迎えにくるまでに、済ませてここに戻ればいいのだろうか。
それとも、と悩めば三郎が「それに悪いことをしたんだから、その人を怒るのは当然だって父上も言っていたよ」と続けた。
「…そうか。なら、一緒に来るか?」
そう尋ねると三郎は、うん、と大きく頷いたのだった。
朝食の時にふと呟いた雷蔵に竹谷と兵助もすと顔を上げた。
結局あの後、経久が連れてきた侍女から聞いたのは、今日経久は学園長と狩に行くことになったから、面倒は見れないという事だった。
彼女自身もそれに着いていくため、誰も預かれない。
しかも今日は四,五年の共同実習でタカ丸にも預けられないし、そこそこ面識もある一年は組も座学もあるが、今日は殆ど実技であるらしい。
困った、と雷蔵は殆ど食べ終わった状態で腕を組んだ。
経久がダメ、四年生がダメ、一年は組がダメとなれば他に心当たりは一つしかなかった。
「善法寺先輩と食満先輩?」
あの二人は?と兵助が聞くと、あぁ、と竹谷と雷蔵も頷いた。
「そっか、先輩達と三郎は面識があるんだっけ」
「うん、お風呂であったよー」
と、ご飯を食べていた三郎が返事をする。
じゃあ、あの二人にと今日はそこに落ち着いたのだった。
六年は組の教室に行けば、二人はあっさりと承諾してくれた。
「今日は一日何も無いからな。安心して行ってくればいい」
と、留三郎は笑顔で三人を送り出してくれた(それでも、途中まで兵助は三郎と涙の別れを繰り広げていた)。
とはいえ、子供好きの留三郎が三郎と一緒にいて授業に集中できるわけもなく、挙げ句伊作も伊作でその子供にでれでれな留三郎に夢中で同じように教師に怒られる結末が待っていた。
流石に午後は許さないと言われてしまい、三郎を授業が終わるまで別の所に連れて行く事になってしまったのだった。
「すまない、鉢屋、私達が不甲斐ないばかりに…」
と、無駄に熱血なせいか目尻に涙を浮かべながら、昼食の途中、留三郎が謝っていた。
別に良いのに、と三郎は思ってしまう。
「まぁ、この時間ならろ組が暇だから。長次なら…図書室にいるんじゃないかな?」
「あぁ。そうだな、長次なら大丈夫だろう」
「ちょーじ?」
初めて聞く名前に三郎は首を傾げた。
誰だろう、二人の友人だろうかと自分の正面と隣でご飯を食べる人達を交互に見つめた。
「そう。図書委員長なんだ。本を管理する人だよ。彼処なら本もいっぱいあるし、鉢屋君も退屈せずに済むんじゃない?」
「本……」
「あぁ、彼処ならお前でも読めるのがあるしな。ちょっと頼んでみるか」
「そうだねって、あぁ…虫が…」
入ってた、と伊作はいつもの不運に見舞われていた。
「長次、今平気か?」
そう声を掛けて図書室に入ると、奥の方で人影が動いた。
びく、と三郎が自分を連れてきてくれた留三郎の袴にしがみつく。
「ちょっと所用でな。この子をここで預かってて欲しいんだが」
「………不破?」
ちょっとだけ彼の足元から顔を覗かせる子供を見て、長次が最初に発したのは、雷蔵の名前だった。
あぁ、違うと留三郎は首を横に振った。
「お前も聞いてるだろ?鉢屋の方だよ」
「…子供になっても、その格好なのか」
呟かれた言葉に留三郎も苦笑した。
何かいけないことでもしているのか、と三郎が二人を見上げると「気にしなくて良い……」と長次の言葉が降りてくる。
「…まぁ、この子は大人しい子だから。図書室に居ても、問題ないよな」
「本を、汚さなければ…」
そう返事をされて留三郎は「出来るよな?」と三郎を見やる。
うん、と頷くと頭を撫でられた。
じゃあ、頼むなという言葉をかければ留三郎は図書室を後にした。
ばいばいと手を振ると、ひょいと顔を覗かせて、手を振り替えしてくれた。
しぃん、とした空間に二人、取り残されたような形になれば三郎はおずおずと「…本を、読んでも良いですか?」と尋ねる。
こくりと頷かれたのを見れば、出来るだけ物音を立てないようにと、本棚の方へと移動した。
実家の書庫とは違って、ここは良く掃除されているのだろう。
余り埃の匂いがしないと、三郎は自分の手に届く位置にあった本を手にした。
10歳以上の子供ばかりとはいえ、娯楽は必要と考えられているのだろう。
自分でも読める物が幾つか有る。
といっても、実家でそこそこ本を読んでいたので、2年生向けまでは殆ど読めた。
ぱらぱらと初めて目にする本を手にして、彼は奥の方の壁に背を凭れて座り込んだ。
午後、まだ他の学年は授業があるのか人が来る気配はない。
ぱらぱらと中を読んでいれば、時間が経つのは早かった。
ふ、と顔を上げると大分視界も暗くなっている。
そう言えば、と三郎は不意に自分が預けられた人を思い出した。
あの人はどうしてるだろう、と本を棚に直してそっとその棚から、長次の方を覗き見た。
何か作業をしているのか、彼の手元には筆があって、さらさらと動いている。
ひょこと頭を覗かせれば、その気配を気取られたのか長次はふいと顔を上げた。
それにびっくりして、三郎はさっと顔を隠す。
しぃんとした沈黙が二人の間に降りていた。
(怯えられてる……)
長次は子供のそんな仕草を見て、ぼんやりと思った。
元々、子供に怯えられるのは、新入生を委員会に迎えたときから解っていたけれど。
それが嫌なわけではないが、何処か寂しい気もした。
ふ、とまた顔を上げれば本棚の向こうから自分を見つめる子供と視線が合う。
そして、また、彼は隠れるのだ。
(…興味はあるのか)
と、自分に向けられる感情が恐怖だけでは無いことに少しだけ安堵した。
ふ、と視線をカウンターの机の方にやると、差し入れといわれて仙蔵からもらった飴玉があるのを思い出した。
飲食禁止という言葉が頭を過ぎったが、まぁ、これくらいならと彼はその包みを手に取った。
そして、本棚の方を見るとまた三郎がこちらを見ている。
それについと、飴玉の包みを差し出して見せると、顔を引っ込めずにきらと目が輝いたのが解った。
(鉢屋は甘味が好きなのか…)
改めて一つ下の後輩の好みを知ってしまった。
ちょいちょいと手招きをすると、三郎の目は更に輝く。
おずおずと体も全部本棚から現れると、そっちにいっても良いのかどうか、尋ねるように小首を傾げていた。
「飴を……」
食べるか?と唇だけで紡げば、子供は「うん」と大きく頷いた。
そっと包みに手を入れて、子供の口に蜜色の飴玉を放り込んでやれば、にこぉと嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとぉ、長次兄ちゃん」
「……ん」
ふふ、という子供の嬉しそうな声が図書室に響いた。
飴一つで随分なつくものだと、長次は自分の膝に乗って自分の作業を見ている子供へと視線をやった。
今日の自分の仕事は、未返却リストの作成である。
案の定、また文次郎の名前が上位、どこから、第一位に来ていて、彼の眉根が寄った。
それを悟ったのか、三郎はじぃっと長次を見上げた。
「どうかしたの?」
「いや……」
小さく言葉を切るが、子供はじぃと今度は自分が書いている書類を見つめ始めた。
「みへんきゃくって、まだ本を返してないってこと?」
こくんと頷くと三郎は、ふぅんと小さく零した。
「らいぞーがいってたよ。本は決まった日までに返さないとダメって。そうじゃない人の所には、返せって良いに行くんだって。長次兄ちゃんも行くの?」
そう問われて、まぁ確かに間違っては居ないと長次は考えた。
それにしても不破も大雑把に教えた物だと、委員会の後輩の性格を実感する。
実際、勧告は3ヶ月を過ぎた物だけだし、後は冊数によっても変わる。
ちなみに文次郎は…とっくに勧告しに行かなければいけない位に延滞していた。
「長次兄ちゃんが行くなら、私も行くよ。留兄ちゃんが一緒にいなさいって言ったから」
そう言われて、長次は微かに眉根を寄せた。
確かに一緒に居ろと言われたけれど、連れて行くのはと今から行く相手の事を考えた。
留三郎が迎えにくるまでに、済ませてここに戻ればいいのだろうか。
それとも、と悩めば三郎が「それに悪いことをしたんだから、その人を怒るのは当然だって父上も言っていたよ」と続けた。
「…そうか。なら、一緒に来るか?」
そう尋ねると三郎は、うん、と大きく頷いたのだった。