結婚が決まったのは数日前のことだった。
何とも、勢い任せに近いプロポーズを全員で済ませて、親にも話をして、式のことなど色々決めた後会社に報告した。
勿論、新婚旅行に行くための休暇をもらうためだ。
結婚しますと上司の立花に報告すれば、彼の眼は一瞬軽く見開かれ「そうか」とだけ言われた。
それからすぐに2週間ほどの休暇を貰った。
だが、問題はそれからだった。
三郎の周りは彼の結婚の話でもちきりになってしまったのだ。
まさか、と立花に周りに話したのかと聞けば、彼は首を横に振った。
「幾ら私でも、そこまで悪趣味じゃないな」
という返事が返ってきた。
確かにと三郎もその返事に納得したのだった。
誰か、同僚にでも聞かれていたのではないかと二人で結論を出した。
立花は「こういう話題は皆好きだからな、暫くは我慢しろ」と諭してくる。
その言葉に、三郎は「そうですね」とため息交じりに返事を返しただけだった。
しかし、三郎にとって自分が話題の的にされるということはこの上なく耐えがたいことだったのだ。
最初のうちこそ、嫌々ながらも返事をしていたのだが、そのうち、結婚相手の性別と人数が割れてからはそれはひどいものになった。
周りの対応ではない、聞かれる内容が、だったのである。
「ねぇ、結局鉢屋君はさ、どっちなの?」
そう同僚の女性に聞かれた時に、三郎は持ってきていた兵助手製の弁当を食べていた箸を落としそうになるほどだった。
まさか、これを聞かれるとは思っていなかったのだ。
最初はそれこそ相手はどんな人なのかとか、抵抗はないのかとか、様々だったが。
単刀直入にしかも笑顔で聞かれたとあっては、唖然とするしかなかった。
「な、何、それ。どういう……」
意味かと聞きそうになれば女たちは視線を交わしつつ、「そりゃあ」「ね、一つしかないよね」と言葉を交わしていた。
あぁ、やっぱりかと三郎は話に餓えた女というものを少しだけ嫌悪した。
実際、社内で仲の良い男達も聞いてこなかったわけではない。
適当にはぐらかしはしたが、まさかこれを女性に聞かれるとは思わなかった。
「だって気になるじゃない」
「そうそう。結婚だよ?つまりはそう言うこともしてるんでしょ?」
「ねぇ、ねぇ、良いじゃない教えてくれたって」
きゃあきゃあと煩い声を聞きながら三郎は思わずため息をついてしまった。
何でそんなことを話さなければいけないのかと本気で言ってやろうかと思ってしまった。
とはいえ、それでブーイングされてしまっても面倒だと三郎はどうしたものかと視線を時計に向けた。
昼休みもそろそろ終わる。
適当にはぐらかすかと決めて、彼は話を逸らすことに決めたのだった。
「ただいまぁ…」
彼が家にたどり着いたのは夕方の6時頃だった。
疲れきった様子の三郎を見て、兵助はきょとんとしてしまった。
雷蔵と竹谷はまだ家に帰ってきていない。
それでも7時の夕飯には間に合うように帰ってくると連絡は受けていた。
完全に憔悴している三郎はふらふらと、荷物を置くこともせずにリビングのソファに向かう。
キッチンでは今夜の夕食、ロールキャベツが出来上がり始めていた。
「三郎、今日何かあったのか?」
エプロンをつけたまま、兵助はソファに寝そべっている三郎を覗き込んだ。
んぁ、と間抜けな声を上げながら三郎はそんな兵助を見上げる。
半目に近い彼の眼を見れば、兵助は更に首をかしげてしまった。
今日、そんなに疲れることがあったのだろうかと、言葉を促すようにじっと見つめる。
その意図が分かったのか、三郎はあぁ、と小さく声を零した。
「…もう、会社やだ」
その言葉に兵助は更に不思議そうに目を丸くした。
「やだって、そんなに仕事多いのか?」
「いや、仕事は別に対して変わってない。どっちかっていうと…さ」
「うん」
「人間関係っつーの、それが今面倒で…」
はぁ、と盛大に吐かれたため息に兵助は小さく笑ってそっと手を伸ばした。
柔らかい猫っ毛を撫でてやれば、三郎は、んだよ、と少々不満そうにしている。
恨めしげに見上げてくる半目に笑って、兵助はひょいとソファの背もたれに腰掛けた。
少し体がずれればそのまま三郎の体の上に落ちかねないくらい身を乗り出すと三郎は、こっちに来いという様にスペースを開けた。
それが解れば、兵助はそのままソファに座り直して、それから自分の膝をぽんと叩く。
「何だよ……」
と、呟く三郎に兵助は「膝枕」とにっこりとした笑顔で言い放つ。
「良いじゃないか、二人きりなんだし。雷蔵も、はっちゃんももうちょっと帰ってこないよ」
だからほら、と言われれば三郎は小さく唇をかんだ後、しょうがないと言うようにソファに寝そべって、兵助の膝に頭を乗せた。
それに満足そうにした兵助は、その頭にぽんと手を乗せた。
まるであやす様になでる手に、三郎は微かに眉根を寄せた。
別に嫌ではない、嫌ならばすぐに振り払うはずだと兵助はそれにも笑いがこぼれそうだった。
「もう、行きたくないんだよ……」
そう呟かれれば、兵助は緩く首をかしげた。
長い黒髪がさらり、とその肩から落ちる。
「…人間関係が面倒だから?」
そう問えば、三郎ははぁと盛大に溜息をついた。
「最初は…良かったんだよ、まだ。適当に返事してればよかったんだけど。でもさ、最近は…もう面倒で……」
「嫌なこと聞かれるとか?」
「お前、そんな所だけ鋭いんだな…」
そうだよ、と小さく返事をして三郎は微かに瞬きをした。
「それなら、会社辞めればいいじゃないか。収入なら私と雷蔵とはっちゃんで十分だし」
「んでだよ。それって専業主夫になれってことか?」
「主夫は私だから、三郎は家で好きなことしてればいいよ」
そう言われれば三郎は、むっとしたように眉根を寄せた。
「それは…嫌だ」
「何で?」
「退屈じゃないか」
「なら、我慢して通うか、暫く休むかだね」
そう言われれば、三郎はぱちりと一度だけ大きく瞬きをした。
「暫く…休む?」
「そう。ほとぼりが冷めるっていうか、まぁ周りも落ち着いてくれば色々聞かれる事もなくなるんじゃない?」
そう言われれば、三郎は「そっか!」とそのまま起き上がる。
「な、なんだよ、三郎?」
それに驚いたのか、兵助はきょとんとして三郎を見てしまう。
良いことを思いついたという彼の様子に更に不思議そうに首をかしげれば、三郎は悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「そっか、うん。休めばいいんだ」
「三郎?」
「有給も溜まってるし、いっそぱーっと使えばいいんじゃないか。仕事ももう一段落しそうだし」
「はい?」
「兵助、私は休むぞ!一か月くらいぱーっと有給を使ってやる!」
そう言って三郎は拳を握りしめる。
完全に心を決めたらしい三郎は兵助の言葉など届いてない様子だった。
次の日、三郎は有給の申請を無理矢理通したのだった。
これで一か月、三郎は毎日休みだ、いろいろ出来る!と三人の夫は行きこんだのだが…。
同時に兵助は取材旅行、竹谷は出張が入ってしまい、二人は悔し涙を零すことになったのだった。
結局最後に笑うのは雷蔵なのかと、出際に二人はさんざん嘆いたという。