妹経由の元カノ爆弾発言


急に来た、妹からのメールは竹谷を動揺させるには十分だった。
「お兄ちゃん、あの子、今でもお兄ちゃんのこと好きだったんだって」
たったその一言で竹谷は高校時代を思い出した。
彼には年子の妹がいる。
彼に似て、動物好きな彼女にはこれまた同じように動物好きな友人がいたのだ。
飼育委員というのが彼の高校にはあって、そこで二人は知り合った。
竹谷にとっては彼女は単に妹の友人だったが、彼女にとってはそうではなかったと知ったのは高校三年生の夏だった。
妹を仲介として行われた告白を彼は「そうなんだ、ありがとう」で済まそうとしたが、妹に強引に押し切られて付き合うことになったのだった。
あまり気乗りしない付き合いだったが、持前の優しさのせいかそれとも単にあまり割り切らない性格だったのか、彼女との付き合いは何だかんだと大学生になって三郎達と出会うまで続いた。
彼女はとても優しく、控えめで大人しい女性だったが、竹谷が大学に入って一目ぼれしたのはそれとは真逆ともいえる男―鉢屋三郎だったのである。
それまであった彼女との緩慢で柔らかい時間とは違う、刺激的で自分から彼を幸せにしたいと思うような時間を彼は過ごしてしまったのだ。
悪戯好きで、皮肉屋で、人間が好きかと思えば唐突に突き放したりするような、でも、どこか放っておけない脆さが垣間見える三郎を竹谷は守りたいと思ってしまった。
そうなっては彼の性格上何時までも彼女と付き合っていることはできなかった。
一目ぼれを自覚して三ヶ月目、彼はその彼女と別れることを決めたのである。
彼女からの返事は「何となくそんな気がしていた」ということだった。
電話もメールも離れてから少なくなったし、全部彼女からだった。
終わりは向こうの方が早くから自覚していたのかとそこで初めて理解したのだ。
妹から来たメールに「そうなんだ」とだけ返せば、竹谷はそれをベッドサイドへと置いた。
返事が来ても無視しようと心に決めた。
妹のことだ、他に何かないのだとか言ってくるだろうけれどそれも今は見たくはなかった。
結婚式の前に入籍して、予定通り四人して新居に引っ越して今ではその生活にも慣れ始めていた。
三郎が面倒臭がってベッドを買わなかったために、彼の寝床は毎日変わる。
今晩、彼は自分のところにやってくる。
先に風呂に入ってろと言われていた為か三郎が来るのをそんなメールを見ながら待つことになったのだ。
ごろごろとベッドの上で転がれば、薄緑色のシーツに包まれた掛け布団に皺が寄った。
久しぶりに布団を干すと言われて兵助に任せたそれはふかふかで眠気を誘うはずなのに、竹谷の眼はやけに覚めてしまっていた。
「ハチ?…お前、何やってんだ?」
さっきから、と続けながら三郎が部屋に入ってくるのがわかれば、あー…うん、などと言いつつ竹谷はすいと手を伸ばす。
おいでと言うような仕草に多少怪訝そうにしながらも三郎は仰向けでこちらを見ている竹谷の顔を覗き込んだ。
のばされた手は、その覗きこんでくる頬に添えられる。
「……何かあったんだろ?」
そう問われれば、ははと笑いを零した。
「やっぱ解る?」
そう聞き返せば、当然だろと返されてしまう。
毎日一緒にいれば、それくらいの変化見逃すわけがないと三郎はよく言う。
意外とちゃんと自分たちのことを見てくれているのだとわかるのだ。
伸ばした手をそのまま首に回して引き寄せようとすれば、すいと彼は逃げて竹谷の隣に腰を下ろした。
ベッドテーブルに置いた携帯が光りながらふるえて、暫くしてそれはおさまった。
「ハチ…メール来てたけど良いのか?」
そう言われて竹谷は小さくうなずいた。
隣に来るその体に腕をからませようとすれば、それは拒否されない。
ほったらかしという具合だった。
ふざけて「三郎、良いにおいー」と棒読みで言えば「石鹸だろ?」と素っ気なく返された。
「…良いんだよ、返さなくて妹だし」
「あぁ…」
「正確には妹の友達、んで、俺の元カノ」
そう三郎に告げれば、彼の眼が少しだけ開かれるのが分かった。
「…三郎、妬いた?」
「べっつに。…ただ、予想外だっただけ」
擦り寄るように三郎の腿の辺りに唇を寄せれば、何だよと嫌というよりは怪訝そうな声を出された。
それを上目づかいに見て、竹谷は「ん、ちょっと」と呟いた。
「…メールでさ。まだ好きだったって言われて、俺ちょっとドキッとしたんだよね」
そう、正直に白状すれば三郎がため息を吐くのが聞こえた。
「お前、それを私に言うか?」
これでも新妻だぞ?と続けられてしまう。
それでも腰にぎゅと腕をまわして、ごめんといえば三郎は仕方がないと言うようにため息をつくだけだった。
少し拗ねたように視線をそらして、自分の灰色の髪に手を乗せる仕草をするのを視界に入れれば、あぁ少しは気にしてくれているのかと何となくうれしくなった。
「あ、でも、俺が好きなのは三郎だけだからな」
そう、言ってやれば「うるさい」と言いながら少しだけ強く髪を引っ張られた。
あぁ、やっぱり俺はこいつが一番だなぁと思ってそのまま自分の上に重なるようにして三郎を引き倒した。
ぼふとふかふかの布団の上で「何をする!」と怒っている声を聞きながら明日妹にメールして「彼女に俺は幸せって伝えてもらおう」と思った。