鉢屋三郎が自分の三人の夫と初めて床をともにしたのは、結婚するずっと前、大学時代に付き合っていた時だった。
この三人が一番最初に大喧嘩をしたのは、誰が最初に床をともにするのかということだった。
それはもう荒れに荒れて、果ては絶縁寸前にまで行きかけたが、とある一言のせいであっさり解決したのだった。
「言ってなかったけど、私、童貞でもなければ処女でもないよ」
夫達にとっては、衝撃的な事実だったのだ。
「高校の時に両方捨てたけど」
それは特に、雷蔵に多大なショックを与えてしまい、暫く彼は機能を停止するほどだった。
竹谷と兵助は何をそんなに意気込んでいたのかと言うように、部屋の角っ子で買ってきたらしいコンドームの箱をつつきまわしていた。
あわや殴り合いにまで発展しそうになった喧嘩はこの言葉によって締めくくられたのである。
結局、あみだくじで決まった結果最初の夜の営みの権利を得たのは雷蔵であった。
それでも三郎の言葉から受けたショックは大きく、その夜には無理ということで暫くの間、何も起こることはなかった。
そして、次のそのことに関するもめ事は新婚初夜に関してだった。
「ウェディングドレスを脱がすのがいいんじゃないか!」
滅多に熱くなることのない兵助が拳を握ってまで豪語したのである。
元より、そういうプレイを一番好んでいたのは彼であったがまさか、そこにも拘りがあるとは思ってもみなかった。
ウェディングドレスを初夜に新郎が脱がすことが如何に大事であるかを、小1時間ほど語り続けたのである。
ちなみに当初はガータートスもやると言い張っていたが、それは三郎の「離婚するぞ」という言葉で却下となっている。
これには流石に雷蔵も竹谷も引いてしまい、この権利は兵助に譲渡されることになったのである。
三郎曰く「すごく嬉しそうだった」ということだ。
そして、最後は新婚旅行の一日目である。
4人の新婚旅行は沖縄だった。
結婚式自体は11月の末で、寒くなり始めていた。
寒さに弱い三郎の希望で南の暖かいところが良いと言ったためだ。
この時はさほどもめることはなく、竹谷にその権利は移されたのだった。
人間だれしも妙な性癖の一つくらい持っていると三郎は思っていた。
現に自分だって、彼らと付き合い始めてからわかってきた部分もあるくらいなのだが。
まず、一番驚いたのは雷蔵である。
彼とはほぼ、生まれた時からの付き合いにも等しいほどの年月を一緒に過ごしてきた。
昔から時々毒舌になることはあるなぁと思っていたが、それがこちらにも出てくるとは微塵も思っていなかったのである。
最初の頃は、本当に普通だったのだが、一体どういう経緯でそれを覚えたのかわからないが、実は彼は意外とサドの気があることがわかったのだ。
当初はちょっと焦らされたり、からかわれたりすると言う程度だったのだが、それが確信へと変わったのはそれが目の前に晒されてからだった。
雷蔵の部屋に一つの小包が届いた日があった。
その時は家に兵助しかおらず、その小包は開けられることなく雷蔵の部屋へと置かれた。
中身は意外と重く、差出人は通信販売の会社だった。
何処かで見たことのある会社名に首をかしげつつも、兵助はそれをベッドの上に置いたのだった。
かくして、その中身はその日の夜三郎の目の前に姿を現したのである。
それを最初に見た時、三郎はわが目を疑った。
黒い革製の手錠のようなものや、荒縄、その他やけにおどろおどろしいものが入っている。
そう、中身は拘束具セットだったのだ。
「誰でも簡単!SMセット」「簡単に切れる縄、これで事故も安心」などとどこか不安要素が拭えないキャッチコピーの書かれたパッケージを読んで、流石に三郎も逃げ出したくなってしまった。
「ほんとはもっと色々試してみたいのあったんだけどね。初心者にはこのセットが良いって書いてあったから」
少し照れたような顔で言われれば、元来、雷蔵には弱い三郎に拒否権などなかった。
あれよあれよという間に流されて、気がつけばそこに入っていた革製の手錠は一度壊れて、二代目へと姿を変えていた。
そして、次点が兵助だった。
本人いわく結構淡白なのだが、彼の拘りは行為自体ではなかったのである。
「三郎、これを着て欲しいんだ」
付き合い始めて半年後、それを手にして彼はそう言った。
そこには、どう見ても女物のセーラー服がハンガーに掛かっている。
黒のプリーツスカートはこれまたマニアックにひざ下で、襟にはラインが三本、スカーフも安物ではない良い色合いのものを買ってきている。
しかも、胸元にある校章はどう見たって近所の名門お嬢様女子高のものだった。
「お前、これ何処で買ったの?」
「ネットオークションで出てたんだ。似合うと思って」
「…目、大丈夫か?」
「ちゃんと靴下も買ったんだ。白の踝丈」
「いや、聞けよ、人の話」
「着てくれないのか?」
「何処の世界にセーラー服着て喜ぶ男がいるんだよ」
「少なくとも、着てくれたら私が嬉しい」
そう言ってじっと見つめられれば、うっ、と三郎はたじろいでしまった。
雷蔵の照れた表情の次に弱いのが、兵助のこのおねだりだ。
「ダメ?」
だめ押しだった。
結局、渋々ながらセーラー服を着れば、その夜兵助はご満悦で行為に及ぶことになったのだった。
だが、これがいけなかった。
一度許したものは後のものも全部許さなければいけない。
というよりも、甘やかせば相手が調子に乗るかもしれないということをすっかり忘れていたのである。
おかげで、兵助の部屋のクローゼットの一角には男物、女物問わず様々な衣裳が収められることになったのだった。
そして、最も安心できる相手が竹谷であるという事実が、新婚3カ月目の雷蔵の件で発覚することになる。
付き合う前から、そういう話をよくするのは彼であったせいか、ノリがよかったのだ。
しかも、雷蔵や兵助のように物を買ってくるわけではなかった。
彼が買ってくるのは大変健全なことに、AVやら雑誌やらだったのだ。
それらを見ながら、次はこの体位を試してみようというのを二人で話し、それを実行に移すという本当にそれくらいしか特筆するところはない。
ちなみに現在の目標は48手全攻略である。
「…だから、私さ、ハチが一番安心するんだよね、夜は」
ふーっ、と行為後の煙草を吸いながら遠い眼をしながら三郎がつぶやいた。
雷蔵と兵助の話は時々聞いていたけれど、そんな風に言われてはこちらまでせつなくなる。
ぽんと三郎の頭に手を置いてやれば、ちらりと視線が向けられた。
「あの家訓…決めておいて良かったな」
「あぁ…差出人が会社名の小包が届いた日とか特にな」
はは、という乾いた笑いが竹谷の部屋に木霊する。
そんなことを言われているとは知らずに、残りの夫二人―特に雷蔵は明日の金曜の夜が楽しみというように、眠りについていた。