2.下拵えそこそこ、台所で


鉢屋家では家事をする人間が決まっている。基本的には兵助、その次が三郎だった。作家であり、主夫である兵助が忙しい時だけ三郎が家事をすると言うのが決まりである。最初は輪番制にしようかという話も出たのだが、台所は私の聖域だ!と言う兵助の言葉によって今の形になっていた。
なので、三郎であってもキッチンを勝手にいじるわけにはいかないし、余り長く家事をやる事はなかったのだが、今回ばかりは勝手が違った。
「取材旅行で1週間、海外に行くことになったんだ」
と、ちょっと悲壮な面持ちで兵助に告げられたため、その間三郎が家事をすることになったのである。彼とて仕事がある身なので、掃除や洗濯など幾つかの事は他の夫達に任せている。兵助が海外へと旅立ってから数日後、雷蔵も八左ヱ門も家におらず、非番だった勘右衛門と二人きり、三郎は長閑な夕方を過ごしていた。やんわりと差し込むオレンジ色の夕日が、リビングとキッチンを照らしていた。
夕飯を作るために早引きしてきた三郎は、二人が帰ってくる前に作り終えてしまおうとてきぱきとキッチンを動き回っている。それをダイニングに座った勘右衛門が見つめているという格好だ。ぼんやりと此方を見つめてくる勘右衛門は視線が合うとにこりと笑みを向けてくる。正直、勘右衛門の笑みに、三郎は照れることが多かった。勘右衛門も籍に入り、一緒に暮らしてから大分経つが、この柔らかい夕陽の様な笑みはどうにもなれない。雷蔵が朝日、八左ヱ門が真昼、兵助が夜の月の様な笑みならば、勘右衛門は全てを優しく照らす夕陽だと三郎は思っていた。決して本人には言えない、恥ずかしいからだ。
兵助愛用のネイビーのエプロンをつけて、三郎は今晩の献立であるオムレツの卵をかき混ぜる。かしゃかしゃと鳴る泡だて器、そんな後ろ姿を見ながら勘右衛門はまたにこりと笑みを浮かべた。
「なんか良いなぁ、こういうの」
「は?」
急に発せられた言葉に三郎は思わずそう返した。何が?と言いたげに視線を向ければ、「んー?」と小首をかしげて勘右衛門が続ける。
「なんか新婚みたいじゃない?」
「新婚って…もうそろそろお前とは一周年じゃね?」
そうだっけ?と勘右衛門は首をかしげた。4人の結婚を知って自分もすると駄々をこねたのは覚えている。それに対して三郎は最初こそ「私の気持も考えろ」と言っていたけれど。1年かけて口説き落とした結果、じゃあと何とも安直な結果になったわけだが。
(その間、俺はあいつらにとっては間男だったわけだけど…)
そいつらも何とか説得したわけで。そう考えるとあの1年の間の勘右衛門は無敵だったなと自分自身で思ってしまう。
「三郎、」
名前を呼んで手招きをすれば、料理をしていた手をとめて三郎が勘右衛門の方に寄ってくる。普段は雷蔵にしか懐いていないように見える彼だが、二人きりの時は存外自分にも素直だ。それが兵助や八左ヱ門の時も同じなのかはその二人しか解らない。
隣にやってきた愛しい妻の方へと向き直れば、すっとその頬に手を滑らせた。さらりと横に掛かる髪を撫でて、視線を上げて三郎のそれと合わせる。
どちらともなく目を閉じれば、そっと唇が触れた。重ね合わせるだけのそれを終えて、目を開ければ勘右衛門はきゅと三郎の体を抱きしめた。折れそうなほど細い体躯を腕に納めてしまえば、愛しさばかりがこみ上げてくる。
「ね、三郎、しよう?」
「は…?」
引き寄せられれば、三郎の足は勘右衛門の座っている椅子についていて、彼の膝に体を軽く乗せていた。囁かれた言葉に三郎は思わずそんな声を零した。だが、そんな彼の反応に反して、勘右衛門は腰にまわしていた手をするり、と三郎の服の下に滑らせる。
ちょっと待て、と口を開こうとしたけれど、それはやっぱりキスでふさがれてしまった。くぐもった声を出せば、震える肩で勘右衛門が笑っているのが解った。
「…ね、二人が帰ってくる前には終わらせるし、夕飯は俺が作るから」
「…っ、兵助に、怒られるぞ」
そっちを気にするのか、とやっぱりおかしくて勘右衛門は笑った。
「大丈夫だよ、兵助は三郎と俺には甘いから」
そう言って柔らかく笑うと、三郎は小さくため息をついた。


ダイニングテーブルに三郎の体を横たえて、それを上から眺めるような体勢で突き上げる。はっ、はっと三郎の口からは熱い息が零れて、声を出さないようにと彼は口元に手を押しあてていた。器用だと自分でも思うが、エプロンだけ残して下だけを脱がせていた。ネイビーのエプロンからのぞく三郎の足がやけに淫靡で勘右衛門はその白い足を持ち上げて、露わになった太ももに口付た。
「ひゃっん…!」
びくり、とその足が震えて勘右衛門はふふと笑った。その振動にすら反応するのが愛しくて何度も何度も微かに場所を変えて唇を寄せた。ちゅ、とわざとらしく音を立ててみせればぴくぴくと足の先が動いている。
「三郎、声出してよ」 そう言いながら、今度は足の裏を擽った。
「…むり、ゃ、だ…、」
そう言ってまた口を隠してしまうのを見れば、今更じゃないかとも思う。何度も何度も、それこそ回数すら忘れるくらいだいたと言うのに、場所が変わるだけシュチュエーションが変わるだけでこの子は羞恥にまみれてその愛らしい声を隠そうとするのだ。その反応が愛しいのも事実だが、何処かもどかしくもあった。
ひくひく、と震える喉を見れば勘右衛門はすと足を一撫でしてから体をかがめて三郎の手の甲に唇を寄せる。外して、と言外に目で訴えれば三郎の瞳が更に潤んだ。ひたり、と今度は舌を這わせれば彼の指が震える。
「声、出してくれないなら二人が帰ってきても辞めないよ?」
そう言うと、三郎の眼がきゅと歪められた。それは嫌だと言う様な仕草にどうするの?と、その先を促すように小指を舐めればそろそろとその手が離れて行く。
「…、この、ド、エス…っ、」
と、潤んだ声で罵られれて勘右衛門は「何とでも」と笑って腰を動かした。
ぐしゅぐしゅと繋がった部分が濡れた音を立てる、それが嫌で三郎が今度は顔を覆うとするのを咎めるように勘右衛門はその手首を捕まえて、テーブルに縫いとめた。
「ぁ、や、んっ、かん、…ひゃっ、駄目ぇっ!」
「駄目、顔も見せて?声もちゃんと聞かせてくれなきゃ駄目だよ」
ね、と優しくなだめるように耳元でささやけばきゅ、とまた三郎の中が絞まる。ゆらゆらと涙で揺れる視界の中で、愛しそうに自分を見つめる勘右衛門が見えて三郎は泣きそうになる。あぁ、どうしてこいつはこんな風に自分を見るのだろう。今の自分など、勘右衛門の雄に貫かれて惨めに鳴いているだけなのに。愛しそうに、大切そうに、あの夕陽の様な笑みを向けてくれる。それが溜まらなく嬉しくて、胸の奥が熱くなる。それだけて、達してしまいそうになる。
「ぁ、あ、もぅ、駄目っ、かん、イく、いっちゃぅ…!」
「うん、俺ももう限界、」
そう言ってにこりとほほ笑まれれば手首は解放されて、ぎゅと抱きしめられた。そのまま彼の腕に抱かれて、自分も抱き返して、ひっ、と体を逸らして達してしまって、そして三郎の意識は白くなった。


「……と、言うわけで今日の夕飯は俺が作りました」
その日の夜、勘右衛門は雷蔵と八左ヱ門に「ごめんなさい」と詫びる事になったのだった。