「…雷蔵もはっちゃんも、勘ちゃんも出張か」
そう兵助は小さくつぶやいた。
鉢屋家のキッチンには大きなカレンダーが飾られている。家族5人、共に過ごしているのだからその予定を把握するのは主夫である兵助の役目だった。
そんなある日の朝、その事実に気づいて兵助の口角がにやりと上がった。今日は土曜日だ、どういうわけか3人が揃いも揃って出張と言う幸運に恵まれたのだ。
つまり、家には自分と三郎の二人っきりなわけで。
それを実感すれば彼の口からは知らず鼻歌が零れたのだった。
出張に出る前、朝が苦手な三郎をたたき起し(勿論、返り討ちは必須だった)、夫達3人は涙の別れを(三郎は主に雷蔵と)果たし、彼らは出張先へと旅立っていった。三郎をそれを見送ると「寝る」と言って二度寝を決め込んでしまったが。
結局、夕方近くまで三郎は部屋で寝ていたらしい。兵助は兵助で部屋に引きこもり、仕事を片付けていたのだが。時計が16時を指す頃、兵助はふと顔を上げた。そろそろ買い物の時間だった。土曜日は一週間の買い物を八割方済ませると決めている。
よく食べる家族が多いせいか、こまめに買い物に行っても、そのたびに大量の物を運ばなくてはならない。それならば週末に一気に買って、後はこまめに買い足していく方が楽だった。
「三郎、」
リビングでぼんやりと珈琲を飲んでいた三郎の名を呼べば、彼は「んー?」と言いながら兵助を首だけで振り返った。
「買い物行かないか?久しぶりに二人きりだからさ。三郎が食べたいもの作ってやるよ」
「……じゃあ、おでんがたべ「一緒に行こう」」
リクエストしようとした三郎の言葉は兵助の満面の笑みと誘いの言葉で打ち消されたのだった。
近所のスーパーは相変わらず戦争だった。迫りくる主婦の波に負けじと向かっていく兵助は正直勇者に見えたと三郎は思う。女性陣の波をかき分けて、タイムセールスで半額になった牛筋を手にして戻ってきた兵助がキラキラして見えたのだけは流石に否定したかったが。
袋いっぱいに入ったおでんの具は全部兵助が持っていた。ガサガサ揺れるその音に、三郎は目を輝かせる。正直、兵助のおでんは三郎の好物の一つだった。しっかりと具に汁がしみ込んでいて、素材の味を引き立たせる絶妙な味付けなのだ。思わず鼻歌を歌いだしそうになるのを、何とかこらえつつ三郎は家のカギをまわした。金属の音を響かせて扉を開けて、その後ろから兵助が入ってくるのを聞いている。がさり、とビニール袋を置く音がして三郎はゆっくりと後ろを振り返る。何でそこに置くんだ?と言いかけて、だが、その声は予想よりも近くにあった兵助の唇でそれはふさがれた。
「…ん、んんっ?!!」
くぐもった声を上げる三郎などお構いなしに、兵助は自分をはがそうとした三郎の手首をつかんで大人しくさせる。その間も、封じた唇の間に舌を這わせて、それをこじ開けようとしていた。
その感覚に三郎は身を震わせた。ぬるりとした感覚にぞくりと肌が粟立つのと、長い口付で酸素が足りなくなっていた。ふ、と小さく息を吐けばその隙を狙う様に兵助は口の中に舌を滑り込ませ、そのまま三郎の舌を絡め取る。
「…、へ、すけ…、」
舌足らずに口付の合間に聞いた三郎の声に、兵助の心臓が跳ねた。
「三郎、…良いだろ?」
そう尋ねられて、三郎はびくりと肩を揺らせた。
「…良いって、お前、ここ玄関、」
場所の事を言えば、兵助の口元がにやりと弧を描いた。
「それに、あいつらが…帰ってきたら…」
「三郎、あいつら出張だよ?」
しまった、という様な顔をした三郎に兵助の笑みは更に深くなった。
「だから、誰にも見られないしさ」
鍵もかけた、と三郎の手首をつかんだまま、その耳元に息を吹きいれるように囁いた。ぞくり、とその感覚に体が震えるのが解って、三郎は必死に首を横に振った。流石に、ここでは嫌だと訴えたいが、兵助の手はするすると三郎の体を這っている。
「……今日は、久しぶりに二人きりだよ」
ね、と言った兵助の表情はとても楽しそうだった。
冷たい玄関の床に押し付けられる。その間も唇は奪われていて、三郎は頭の芯が揺れた。ひやり、とした兵助の手が這う感覚はそのまま腹から胸へと這いあがった。きゅ、と胸の頂を摘ままれれば、慣らされた体には十分に快楽として伝わった。
「へい、すけ…、やめろって…!、い、やだっ…!」
「何で?別に誰にも見られないって」
「…そういう、事じゃないっ…、何で」
何で今なんだ、と三郎は続けようとした。だが、それは膝で足の間を押し上げられる刺激にかき消されてしまう。何とか逃れようともがくけれど、兵助はそれを体全体で抑え込んでしまう。
ちゅ、と首筋を噛まれて三郎はきゅと身をすくませた。駄目だ、と流されそうになってしまう自分を叱咤しようとするが、ぐりとまた同じ所を刺激されてしまった。
「…も、この、馬鹿っ…」
「三郎、愛してるよ、」
この顔に弱いのだ、と思う。うっとりとした様な表情で、蕩けそうな顔でそう言われてはもう流されてしまうしかない。
「今日だけ、だからなっ」
そういって三郎は自分を押し倒す兵助にぎゅと抱きついたのだった。