竹谷の会社は結構有名な貿易関係の会社である。
輸入家具の取引をしている会社で、国内ではそれなりにシェアも拡大している。そんな営業部に彼は在籍している。
と、言っても成績は中の中くらいで出世頭かと言われれば首をかしげられるのだが。
そんな彼はこの秋に、めでたく一人の妻を迎え、また同時に二人兄弟が出来、そして今年の春にももう一人出来る予定である―この最後の一人は今申請中なのだが。
そんな人生の春を謳歌している竹谷八左ヱ門は愛妻家でも有名であった。
課の中で知らぬものはおらず、そのせいか女性との噂はさっぱりである。
基本的に定時になれば直帰、残業は出来るだけしないと言うのが彼だった。
そんな彼であるのだが、性格上色々な物をオープンにする嫌いがあった。
基本的にデスクに鍵はかけない、貴重品の殆どは持ち歩いているらしいのだが、重要な提出書類をデスクの上に放置して帰って大目玉をくらったこともある。
おまけにロッカーも誰に開けられても何も言わずに「別に良いよ」で済ます大らかさだった。
だが、そんな彼にもどうしても見られたくないものがあるらしい。
それは―彼の携帯電話であった。
一度、デスクの上に放置しておりそれを見ようとした同僚が、竹谷の「やめろおおおおお!」と言う怒号と共に危うく殴られそうになったのは課では有名な話だった。
その携帯に何が映っているのか、課の後輩である伊賀崎は地味に気になっていた。
彼は課では有名なゲテモノ系の動物好きだったのだが、それとこれとは別だと思っていた。
確かに自分の興味の大半はそこに集約されていたが、それと同じくらいに面白い事も好きだったのである。
これを別の課に居る、比較的仲の良い同期の浦風に話せば「俺も気になるけど。人の携帯を勝手にみるのはよくないと思うよ」と生真面目に返されてしまった。
とはいえ、秘密にされれば見たくなるのは人の性。
それこそ、生き物たちの生態を覗きたくなるのと同じだと伊賀崎は思っていた。
そんなある日、彼の目の前にまたとない幸運が舞い降りたのだ。
昼休み、会議の間は携帯はデスクに置いておくという決まりがこの会社にはある。
何人たりともそれを破ってはいけないが、実際殆どの者がそれを無視していた。
だが、どういうわけか、この日だけは竹谷はそれを守ったらしい。
デスクの上に彼の携帯が放置されていた。
時計を見れば会議が終わるにはまだ間があった。
チャンスだ!と彼の中の神様が叫んだ。
恐る恐る、伊賀崎はその携帯を手に取る。
片手に収まるくらいの携帯電話は蛍光灯を受けてきらりとメタリックブルーの輝きを放ったように見えた。
「お、伊賀崎ぃ、竹谷さんの伝説の携帯見んのか?」
と、自分の後ろには気がつけば何人かの同僚が群がっていた。
竹谷の話は課では有名、という事は自分以外にも気になる人間が居てもおかしくはなかった。
「俺も気になってたんだよ。竹谷さんの秘密。何が映ってんのか俺も見てぇンだよな」
「あ、私も!どんなに言っても見せてくれないのよね」
「そうそう。秘密、絶対嫌の一点張りだもんな」
「ほら、伊賀崎、開けてみろよ!」
「意外と奥さんの写メだったりしてなー」
「あーそれ一番ありそう!」
後ろの方で盛り上がっている言葉を聞きながら、伊賀崎はこくりと息をのんだ。
「あ、開けるよ」
そう宣言すれば後ろの喧騒は静まり返る。
全員が息を飲んで、伊賀崎の手の中の携帯へと視線を集中させた。
ぱかり
そんな軽い音を立てて、携帯を開ければぱっと画面が変わった。
「これって…」
「え、マジで?」
「いやいや、まさか、本当だとは…」
そう、そこには明らかに隠し撮りだと思われる彼の愛妻―鉢屋三郎の転寝姿が映っていたのだ。
しかも明らかにベッドの中、すべらかな肩が露出されていると言う事はそう言う事の後なのだろう。
まさか、その写真を撮って待ちうけにしているとは思わなかった。
幾ら愛妻家でも、まさか…事後の写真だなんて…。
一瞬にして、課の中に暗雲が立ち込めた。
正直、服は着ていてほしかった。
しかもご丁寧に下の方には「俺の嫁(はぁと)」とまで書かれている。
「恥ずかしいな…これ」
誰かがぽつりと言って全員が肯いた。
ぱかんと携帯が閉じられる。
なんだか、凄く白けてしまった。
あー馬鹿らしい、と誰かが言った。
全くその通りだと、全員が思った。
これ以来、竹谷の伝説の携帯はただの「恥ずかしい携帯」へとその噂を変えたのだった。