ペンタグラムなんて言われていた時期がある。
5人で何時も一緒で、誰かが離れて行くことがあるなんて想像してもみなかった。
「留学?」
言われた言葉に、三郎は目を見開いた。
目の前にいる中学来の親友がそう言ったのだ。
既に高校も卒業して、みんな就職している。
大学は違っても、今でも彼とはよく会っている。
そんな関係を今でも築いたはずだったのに。
どういうことだ、と怪訝そうに眉を上げれば勘右衛門は飲んでいた珈琲をそっとテーブルに置いた。
昼下がりのカフェ、女性客に人気だと言うがそれにまぎれてもおかしくないくらい。
それが自分たちでも不思議だと前に話し合ったこともある。
長閑な昼下がりに、唐突に言われた言葉はそんな陽気も吹っ飛ばすほどだった。
「何で急に?」
「勉強したいんだ。…せっかくさ、こうやって進学してそこでチャンスをもらえた。日本とアメリカだと、訴訟の数もそのスピードも違う」
弁護士になりたいから、と勘右衛門は言った。
多くの人を救いたいのだと。
沢山の人が今でも、訴訟の間に傷を増やして、その判決を待っている。
自分の幸せを壊した相手、また、自分に罪を擦り付けている相手、それから自由になりたがっているのだと。
「だからさ、俺、行こうと思うんだ」
「他のみんなには?」
「もう話した、だから三郎が最後」
そう、と三郎は視線を下へと向けた。
自分に最後に話が来たのは、彼が自分の気質を理解しているからだろうと思う。
中学から大人になるまで、勘右衛門と雷蔵は一番自分に近いのだと思う。
大学からは兵助と竹谷。
自分の周りに居る人間たちは自分の気質を誰よりも理解してくれている。
「あとね、もう一つ、三郎に言いたい事があったんだけど…、でもそれは今は言わない事にする」
「は?」
そう言って勘右衛門はにっこりと笑った。
含みのある笑顔、それに気圧されるように三郎は口をぽかんとあける。
「だから、帰ってきたら楽しみにしててよ」
そう言って更に笑みを深める勘右衛門、それに口をはさめるわけもなく三郎は「そうか」とだけ返した。
「って言ってたのに!!!!」
三郎の家で勘右衛門はそのテーブルに突っ伏していた。
あれから、数年、アメリカでの留学を終えて帰ってきた勘右衛門は半泣きだった。
「むしろ、俺たちは勘ちゃんが俺たちの関係に気づいてなかった事がびっくりだよ」
そう言って竹谷は、ははと小さく笑いをこぼした。
向こうの法律学校を卒業して、帰って来てみれば友人たちの関係が進展していたなど勘右衛門には青天の霹靂だったのだ。
今では国際弁護士となり、勘右衛門は駆け出しの弁護士として忙しい日々を送っている。
そんな中で届いた「結婚しました!」の葉書。
どういうことだ?!と家まで押し掛けてきたのである。
「だって、もうあの頃には勘ちゃんの留学は決まってたわけでさ」
「そうそう。相談しても仕方ないかと思ってたから」
「だからって!連絡くれてもいいじゃないか!」
「国際電話って高いだろ?メールもさ」
そう言われて「酷いや」と勘右衛門はだんとテーブルをたたく。
「俺だって、俺だって…!三郎の事好きなのに!今でも好きなのにぃい!」
「「「「え、マジで?」」」」
4人の声が見事な協和音を奏でる。
3人の夫たちはやっぱりという顔、妻はえ、嘘と言う顔である。
「あんまり連絡が無いからてっきりもう諦めたのかと思ってたよ」
と、5人の中で三郎と同じくらい付き合いの長い雷蔵が意外そうな顔で勘右衛門を見つめている。
彼が留学してから数年間、音信不通と言っていいほど連絡が無かったのだ。
便りが無いのは良い知らせと、最初は心配していたのだがそういうことなのだろうと4人は自分たちに言い聞かせていたのだが。
「…だって、なんていうか。連絡したら会いたくなるじゃないか。でも、目標を遂げる前に会うと決心とか色々鈍りそうだと思って…」
「決心って、まさか告白すっ飛ばしてプロポーズでもするつもりだったりしてぇ」
と冗談交じりに竹谷が言えば、勘右衛門の視線はすいと出された珈琲の水面へと落とされてしまった。
え、マジで、と竹谷の眼が点になる。
勿論、残りの3人もそれは同じだった。
まさか、そんな前から考えている奴が居るなど。
しかも目標達成するまで三郎絶ちなどというロマンチストが居るなどとは思ってもみなかった。
「…あー、うん、まぁなんていうかねぇ」
「そうだな。もう、いまさらなわけだけど…」
「なんていうか、」
「「「ご愁傷様?」」」
そう見事に三人の夫たちの声がはもり「酷いよ!!」という勘右衛門が号泣したのだった。
一人、完全に置いてきぼりにされた三郎だけが、小さくため息を落としている。
「俺も!俺も三郎と結婚するぅうう!」
と言う、その後の勘右衛門の主張を聞きながら、専門はお前だろうがと何時言ってやろうかと、彼が夫になる事自体を気にすることを全く疑問に思っていない三郎だった。
その後、鉢屋家にまた一人家族が増える事になる。