09 / たった一人
朝、目が覚めた時、留さんは僕の隣にはいなかった。
それが解って、僕は愕然としたと同時にその意味を悟ってしまった。
あぁ、そういうことか、と僕は涙した。
僕と留さんを起こしに来た二人に僕は口から出まかせを言うことしかできなかった。
留さんは急に体調を崩して医務棟にいると。
大分悪いみたいだから暫くは会えない、だから、この課題はここで終わりにしようって。
その言葉に、三郎―鉢屋の方は悲しそうな目をして肯き、一言「すみません、先輩」と言った。
それはきっと彼が留さんがどうなったのかを知ったからなのだろう。
隣で不破のほうは不思議そうにしながらも「解りました」と言った。
知らないほうが良いんだ、と僕は思ったけれど言葉には出せなかった。
そして、留さんがいなくなったと言うことは僕ももうすぐ消えてしまうということだった。
長くない、そう遠くない未来で僕は消えるのだ。
電車に揺られて寄宿舎に戻る。
第5寄宿舎のエレベーターで別れて、僕は自分たちの部屋へと戻った。
あの日、ここを後にしてからちっとも変わらない部屋に僕は安堵した。
大きなセミダブルのベッドに体を横たえれば、半身を失った喪失感で涙だけがあふれ続けた。
でも、僕は少しだけよかったと思う。
もし、僕と留さんの立場が逆だったら、この思いを味わうのは間違いなく彼だったから。
そんなの、僕は自分が味わうよりも辛い。
だから僕は先に消えたのが留さんであることに安堵した。
留さんがいなくなってから、僕の体調は明らかに悪化していた。
消える前の彼のようによく寝るようになって、体を動かすのが億劫になった。
喉が渇くような感覚は昔習った麻薬の中毒症状に似ていると、ぼんやりと考える時もある。
そんな中でも、僕は時折あの海へと足を運んだ。
時折、というのは僕の寝ている回数が多いだけで実は日数はそんなに経っていない。
ひどい時は同じ日付の間に数回も足を運んでいる事があった。
何時も暑いあの海は人工のもののはずなのに、誰かを呼んでいるようだった。
さくりと砂を踏みしめて、僕は波打ち際へと足を寄せる。
冷たい水が足に触れて、そこで初めて僕は裸足だった事に気がついた。
靴さえも履いてくるのを忘れたのかと、僕は自分の鈍さにあきれた。
「善法寺先輩」
と、声を掛けられてゆっくりと振り返る。
そこには、沈んだ様子の綾部がいた。
あぁ、確か彼も僕と同じ立場だったと思い出した。
「どうしたの?君がここにいるなんて、珍しいね」
「……先輩こそ。最近、よくここにいるじゃないですか」
「うん、…ちょっとね」
「食満先輩が消えたところだからですか?」
「よく知ってるね」
そう返すと、綾部は「タカ丸さんが…」と口を開いた。
「言っていたんです。食満先輩が消えたって。もう何処にもいないと言いました」
「…それで調べたんだ?」
はい、と肯かれて僕はそっかとだけ返した。
やっぱり兄弟と言うのは侮れないかもしれない。
一体どういう理由で解るのかなど、僕にはさっぱりだけれどそれはきっと僕と留さんがクロスをしたあの日、と同じ感覚なのだろう。
感覚、一瞬でそれを感じたのだ。
「タカ丸さんが、最近よく眠るんです」
「……」
「それも食満先輩と同じ症状ですか?」
「そうだね、留さんもよく寝ていた」
そうですか、と隣で少しの間をあけてことばが聞こえた。
あぁ、そうか、彼ももうそんな風になっているのか、と。
僕はそっと瞼を下す。
眠たい、と思ったのは体が休息を求めているのではなくて、何かが僕を呼んでいるのだと今気がついた。
何が?誰が?どうして、僕を?
隣で、ざぶりと言う水に何かが入る音がした。
恐らく綾部が海に入ったのだろう、その音はどんどん深いものになっていく。
「先輩、私は怖いんです。タカ丸さんが消えてしまうのが。半身を失ってしまうのが怖い」
そうだね、僕も怖かったよ、そして今もとても怖い。
もし、このままならば、僕はどうなってしまうのか。
もし、消えて、それから留さんのところに行けるのかも解らないんだもの。
「…私が消えるのは良いんです。でも、タカ丸さんが消えてしまうのは怖い」
違う、それは違うよ。
君が消えるのがいいなんて言うのは違う。
君が恐れているのは、彼が消えた後に自分がどうなるかなんだ。
だって、それは僕も考えたことだもの。
彼が消えて自分がどうなってしまうのか、本当に怖かった。
消えるのか、消えないのか、彼がいなくなって僕は本当に大丈夫なのか。
誰からも、何からも必要とされないんじゃないかって。
僕達は自分たちを育んだ星からもいらないと言われてしまった存在だ。
だから、必要とされることが何よりも大事だときっと本能的に感じているんだ。
「先輩、私は……タカ丸さんに生きていてほしいんです」
僕も、そうだったよ。
そう言おうとしても、僕の唇は動かなかった。
欠片も動かせないそれは、まるでそこに無いかの様に感覚さえも消えているようだった。
あぁ、もしかしてと僕は自分の腕を動かそうとした。
しかし、どうやっても僕の体は動くことはなかった。
ぴたりと石のように硬直して、自分が自分ではないようだった。
「先輩?」
何時までも返事をしない僕に綾部が不思議そうな声をかけてくる。
だが、それも気がつけば遠くに聞こえるようになっていた。
あぁ、これが、消えると言うことか。
僕の体も、感覚も、全て闇に溶けていくのだ。
君はこれをあの夜、僕の隣で感じたんだね。
「―んぱ、―ぽう―い―」
段々と綾部の声が聞こえなくなっていく。
あぁ僕はもうすぐ君と同じになるんだね、留さん。
でもそれは当然の事なんだ。
だって、僕達は二人で一人、あの日にそう言ったものね。
だから、もうすぐ僕は…――――。