07 / 僕に言った。
共同生活と言うのは意外と上手くいった。
元々適応力があったのか、雷蔵はすぐに二人の事を父さん、母さんと呼び始めた。
むしろ、それに私は戸惑うくらいだった。
とはいえ、あの食満先輩の笑顔でほら呼べと言われれば、断ることができない。
恥ずかしがりながらも最近はようやくその呼称で、二人を呼ぶことができるようになった。
四人で暮らし始めて、2週間がたったころ、私の部屋のモニターに一つの映画が映った。
それは他愛もない家族ものの映画で、夏にみんなで旅行に行くというだけのものだった。
私と両親はそれを見ながら、暑いのによくやるなぁと思っていたが、弟だけは違ったようだった。
きらきらと目を輝かせて、その光景を見ていた。
「良いなぁ、海。僕も行きたいな、家族で」
そう言われれば、雷蔵に甘い我が一家は二つ返事でそれを受け入れた。
うきうきと支度を始める雷蔵を見れば、こちらも乗り気になってしまう。
だからなのか、支度はトントン拍子に進んだ。
海と言っても、娯楽棟の海しかここには存在しないためそこに行くしかない。
宿泊は、娯楽棟の仮眠室ということになった。
エア・カーに乗り込んで海まで行く。
外に出れば案の定暑い風が吹いていて、上に着ていたワイシャツでさえも煩わしかった。
食満先輩と二人、砂の上に引いたシートの上で海で泳ぐ二人を見つめる。
元気だな、と隣で呟く人を見れば、寝そべって眠そうに瞼を上下させていた。
「眠いの?」
そう尋ねると「まぁな」と小さく返事が返ってきた。
「最近、すぐ眠くなるんだ。まぁ、すること自体は少ないから別に良いんだけど」
そう言って先輩の眼は完全に閉じてしまう。
眠くなった、か、と私は小さく息を吐いてしまった。
確かにこの人は最近よく寝ている。
さわりと吹いた風に髪が揺れて、微かに上下している胸元で生きているのだということは解る。
少しだけ怖いのだ、この人は次に眠ったら起きてこないんじゃないかと。
ほんの時々だが、思ってしまうのだ。
「あれ、三郎じゃないか。どうしたんだ、こんなところに…」
聞き覚えのある声がして、そっと顔を上げれば久しく会っていない顔があった。
「兵助…」
そう相手の名前を呼べば、やつは「久しぶり」と返してきた。
つい、と視線を海へと向ければやつは成程と言うように肯いている。
「それよりもお前こそ、何でここにいるんだよ。暑いところとか苦手とか前に言ってなかったか」
「あぁ、私ははっちゃんに誘われたんだ。本当は雷蔵と三郎も誘うつもりだったんだけど…今課題の最中らしいって言ったら遠慮しようって」
だから二人で来ているのだと続ける。
海のほうを見れば成程、ハチのやつも海にいる雷蔵たちを見つけていたらしい。
「…なぁ、三郎。最近、斉藤が体調を崩してるらしい」
「斉藤が?」
そう聞き返せば、兵助は一つ肯いた。
「綾部が、珍しく焦っててさ。私のところまで相談に来た位だ。多分、他のチャイルドにも同じことが起こってるはずだ」
そう言って兵助の視線は食満先輩へと移る。
それに気がついて、私も視線をそちらへと向けた。
本来なら気配に敏感な先輩は目を覚まして、会話に交じってもいいくらいなのに、起きる気配すらなかった。
「…多分さ、そのうちはっちゃんも同じことになるよ」
「な、に?」
ハチが?と聞き返せば、兵助は小さくうなずいた。
「私もこの前聞いたばっかりなんだ。コモンズは今回チャイルド達の体調が芳しくないのはまだ傍観してても良いと思ってるみたいでさ。それでなのか知らないけど、もし、三郎が負けても取引を受けないって言うなら、私とはっちゃんをパートナーにするって言いだして」
「でも、ハチはあの施設で生まれたわけじゃ…」
「施設は一つじゃないだろう?裏でつながってる可能性だって否定はできない」
その言葉に私は思わず唇をかんだ。
おそらく私たちが把握しているチャイルドはほんの一握りなのだろう。
もしかすれば、既に他のところにも出現し始めているのかもしれない―私と同じような存在が。
「胸糞悪い話だ」
「確かにな」
そう言って兵助は海のほうを見つめた。
楽しそうな笑い声を海の風が運んできてくれる。
水を浴びて、遊んでいる三人―いや、雷蔵を見ながら私は思う。
そう、早く思い出してくれ、雷蔵。
それが私の一番の願いだ。
他に何もいらない、雷蔵が思い出してくれるなら。
そう思って、私は軽く瞬きをした。
こちらの視線に気がついて、三人が手を振ってくる。
それに手を振り返して、私は小さく笑った。