06 / ずっと待ってる。
自然のバランスが崩れれば必然的に生態系のバランスも崩れてくる。
それは人間にとっても同じだったらしい。
人間は性別というものが単一へとなり始めていた。
女性という存在は俺たちにとっては遠く、解らないものへと変わっていった。
特に俺たちのように人工子宮から生まれた子供はそうだ。
母親というものがさっぱり解らない。
ただ解っているのは、俺たちに細胞を提供してくれたものがいて、それが二人―それが両親と呼ぶものにあたるというくらいだ。
だから人間の胎から生まれた人間と言うのは昨今では珍しい存在だった。
それを認識しているのか、いないのか。
俺のマザーはその事実をちっともありがたがらなかった。
むしろ、どうして産んだのかと言わんばかりの話し方をする時さえある。
だが、それも解らない気もちではない。
実際、俺もどうして俺を発生させたのかと尋ねたくなる時があるのだから。
マザー増殖計画と言うのが国からの命令でこの学園で始まったのは、彼が―鉢屋三郎が特別だと解ってすぐだった。
彼は何物でもなければ何物でもある、そんな存在。
己の望んだものになれる存在だった。
それが国に知れた時、彼のようなものを増殖させようとした。
それがどういう目的で始まったのかは解らない。
ただ、増やそうとしたのだ。
新しい命に彼の細胞を埋め込んだり、既に国から保護された俺たちのような施設で育ったものを使った実験は始まった。
だが、それも一部でしか成功しなかった。
胎児に埋め込んだ細胞は古すぎて、胎児自体が死んでしまう。
結局、その細胞と同じ年齢のものしか受け付けないのだと解った。
今でもその研究は続いて、何かしらの成果を出しているのだろうけれど。
被験体である俺たちが知ることではなかった。
だが、この実験はもうすぐ終わる。
いや、むしろ何か別のものと共に終わる気がした。
それは誰が望んでいるのか少しだけ、俺は解る気がした。
その終わりを感じたのが俺の細胞ならば…、その本来の持ち主であるマザーが望んでいるのかもしれないと。
二人きりになった部屋で俺は三郎を見つめた。
青ざめている彼を見れば、こちらも何を言うべきか戸惑ってしまう。
だが、そんな事は行っていられない。
席を外してもらったは良いが、何時かえってくるかも解らないのだ。
「…雷蔵は、何時からあんな風になったんだい?」
そう問いかけると三郎はぐっと唇を噛んでそれから俺へと視線を向けた。
「再会した時には…私の事は忘れてた。…でも、アソコまで物忘れが激しくなったのはつい、最近です」
多分、と続けられた言葉に彼も今の状況に動揺しているのだということが知れた。
小さくため息をつけば、三郎はぐしゃぐしゃと自分の前髪をかきむしる。
「もう、時間がないのに…私にも、雷蔵にも。なのに、どうして…っ」
絞り出すようなその声に、俺も眉根を寄せてしまう。
そうだ、これは決して口で説明してもしょうがない事なのだ。
それは互いに思い出さなければいけない感覚であり、感情で、そして細胞の記憶だ。
それを雷蔵はどうしても思い出してはくれないという。
目の前の少年は、余り感情を表に出さないと思っていたが、今日は流石に答えているらしかった。
それとも俺が、お前の子供だからかと少しだけ期待してしまう。
マザーとチャイルドには確かに、母体と実験体だけではないものがあるのではないかと。
「…コモンズが何かしていると、先輩は思いますか?」
そう言われて、俺は微かに目を細めた。
コモンズはこの学園の母体であり、同時に俺たちを材料に実験を行っている組織の事だ。
それがマザーの邪魔をしていると、本人は思っているらしい。
「どうだろうな。だがもし邪魔をしているなら、こんなまどろっこしい取引なんかしないと思う。俺ならば、さっさと雷蔵を消して、それから久々知のやつと無理矢理組ませるけど」
その方が早い、と言えば三郎は「そうですね」と小さくつぶやいた。
「なぁ、三郎、お前本当は…少しだけ、早く終われば良いと思っていたりはしないか」
思わずこぼした言葉に彼は、目を見開いて俺を見つめた。
そっと隣に座って、その手を握る。
温かい、十分に熱をもったその手を握れば、彼はぐっと唇をかんだ。
「つめ、たい…」
「最近、ずっとそうだ。体温が下がってきてる。多分…斉藤も同じだよ」
二つ下の学年にいる兄弟とも言える存在の名を口にすれば、三郎はそのままうつむいてしまった。
「でも、俺は良いと思ってる。俺たちが消える事をお前が気に病む必要なんかない。お前はお前の人生を歩む権利があるんだ」
「…終わればいいなんて、思ってないんです。でも、時々、馬鹿らしくなることがあるんだ」
「別に思うことだって制限される事じゃない。それに、な、俺がここに伊作と来たのは、思い出を作りに来たんだ」
「せん、ぱい?」
「俺が死んだら伊作も死ぬ。どっちが先かなんて解らないし、死ぬって言ってもどんなふうに死ぬのかも解らない。でもさ、最後に残りたいって思ったんだ。誰かの中に…」
そう言って、ぎゅと三郎の手を握る。
ごめんなさい、と微かに聞こえた声に俺は「…良いよ、子供のために死ねるなら、母親はきっと本望だよ」とそう言葉をかけた。