05 / 君とともに過ごした

家族募集という書き込みを見た時、僕は正直ぽかんとしてしまった。
書き込みの主は一つ下の学年の鉢屋だった。
どういうわけか、学園から特別課題を出されてその実地研究につきあってほしいという。
僕はそれを見ながら、少しだけ興味がわいてしまった。
どういうことか、そんな細かい事は正直無視していいだろう。
問題はこの書き込みの主が僕のパートナーのマザーだからだった。
僕のパートナー―いや、正確に言えば僕が彼のパートナーなのだが、留三郎は鉢屋の細胞を移植された実験体だった。
彼は僕がいないと生きられない、そして僕も彼がいないと長く生きられないのだと彼は言った。
それがどういうことなのか、留三郎自身も詳しくは解らないという。
だが、マザーの細胞が彼に僕を選ばせたのだ。
僕達は常に共にいなければならない。
そう、僕は留三郎に選ばれたのだ。
だが、その事実が解った時に、僕は瞬間的に何かを理解した気がしたのを覚えている。
そう、確かに僕は彼がいないとだめだった。
それは僕の心や体と言うよりは、その細胞一つ一つが叫んでいる感じだった。
とうとう見つけたと、懐かしくてそして悲しくて、僕はそれを行った時に泣いた。
そして留さんも泣いていた。
これで、僕達は、決して離れられない。
それは一体何がそうさせたのか解らないけれど、とにかく必要なことだった。
歓喜と悲しみに彩られたそれは、今では日常となっている。
毎回、泣くのかと言われれば決してそうではないけれど、僕達はただ、もうすぐそれが終わってしまうことだけは感じていた。
そう、喩えそれがどんなに必要なことでも、あるものにとっては不必要なことなのだと、何故か唐突に理解したのだ。
だから、だったのかもしれない。
終わりが近い僕達は、二人で話し合ってこの企画に乗る事にしたのだ。

鉢屋の部屋を訪ねた時、彼は思いっきり嫌な顔をしていた。
「何で、先輩たちなんですか」
殆ど棒読みで尋ねられつつも一緒にいた不破の手前、彼は部屋へと通してくれた。
僕の隣で留さんが苦笑を浮かべている。
「いや、伊作がさ。面白そうなことしてるみたいだから、乗ってみようって言うから。課題の一環なんだろう?この家族募集ってさ」
留さんは僕の隣に座りながら、とんと開かれていた鉢屋のPCの画面を爪ではじいて見せる。
それを見ながら鉢屋は「まぁ、そうですけど」と何かをぶつぶつ言っていた。
隣で不破は不思議そうな顔をしている。
「三郎、駄目だよ、そんな事言ったら。せっかく課題につきあってくれるって言ってるんだし。…すいません、僕の兄が。初めて会うのに、失礼な事言って」
その言葉に僕も留さんも、え?と思わず声をこぼしてしまった。
不破の隣で鉢屋も驚いていた。
その様子に当の不破のほうが驚いている。
「…初めてって、不破。僕と留さんの事覚えてないのか?」
そう問い返せば、不破は首をかしげてしまっていた。
会ったことがないというのはおかしい話だ。
僕達と不破は何度か共同授業で顔を合わせているはずだ。
それなのに初対面呼ばわりなんて、と僕と留さんは顔を見合わせる。
留さんの顔は少しばかり青ざめていた。
どういうことだ、と言わんばかりの彼の表情を見れば鉢屋は微かに唇を噛んでいる。
「あ、あの…もしかして、前に会ってるんですか?すいません、僕最近物忘れが激しくて。でも、こんなの前にはなかったのに…」
「いや、良いんだ、不破。授業で二、三度すれ違ってるくらいだから、気にするな。それより、母さんは兄さんと話があるから。父さんと雷蔵は席を外してくれるかな?」
そう言って留さんは僕のほうへを視線を向けた。
その意図を理解して僕は小さくうなずいて不破を―雷蔵を見やった。
「そういうこと。だから、雷蔵は僕と散歩にでも行こうよ。買い物もあるしね」
そう雷蔵に告げると彼は素直にうなずいて、席を立ち僕もそれに倣う。
ちらりと留さんを見れば彼は一つ肯いてから三郎へと向き直っていた。
ここは任せようと決めて、僕は雷蔵を連れて部屋を後にした。

部屋を出て、僕は物資を提供してくれる商店街へと足を向けていた。
寄宿舎の下層にも存在するが、如何せんそこは余り治安が良くない。
それよりも多少高くても治安の良い学園公認のほうが好きだった。
雷蔵と共にエア・カーに乗って物資棟へと向かう。
隣に座った彼は困惑したような顔で、じっと床を見つめていた。
「さっきの事、気にしているのかい?」
そう尋ねると雷蔵は小さくうなずいた。
元々嘘などつけない性格なのだろう、彼は申し訳なさそうにきゅとその手を握り締めた。
「別に気にしなくていいって留さんの言ってただろう?第一、すれ違った程度なんだから、本当に…」
実際は違うけれど、とは言わなかった。
本当はもう幾度か言葉も交わしているし、そこそこ仲がいいと思っていた。
「本当にすいません。最近、物忘れが激しいんです。昨日も三郎の誕生日を忘れてて。僕も教えたらしいんですけど、それも忘れていて…」
思いつめたような表情で、彼はため息をついた。
「でも、不思議なくらいに思い出せないんです。ふつう、そんな事があったかもっていう感覚は残るはずなのに。忘れたことは二度と思い出せなくて」
そう言って、彼は自分の額に手を当てた。
痛ましくも見える姿に僕も視線を下に落してしまう。
「前はこんなことなかったと思うのに…」
「雷蔵…」
「三郎もきっと呆れてしまうって。昨日思ってしまったんです。僕が思い出せないって言うと、悲しそうな顔をするから。そのうち…呆れて何も言わなくなって、嫌われてしまうかもって」
「大丈夫、彼は君を嫌いになったりしないよ」
「でも…」
そう言って口を噤んでしまう彼の肩にそっと手を置いた。
励ますような動きに雷蔵もそっと目を上げる。
「大丈夫だよ、それは絶対にない。僕が保証するよ。もし嫌われたりしたら、僕を殴ってくれて構わない」
「先輩…」
「今は父さん、だろう?」
そう言って笑うと雷蔵はそうですね、と言って笑みを浮かべてくれた。
エア・カーは物資棟へ到着することを告げていた。